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初恋が実る時
2
以前の薫子なら、そう思っていただろう。
自分を責めるばかりで、どうしていいのかも分からず、悠の苦しむ姿に耐え切れず......この場から、逃げ去っていた。
だが薫子は、悠に向かって足を踏み出していた。
ベッドに横たわる悠の前に膝をつき、彼の左手を両手で包み込む。
「ぇ......」
突然包み込まれた左手の温かさと感触、頭の横に感じる気配に、悠が驚いたように目を瞠る。涙を飲み下すと、薫子は祈るように目の前の悠に向かって訴えた。
「悠、お願い。リハビリを、して......」
その声に、悠の肩が震えた。
「かお、るこ......?」
信じられないというように、悠が薫子へ顔を向ける。もちろん、彼に彼女を見ることは叶わなかったが。
薫子は包み込んだ左手に少し力を込め、もう一度訴えた。
「お願い、悠......」
悠は暫くしてからハッとし、振り払うように薫子の手を離した。
「父さんが......呼んだのか?」
薫子に別れを告げた後自暴自棄になって塞ぎ込み、リハビリをしなくなった自分を心配し、父親が彼女を呼んだと思ったのだ。
「私が......自分の意思で、来たの。
悠に、会いたかったから」
薫子の言葉に動揺する自分を抑えるように、悠は顔を背けた。
「俺のリハビリのことなんか、心配する必要ない。
俺たちはもう......恋人でも、なんでもないんだから」
『恋人でも何でもない』と言われ、張り裂けそうな程の胸の痛みが薫子を襲う。また臆病な自分が出てきそうになるが、必死にそれを押し留めた。
「悠、違うの...」
リハビリの説得のために来たのではないと説明しようとする薫子の言葉に被せるようにして、苛立った悠の言葉が響く。
「君には、もう俺は必要ないし、俺は君に、何もしてやれない。
見ただろ? この惨めな姿を。
俺は歩くことも、立つことも......寝返りも出来ず。君の顔すら、見ることが出来ないんだ」
苦悶に満ちた表情で、自嘲するように口角を上げた。肩を震わせる悠を見つめた後、悠人が男性に合図をし、静かに病室から立ち去った。
薫子は悠を見つめ、もう一度振り払われた手を握った。
「悠......ずっと弱くて何も出来ない私を、今まで守ってくれてありがとう」
薫子からの、感謝の言葉。
悠にはそれが、彼女からの別れの言葉なのだと思った。遼と結婚式を挙げる前に、自分に今までの感謝を告げに来たのだと。
「ック......」
悠には、薫子を突き放すことも、祝福の言葉を掛けることも出来ずにいた。
心が、震える......俺は、この温もりを離したく、ない。
自分勝手だと、分かってるのに。
薫子が穏やかな口調で悠に話し掛ける。
「ねぇ、悠。悠が、失明したことを私に隠していたのも、遼ちゃんに私を守るよう託したことも、すべて、悠の愛情から。私を守ろうとして、私の幸せを願ってしたことだって分かったけど......
私......すごく、辛かったんだよ。私は悠にとって、守られる存在だけでしかない。弱くて頼りない人間なんだって、自覚させられたの」
「そうじゃ、ない......」
否定しようとした悠の言葉を遮り、薫子が告げる。
「ううん、本当にそうだったの。私は、自分ひとりでは何も出来なくて、弱くて、みんなに甘えて、守ってもらうばかりだった。それを、当然のように思ってた」
薫子が悠の手をギュッと握り締める。
「ごめんね、悠......
ずっと。ずっと悠にばかり負担かけて、ごめんね......」
悠が一瞬拳を握った後、薫子の手を振りほどいた。
「薫子の気持ちは......分かったから。もう俺のことを負い目に感じることなんてない。
香西と......幸せに、なってくれ」
薫子は、成長しようとしている。きっと今の薫子なら、前向きに生きていける。
香西と、幸せな未来を築いていけるはずだ。
俺は......薫子の門出を、祝福してやらないと、いけないんだ。
自分を責めるばかりで、どうしていいのかも分からず、悠の苦しむ姿に耐え切れず......この場から、逃げ去っていた。
だが薫子は、悠に向かって足を踏み出していた。
ベッドに横たわる悠の前に膝をつき、彼の左手を両手で包み込む。
「ぇ......」
突然包み込まれた左手の温かさと感触、頭の横に感じる気配に、悠が驚いたように目を瞠る。涙を飲み下すと、薫子は祈るように目の前の悠に向かって訴えた。
「悠、お願い。リハビリを、して......」
その声に、悠の肩が震えた。
「かお、るこ......?」
信じられないというように、悠が薫子へ顔を向ける。もちろん、彼に彼女を見ることは叶わなかったが。
薫子は包み込んだ左手に少し力を込め、もう一度訴えた。
「お願い、悠......」
悠は暫くしてからハッとし、振り払うように薫子の手を離した。
「父さんが......呼んだのか?」
薫子に別れを告げた後自暴自棄になって塞ぎ込み、リハビリをしなくなった自分を心配し、父親が彼女を呼んだと思ったのだ。
「私が......自分の意思で、来たの。
悠に、会いたかったから」
薫子の言葉に動揺する自分を抑えるように、悠は顔を背けた。
「俺のリハビリのことなんか、心配する必要ない。
俺たちはもう......恋人でも、なんでもないんだから」
『恋人でも何でもない』と言われ、張り裂けそうな程の胸の痛みが薫子を襲う。また臆病な自分が出てきそうになるが、必死にそれを押し留めた。
「悠、違うの...」
リハビリの説得のために来たのではないと説明しようとする薫子の言葉に被せるようにして、苛立った悠の言葉が響く。
「君には、もう俺は必要ないし、俺は君に、何もしてやれない。
見ただろ? この惨めな姿を。
俺は歩くことも、立つことも......寝返りも出来ず。君の顔すら、見ることが出来ないんだ」
苦悶に満ちた表情で、自嘲するように口角を上げた。肩を震わせる悠を見つめた後、悠人が男性に合図をし、静かに病室から立ち去った。
薫子は悠を見つめ、もう一度振り払われた手を握った。
「悠......ずっと弱くて何も出来ない私を、今まで守ってくれてありがとう」
薫子からの、感謝の言葉。
悠にはそれが、彼女からの別れの言葉なのだと思った。遼と結婚式を挙げる前に、自分に今までの感謝を告げに来たのだと。
「ック......」
悠には、薫子を突き放すことも、祝福の言葉を掛けることも出来ずにいた。
心が、震える......俺は、この温もりを離したく、ない。
自分勝手だと、分かってるのに。
薫子が穏やかな口調で悠に話し掛ける。
「ねぇ、悠。悠が、失明したことを私に隠していたのも、遼ちゃんに私を守るよう託したことも、すべて、悠の愛情から。私を守ろうとして、私の幸せを願ってしたことだって分かったけど......
私......すごく、辛かったんだよ。私は悠にとって、守られる存在だけでしかない。弱くて頼りない人間なんだって、自覚させられたの」
「そうじゃ、ない......」
否定しようとした悠の言葉を遮り、薫子が告げる。
「ううん、本当にそうだったの。私は、自分ひとりでは何も出来なくて、弱くて、みんなに甘えて、守ってもらうばかりだった。それを、当然のように思ってた」
薫子が悠の手をギュッと握り締める。
「ごめんね、悠......
ずっと。ずっと悠にばかり負担かけて、ごめんね......」
悠が一瞬拳を握った後、薫子の手を振りほどいた。
「薫子の気持ちは......分かったから。もう俺のことを負い目に感じることなんてない。
香西と......幸せに、なってくれ」
薫子は、成長しようとしている。きっと今の薫子なら、前向きに生きていける。
香西と、幸せな未来を築いていけるはずだ。
俺は......薫子の門出を、祝福してやらないと、いけないんだ。
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連載開始日 2019/05/22
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雅人編連載開始日 2019/08/24
雅人編完結日 2019/10/03
(本編書籍化にあたり、こちらは多大なネタバレがあるため取り下げしております)
史那編開始 2020/01/21
史那編完結日 2020/04/01
2019/08/20ー08/21
ベリーズカフェランキング総合1位、ありがとうございます。
(書籍化に伴い、ベリーズさんのサイトは引き下げた上で削除しております)
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