52 / 124
板挟み
3
しおりを挟む
父の手術から5日後、美姫と大和は不妊治療専門のクリニックを訪れていた。
ここは他の患者と顔を合わせることのないよう、待合室が個室になっている。待合室にはコーヒーマシーンやクッキーが置かれ、TVもあってくつろげるようになっていた。
大和はクッキーを頬張り、美姫にも勧めたが、そんな気持ちにはなれず緊張した笑みを浮かべて断った。
順番が来るとTVのモニターが切り替わり、『診察室へどうぞお進み下さい』との表示が出た。
ふたりは立ち上がり、診察室へと向かう。
診察を担当するのは、このクリニックの院長である内藤だった。頭が禿げ上がった50代半ばの男性で、眼鏡の奥の瞳が鋭かった。
内藤は二人が書いた問診表を一瞥した。そこには、過去3ヶ月間の月経、婚姻日、妊娠を希望してからの不妊期間、不妊原因、治療歴の有無等が記載されている。
「妊娠を希望されてからの不妊期間がごく短いですね。
当院では通常「ステップアップ方式」といって、自然に近い方法から治療を開始し、原因の有無に関係なく一定の期間で成果が見られない場合には、妊娠の確率を高めるために治療内容を順次レベルアップしていく方法をとっています。もちろん、年齢やご事情に応じた段階からスタートするので、場合によっては人工授精から入ることもあります。
ですが、お二人はまだ若く、不妊期間が短いにも関わらず、最初から人工授精をご希望とのことですが、自然排卵による治療は望まれていないということでしょうか」
不妊治療の為とはいえ、あまりに突っ込んだ質問に美姫は尻込みした。
大和が医師に説明した。
「実は……私が妻とセックスしようとするとEDの症状が表れるんです。それで、自然妊娠は望めないので、人工受精を希望していまして」
美姫は大和がEDの治療専門医にかかっていることは知っているが、どれくらい改善されているのかは躰を重ね合わせていないので分からなかった。
それでも、大和は自分のせいで妊娠が出来ないのだと説明してくれている。その気持ちがありがたくもあり、申し訳なくもあった。
「そうですか。今までに何度も試したけど、ダメだったということなんですよね?
人工授精というのは精子を人工的に女性の子宮内に注入する方法になります。人工授精を4~6周期行っても妊娠しない場合や、女性の年齢が高い場合、精子と卵子を採取して体外で受精させる体外受精や、体外で得られた受精卵を子宮に戻す顕微授精と、ここでもステップアップし、費用も格段に変わります。
肉体的にはもちろん、精神的、経済的な負担から不妊治療を断念される夫婦も少なくありません。おふたりはまだお若いですし、まずはEDの治療から始められてはいかがですか」
大和は少し言いにくそうにしながら、医師の顔を窺うようにして答えた。
「専門医には……通っています」
「では、投薬やカウンセリングでも効果はなかったということですか?」
「はい、そうです」
内藤は問診表に書き込みながら、質問を続ける。
「奥さんとセックスすると、という言い方をされましたが、自慰行為では問題がないと捉えていいですか」
「えぇ、まぁ……」
大和はバツが悪そうに答えた。
美姫は胸が苦しくなった。
ここは他の患者と顔を合わせることのないよう、待合室が個室になっている。待合室にはコーヒーマシーンやクッキーが置かれ、TVもあってくつろげるようになっていた。
大和はクッキーを頬張り、美姫にも勧めたが、そんな気持ちにはなれず緊張した笑みを浮かべて断った。
順番が来るとTVのモニターが切り替わり、『診察室へどうぞお進み下さい』との表示が出た。
ふたりは立ち上がり、診察室へと向かう。
診察を担当するのは、このクリニックの院長である内藤だった。頭が禿げ上がった50代半ばの男性で、眼鏡の奥の瞳が鋭かった。
内藤は二人が書いた問診表を一瞥した。そこには、過去3ヶ月間の月経、婚姻日、妊娠を希望してからの不妊期間、不妊原因、治療歴の有無等が記載されている。
「妊娠を希望されてからの不妊期間がごく短いですね。
当院では通常「ステップアップ方式」といって、自然に近い方法から治療を開始し、原因の有無に関係なく一定の期間で成果が見られない場合には、妊娠の確率を高めるために治療内容を順次レベルアップしていく方法をとっています。もちろん、年齢やご事情に応じた段階からスタートするので、場合によっては人工授精から入ることもあります。
ですが、お二人はまだ若く、不妊期間が短いにも関わらず、最初から人工授精をご希望とのことですが、自然排卵による治療は望まれていないということでしょうか」
不妊治療の為とはいえ、あまりに突っ込んだ質問に美姫は尻込みした。
大和が医師に説明した。
「実は……私が妻とセックスしようとするとEDの症状が表れるんです。それで、自然妊娠は望めないので、人工受精を希望していまして」
美姫は大和がEDの治療専門医にかかっていることは知っているが、どれくらい改善されているのかは躰を重ね合わせていないので分からなかった。
それでも、大和は自分のせいで妊娠が出来ないのだと説明してくれている。その気持ちがありがたくもあり、申し訳なくもあった。
「そうですか。今までに何度も試したけど、ダメだったということなんですよね?
人工授精というのは精子を人工的に女性の子宮内に注入する方法になります。人工授精を4~6周期行っても妊娠しない場合や、女性の年齢が高い場合、精子と卵子を採取して体外で受精させる体外受精や、体外で得られた受精卵を子宮に戻す顕微授精と、ここでもステップアップし、費用も格段に変わります。
肉体的にはもちろん、精神的、経済的な負担から不妊治療を断念される夫婦も少なくありません。おふたりはまだお若いですし、まずはEDの治療から始められてはいかがですか」
大和は少し言いにくそうにしながら、医師の顔を窺うようにして答えた。
「専門医には……通っています」
「では、投薬やカウンセリングでも効果はなかったということですか?」
「はい、そうです」
内藤は問診表に書き込みながら、質問を続ける。
「奥さんとセックスすると、という言い方をされましたが、自慰行為では問題がないと捉えていいですか」
「えぇ、まぁ……」
大和はバツが悪そうに答えた。
美姫は胸が苦しくなった。
0
あなたにおすすめの小説
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる