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新生活

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 既に深夜になっていたものの、薫子は遼に電話をすることにした。今まで散々迷惑をかけたことを詫び、ばあやと共に新しい生活を始めたことを報告するためだ。

『そ...か。まさか、お前が家を出る覚悟までしてたとはな......
 ま、ばあやさんがいてくれて助かったな。お前一人じゃ、ぜってぇ野たれ死にしてんぞ!』

 冗談めかして言っているが、薫子がもし一人で家を出ていたら、本当にそんなことになっていたかもしれない。

「遼ちゃん。今まで、本当にありがとう。
 たくさん迷惑を掛けて......ごめんね」

 婚約解消してからですら、遼に世話になってしまったことを薫子は申し訳なく思った。

 遼の声が、電話越しに響く。

『お前のお守りもこれで終わりだ。
 これからは、俺は俺の道を進む。お前は、お前の道を進んでいけ。もう、何があっても泣きついてくんなよ』
「そ、そんなこと! しないよ......」

 冷たいとも取れる遼の言葉も、それが彼なりの恋の終わりのけじめであり、優しさなのだと、薫子には分かった。喉がカッと焼け付き、瞼の奥が熱くなる。

「遼ちゃん......元気でね」
『あぁ。じゃあな』

 電話を切り、薫子はその場で膝を折った。

「ック......ウゥッ、ッグ......」

 涙が後から後から溢れ出てきて、止まらない。それは、遼に対して申し訳ないという詫びの気持ちからなのか、もうこれから友達としても会えないのだという寂しさからなのか、彼に対しての感謝からなのか、薫子自身にも分からなかった。

 ただ、ひとつ言えること。
 それは、遼が薫子を心の底から愛し、守ろうとしてくれたということ。

「ッ......ック......」


 遼ちゃん......ありがとう。本当に、ありがとう。
 あなたに出逢えて、よかった。

 
 母にも連絡をしたかったが、櫻井家を飛び出した後の現状が分からない今、それは無理だった。しかも母は携帯電話を持たされていないので、直接連絡することも出来ない。母のことを考えると、薫子は胸を痛めずにはいられなかった。

 父から婚約破棄したことを責められた自分を躰を張って守り、逃がしてくれた母。自分はそんな母を残し、しかも幼い頃から側にいてくれたばあやを伴って家を出てきてしまったのだ。

 きっと、お父様は一生私を許すことなどない。
 そしてお母様は......私を逃したことで、ずっと責め続けられるのだろう。

 薫子は、どうして母も一緒に連れてこなかったのかと深く後悔した。祖父母の住んでいたここなら、母も安心して暮らせるはず、と。

 お母様、ごめんなさい。
 ごめん、なさい......
 
 薫子は、心の中で何度も母に詫びた。
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