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懇願
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大和の声が、涙で濡れた肩に静かに染みていく。
「あんな形で言っちまって、お前を傷つけてすまない......
でも、美姫との子供が欲しいってのは、俺の本音でもあるんだ」
「大和......」
『無理、だよ......』その言葉が繋がれる前に、大和の次の言葉が足される。
「もちろん、自然な形で出来ればそれがいいし、願ってもいる。
けど、美姫がその気になれないなら、人工授精でもいいんだ。それなら、躰を重ねることなく、子供を授かることが出来るだろ?」
本気、なの!?
考えもしなかった大和の提案に、美姫は固まった。
大和は美姫の肩から顔を上げ、真っ直ぐな瞳を揺らした。とても冗談で言っているとは思えない、真剣な表情だった。その瞳は、大和が考えた末に辿り着いた結論なのだと語っていた。
「美姫の両親を安心させたいって気持ちも大きい。けど、1番の理由は美姫ともっと確かな絆を築きたいんだ。
美姫は俺のことを愛してなくても、家族として受け入れてくれている。それで、いいんだ。世の中には、恋愛感情がなくても家族としての絆で繋がっている人たちはいっぱいいる。
俺は、お前との子供が欲しいんだ。美姫も子供も大事にするし、ずっと愛していく」
大和の考えは突拍子ないように思えて、現実的でもあった。
このまま夫婦だけの生活を続けていれば、行き詰まってくるのは分かっている。自分の両親だけでなく、羽鳥の両親や周囲も美姫と大和が子供をもつことを望んでいる。それは、心情的にもそうだが、継承問題もある。
この先ずっと子供が出来なければ、そのうちマスコミは二人の不仲説をたて、噂にすることだろう。
大和の提案は、美姫が恐れていたような無理やり美姫と肉体関係を結びたくて子供を持ちたいというのではなかった。美姫の意思を尊重し、人工授精でいいから子供が欲しいと言っている。
美姫の気持ちが揺さぶられた。
正直、子供は欲しい。『お嫁さんになり、お母さんになること』は、美姫の夢でもあった。
大和との性行為に抵抗はあるが、彼との子供を育てることを考えた時、不思議と抵抗はなかった。両親に愛されずに育ち、兄を失ってしまった大和に温かい家庭をつくってあげたいという思いもある。
きっと大和ならいい父親になるだろうし、心から愛してくれるだろう。美姫も、子供を愛せる気がしていた。
子供を持つことをきっかけに、自分もまた大和を好きになれるかもしれない。
けれど......
それを思う時、美姫はどうしても秀一のことを考えずにはいられなかった。
もし今日のパーティーで秀一と会うことがなければ、美姫は大和の要望を受け入れていたかもしれない。
でも今、秀一の熱を、感触を、匂いを、声を感じてしまった今となっては......美姫はどうしていいのか分からず、混乱の中にいた。
「もう少し......考えさせて」
そう言うのが精一杯だった。
今夜は何も考えず、泥のように眠りたい......
部屋へ向かう為、躰の向きを変えようとすると、大和に腕を取られて正面から抱き締められた。
「あいつのこと......思ってたって、仕方ねぇんだぞ。ようやくスキャンダルがおさまって、財閥の業績は上り調子で、お父さんやお母さんだって安心してんだ」
「分かってるよ......」
それは、自分が一番よく分かってるはずだった。
秀一が欲望の島にいると聞き、このままでは朽ち果ててしまうかもしれないと知りつつも、美姫は秀一を救いに行くことが出来なかった。秀一を、見捨てたのだ。
たとえ秀一さんが私の目の前に現れたところで、以前のような関係に戻れるはずなんてない......
大和は肩を揺らし、やがて膝から崩れ落ちた。
「愛、してる......愛してるんだ、お前を......
お願い、だから......俺からいなくならないでくれ」
大きな躰を揺らし、美姫の腰に抱きついている。
学生時代、大和がこんな風に泣くのを一度も見たことがなかった。いつでも明るくて穏やかで、笑顔が絶えなかった大和の泣いた姿なんて想像出来なかったのに。
美姫は、脳裏に浮かんだ秀一の顔を消した。
「大和の、側にいるから。側にいるから......
だから、泣かないで?」
いつか大和の情に流されて子供を産むことになるかもしれないと、大和の頭を撫でながら思った。
「あんな形で言っちまって、お前を傷つけてすまない......
でも、美姫との子供が欲しいってのは、俺の本音でもあるんだ」
「大和......」
『無理、だよ......』その言葉が繋がれる前に、大和の次の言葉が足される。
「もちろん、自然な形で出来ればそれがいいし、願ってもいる。
けど、美姫がその気になれないなら、人工授精でもいいんだ。それなら、躰を重ねることなく、子供を授かることが出来るだろ?」
本気、なの!?
考えもしなかった大和の提案に、美姫は固まった。
大和は美姫の肩から顔を上げ、真っ直ぐな瞳を揺らした。とても冗談で言っているとは思えない、真剣な表情だった。その瞳は、大和が考えた末に辿り着いた結論なのだと語っていた。
「美姫の両親を安心させたいって気持ちも大きい。けど、1番の理由は美姫ともっと確かな絆を築きたいんだ。
美姫は俺のことを愛してなくても、家族として受け入れてくれている。それで、いいんだ。世の中には、恋愛感情がなくても家族としての絆で繋がっている人たちはいっぱいいる。
俺は、お前との子供が欲しいんだ。美姫も子供も大事にするし、ずっと愛していく」
大和の考えは突拍子ないように思えて、現実的でもあった。
このまま夫婦だけの生活を続けていれば、行き詰まってくるのは分かっている。自分の両親だけでなく、羽鳥の両親や周囲も美姫と大和が子供をもつことを望んでいる。それは、心情的にもそうだが、継承問題もある。
この先ずっと子供が出来なければ、そのうちマスコミは二人の不仲説をたて、噂にすることだろう。
大和の提案は、美姫が恐れていたような無理やり美姫と肉体関係を結びたくて子供を持ちたいというのではなかった。美姫の意思を尊重し、人工授精でいいから子供が欲しいと言っている。
美姫の気持ちが揺さぶられた。
正直、子供は欲しい。『お嫁さんになり、お母さんになること』は、美姫の夢でもあった。
大和との性行為に抵抗はあるが、彼との子供を育てることを考えた時、不思議と抵抗はなかった。両親に愛されずに育ち、兄を失ってしまった大和に温かい家庭をつくってあげたいという思いもある。
きっと大和ならいい父親になるだろうし、心から愛してくれるだろう。美姫も、子供を愛せる気がしていた。
子供を持つことをきっかけに、自分もまた大和を好きになれるかもしれない。
けれど......
それを思う時、美姫はどうしても秀一のことを考えずにはいられなかった。
もし今日のパーティーで秀一と会うことがなければ、美姫は大和の要望を受け入れていたかもしれない。
でも今、秀一の熱を、感触を、匂いを、声を感じてしまった今となっては......美姫はどうしていいのか分からず、混乱の中にいた。
「もう少し......考えさせて」
そう言うのが精一杯だった。
今夜は何も考えず、泥のように眠りたい......
部屋へ向かう為、躰の向きを変えようとすると、大和に腕を取られて正面から抱き締められた。
「あいつのこと......思ってたって、仕方ねぇんだぞ。ようやくスキャンダルがおさまって、財閥の業績は上り調子で、お父さんやお母さんだって安心してんだ」
「分かってるよ......」
それは、自分が一番よく分かってるはずだった。
秀一が欲望の島にいると聞き、このままでは朽ち果ててしまうかもしれないと知りつつも、美姫は秀一を救いに行くことが出来なかった。秀一を、見捨てたのだ。
たとえ秀一さんが私の目の前に現れたところで、以前のような関係に戻れるはずなんてない......
大和は肩を揺らし、やがて膝から崩れ落ちた。
「愛、してる......愛してるんだ、お前を......
お願い、だから......俺からいなくならないでくれ」
大きな躰を揺らし、美姫の腰に抱きついている。
学生時代、大和がこんな風に泣くのを一度も見たことがなかった。いつでも明るくて穏やかで、笑顔が絶えなかった大和の泣いた姿なんて想像出来なかったのに。
美姫は、脳裏に浮かんだ秀一の顔を消した。
「大和の、側にいるから。側にいるから......
だから、泣かないで?」
いつか大和の情に流されて子供を産むことになるかもしれないと、大和の頭を撫でながら思った。
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