302 / 355
初恋が実る時
1
薫子は、悠のいる病室へと案内された。
悠人が扉のノブに手を掛けて開けた途端、悠の悲痛な声が響いた。
「ック......ぁあああっっ!!!」
「風間さん、もう少し曲げられますか」
若い男性の声の後、床に金属音が甲高く鳴り響く。
「もう、ほっといてくれ!こんな、何の進歩もない痛みだけのリハビリなんて、意味ない!」
荒んだその声に、薫子はビクンと躰を震わせた。
嘘......悠が、そんなことを言うなんて......
ショックで立ち止まってしまった薫子に、悠人は「少し待ってて」というように、掌を薫子に向けた。
薫子が小さく頷くと、悠人はひとりで病室へと入っていった。
男性が悠人に気づき、訴えかける。
「リハビリしましょうって言っても、全くやろうとしないんですよ」
悠人の足音が、薫子の耳から遠ざかる。足音が止まると、悠人の優しく宥めるような声が静かに響いた。
「悠......僕も手伝うから。
さぁ、一緒に頑張ろう」
その途端、遠くに立っている薫子にまで伝わるほど、空気が一瞬で張り詰めた。吐き捨てるような声が、病室に響く。
「『一緒に』って、何?
父さんが、骨折したんじゃない。俺の痛みなんか、分かるはずないのに。骨だけじゃなく、骨膜の神経までボロボロに砕けて。強烈な痛みと共に、痺れが襲ってくるんだ。鎮痛剤を飲んでいても激痛が収まることはなく、眠ることもままならない。リハビリをしたって、指先さえ動かすのがやっと。暗闇の中で......ただ全身に痛みを受けながら、寝返りをうつことも出来ず、一日中ベッドに横たわっているだけ。
これじゃ、死人と変わらない。こんなの......生きてるなんて言えない」
「ッッ......」
薫子の両瞳から、涙が溢れ出す。
今まで誰に対しても弱音など吐くことのなかった悠が、これ程までに変わってしまうとは、想像すらしなかった。悠なら、強い精神力で何事も乗り越えてゆけるはず。そう、信じていた。
薫子はこの時初めて、悠だって完璧な人間ではないのだと知った。
ただその弱さを、見せていなかっただけなのだと。
悠の強さを壊してしまったのは......自分であることも。
聞き取れないぐらいの小さな悠の声が、静かに病室に落とされる。
「父さん、仕事忙しいんでしょ? わざわざここに来る必要なんてない。
俺は、何もしたくない......ただ、一人になりたいんだ」
全てを投げ出し、諦めたような悠の言葉に、薫子の胸がギューッと締め付けられるように痛んだ。
交通事故に遭い、薫子と別れた悠は、生きる気力を失っていた。ただ繰り返される痛みだけの毎日は、悠の肉体だけでなく、精神にまで侵食し、蝕んでいたのだ。
「リハビリせずにいたら、固まってしまいますよ。1日5分でもいいから、少しずつでも動かして解していかないと......」
男性の声が励ますが、悠は黙ったままだった。
「悠......」
宥めるような悠人の声に、投げやりな悠の声が落ちる。
「別に、このまま歩けなくなったっていい......ほっといてくれ」
そ、んな......
私が、悠を追い込んでしまったんだ。生きる気力を失ってしまうほどに......
薫子の胸を、大きな罪悪感と後悔が覆い尽くしていく。
悠が別れを告げた時、私はどうして彼の真意に気づいてあげられなかったのだろう。
悠の真意を知った後、どうして彼の元へ行かなかったの......
櫻井家を出て、すぐにでも悠に会いに行けばよかった......
次から次に、後悔が溢れてくる。
悠、ごめんなさい。
ずっと、辛い思いをしていたことに気付けなくて。
ずっと、会いに来られなくて。
ごめ...なさい......
「ッグ...ウゥッ......ック」
溢れ出した涙は留まることを知らず、次々に目尻から流れ落ちていた。
わたし、の......私の、せいで......悠はこんな風になってしまったんだ。
そんな私が、どんな顔をして、悠に会えるというの。
私には、悠に会うことなんて出来ない。
会えるはずなんて、ない。
悠人が扉のノブに手を掛けて開けた途端、悠の悲痛な声が響いた。
「ック......ぁあああっっ!!!」
「風間さん、もう少し曲げられますか」
若い男性の声の後、床に金属音が甲高く鳴り響く。
「もう、ほっといてくれ!こんな、何の進歩もない痛みだけのリハビリなんて、意味ない!」
荒んだその声に、薫子はビクンと躰を震わせた。
嘘......悠が、そんなことを言うなんて......
ショックで立ち止まってしまった薫子に、悠人は「少し待ってて」というように、掌を薫子に向けた。
薫子が小さく頷くと、悠人はひとりで病室へと入っていった。
男性が悠人に気づき、訴えかける。
「リハビリしましょうって言っても、全くやろうとしないんですよ」
悠人の足音が、薫子の耳から遠ざかる。足音が止まると、悠人の優しく宥めるような声が静かに響いた。
「悠......僕も手伝うから。
さぁ、一緒に頑張ろう」
その途端、遠くに立っている薫子にまで伝わるほど、空気が一瞬で張り詰めた。吐き捨てるような声が、病室に響く。
「『一緒に』って、何?
父さんが、骨折したんじゃない。俺の痛みなんか、分かるはずないのに。骨だけじゃなく、骨膜の神経までボロボロに砕けて。強烈な痛みと共に、痺れが襲ってくるんだ。鎮痛剤を飲んでいても激痛が収まることはなく、眠ることもままならない。リハビリをしたって、指先さえ動かすのがやっと。暗闇の中で......ただ全身に痛みを受けながら、寝返りをうつことも出来ず、一日中ベッドに横たわっているだけ。
これじゃ、死人と変わらない。こんなの......生きてるなんて言えない」
「ッッ......」
薫子の両瞳から、涙が溢れ出す。
今まで誰に対しても弱音など吐くことのなかった悠が、これ程までに変わってしまうとは、想像すらしなかった。悠なら、強い精神力で何事も乗り越えてゆけるはず。そう、信じていた。
薫子はこの時初めて、悠だって完璧な人間ではないのだと知った。
ただその弱さを、見せていなかっただけなのだと。
悠の強さを壊してしまったのは......自分であることも。
聞き取れないぐらいの小さな悠の声が、静かに病室に落とされる。
「父さん、仕事忙しいんでしょ? わざわざここに来る必要なんてない。
俺は、何もしたくない......ただ、一人になりたいんだ」
全てを投げ出し、諦めたような悠の言葉に、薫子の胸がギューッと締め付けられるように痛んだ。
交通事故に遭い、薫子と別れた悠は、生きる気力を失っていた。ただ繰り返される痛みだけの毎日は、悠の肉体だけでなく、精神にまで侵食し、蝕んでいたのだ。
「リハビリせずにいたら、固まってしまいますよ。1日5分でもいいから、少しずつでも動かして解していかないと......」
男性の声が励ますが、悠は黙ったままだった。
「悠......」
宥めるような悠人の声に、投げやりな悠の声が落ちる。
「別に、このまま歩けなくなったっていい......ほっといてくれ」
そ、んな......
私が、悠を追い込んでしまったんだ。生きる気力を失ってしまうほどに......
薫子の胸を、大きな罪悪感と後悔が覆い尽くしていく。
悠が別れを告げた時、私はどうして彼の真意に気づいてあげられなかったのだろう。
悠の真意を知った後、どうして彼の元へ行かなかったの......
櫻井家を出て、すぐにでも悠に会いに行けばよかった......
次から次に、後悔が溢れてくる。
悠、ごめんなさい。
ずっと、辛い思いをしていたことに気付けなくて。
ずっと、会いに来られなくて。
ごめ...なさい......
「ッグ...ウゥッ......ック」
溢れ出した涙は留まることを知らず、次々に目尻から流れ落ちていた。
わたし、の......私の、せいで......悠はこんな風になってしまったんだ。
そんな私が、どんな顔をして、悠に会えるというの。
私には、悠に会うことなんて出来ない。
会えるはずなんて、ない。
あなたにおすすめの小説
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
不遇な令嬢は次期組長の秘めたる溺愛に絡め取られる。
翼 うみ
恋愛
父の会社を立て直す交換条件のため、ほぼ家族に身売りされた形で関東最大級の極道・桜花組の次期組長に嫁入りしたジェシカ。しかし母を亡くして以降、義母と義妹に虐げられていたジェシカは実家を出られるなら、と前向きだった。夫となる和仁には「君を愛することはない」と冷たく突き放される。それでもジェシカは傷つくことはなく、自分にできることを探して楽しんでいた。
和仁には辛い過去がありそれ故に誰のことも愛さないと決めていたが、純真で健気なジェシカに段々と惹かれてゆき――。
政略結婚から始まる溺愛シンデレラストーリー。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
仮面夫婦のはずが、エリート専務に子どもごと溺愛されています
小田恒子
恋愛
旧題:私達、(仮面)夫婦です。
*この作品は、アルファポリスエタニティブックスさまより、書籍化されることとなりました。
2022/07/15に本編と雅人編が引き下げとなり、書籍版のレンタルと差し替えとなります。
今井文香(いまいあやか) 31歳。
一児の母でシングルマザー。
そんな私が結婚する事に。
お相手は高宮雅人(たかみやまさと)34歳。
高宮ホールディングスの次男で専務取締役。
「君は対外的には妻であり母である前に、僕とは今後も他人だから」
要は愛のない仮面夫婦を演じろ、と。
私は娘を守る為、彼と結婚する。
連載開始日 2019/05/22
本編完結日 2019/08/10
雅人編連載開始日 2019/08/24
雅人編完結日 2019/10/03
(本編書籍化にあたり、こちらは多大なネタバレがあるため取り下げしております)
史那編開始 2020/01/21
史那編完結日 2020/04/01
2019/08/20ー08/21
ベリーズカフェランキング総合1位、ありがとうございます。
(書籍化に伴い、ベリーズさんのサイトは引き下げた上で削除しております)
作品の無断転載はご遠慮ください。