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父の手術から5日後、美姫と大和は不妊治療専門のクリニックを訪れていた。
ここは他の患者と顔を合わせることのないよう、待合室が個室になっている。待合室にはコーヒーマシーンやクッキーが置かれ、TVもあってくつろげるようになっていた。
大和はクッキーを頬張り、美姫にも勧めたが、そんな気持ちにはなれず緊張した笑みを浮かべて断った。
順番が来るとTVのモニターが切り替わり、『診察室へどうぞお進み下さい』との表示が出た。
ふたりは立ち上がり、診察室へと向かう。
診察を担当するのは、このクリニックの院長である内藤だった。頭が禿げ上がった50代半ばの男性で、眼鏡の奥の瞳が鋭かった。
内藤は二人が書いた問診表を一瞥した。そこには、過去3ヶ月間の月経、婚姻日、妊娠を希望してからの不妊期間、不妊原因、治療歴の有無等が記載されている。
「妊娠を希望されてからの不妊期間がごく短いですね。
当院では通常「ステップアップ方式」といって、自然に近い方法から治療を開始し、原因の有無に関係なく一定の期間で成果が見られない場合には、妊娠の確率を高めるために治療内容を順次レベルアップしていく方法をとっています。もちろん、年齢やご事情に応じた段階からスタートするので、場合によっては人工授精から入ることもあります。
ですが、お二人はまだ若く、不妊期間が短いにも関わらず、最初から人工授精をご希望とのことですが、自然排卵による治療は望まれていないということでしょうか」
不妊治療の為とはいえ、あまりに突っ込んだ質問に美姫は尻込みした。
大和が医師に説明した。
「実は……私が妻とセックスしようとするとEDの症状が表れるんです。それで、自然妊娠は望めないので、人工受精を希望していまして」
美姫は大和がEDの治療専門医にかかっていることは知っているが、どれくらい改善されているのかは躰を重ね合わせていないので分からなかった。
それでも、大和は自分のせいで妊娠が出来ないのだと説明してくれている。その気持ちがありがたくもあり、申し訳なくもあった。
「そうですか。今までに何度も試したけど、ダメだったということなんですよね?
人工授精というのは精子を人工的に女性の子宮内に注入する方法になります。人工授精を4~6周期行っても妊娠しない場合や、女性の年齢が高い場合、精子と卵子を採取して体外で受精させる体外受精や、体外で得られた受精卵を子宮に戻す顕微授精と、ここでもステップアップし、費用も格段に変わります。
肉体的にはもちろん、精神的、経済的な負担から不妊治療を断念される夫婦も少なくありません。おふたりはまだお若いですし、まずはEDの治療から始められてはいかがですか」
大和は少し言いにくそうにしながら、医師の顔を窺うようにして答えた。
「専門医には……通っています」
「では、投薬やカウンセリングでも効果はなかったということですか?」
「はい、そうです」
内藤は問診表に書き込みながら、質問を続ける。
「奥さんとセックスすると、という言い方をされましたが、自慰行為では問題がないと捉えていいですか」
「えぇ、まぁ……」
大和はバツが悪そうに答えた。
美姫は胸が苦しくなった。
ここは他の患者と顔を合わせることのないよう、待合室が個室になっている。待合室にはコーヒーマシーンやクッキーが置かれ、TVもあってくつろげるようになっていた。
大和はクッキーを頬張り、美姫にも勧めたが、そんな気持ちにはなれず緊張した笑みを浮かべて断った。
順番が来るとTVのモニターが切り替わり、『診察室へどうぞお進み下さい』との表示が出た。
ふたりは立ち上がり、診察室へと向かう。
診察を担当するのは、このクリニックの院長である内藤だった。頭が禿げ上がった50代半ばの男性で、眼鏡の奥の瞳が鋭かった。
内藤は二人が書いた問診表を一瞥した。そこには、過去3ヶ月間の月経、婚姻日、妊娠を希望してからの不妊期間、不妊原因、治療歴の有無等が記載されている。
「妊娠を希望されてからの不妊期間がごく短いですね。
当院では通常「ステップアップ方式」といって、自然に近い方法から治療を開始し、原因の有無に関係なく一定の期間で成果が見られない場合には、妊娠の確率を高めるために治療内容を順次レベルアップしていく方法をとっています。もちろん、年齢やご事情に応じた段階からスタートするので、場合によっては人工授精から入ることもあります。
ですが、お二人はまだ若く、不妊期間が短いにも関わらず、最初から人工授精をご希望とのことですが、自然排卵による治療は望まれていないということでしょうか」
不妊治療の為とはいえ、あまりに突っ込んだ質問に美姫は尻込みした。
大和が医師に説明した。
「実は……私が妻とセックスしようとするとEDの症状が表れるんです。それで、自然妊娠は望めないので、人工受精を希望していまして」
美姫は大和がEDの治療専門医にかかっていることは知っているが、どれくらい改善されているのかは躰を重ね合わせていないので分からなかった。
それでも、大和は自分のせいで妊娠が出来ないのだと説明してくれている。その気持ちがありがたくもあり、申し訳なくもあった。
「そうですか。今までに何度も試したけど、ダメだったということなんですよね?
人工授精というのは精子を人工的に女性の子宮内に注入する方法になります。人工授精を4~6周期行っても妊娠しない場合や、女性の年齢が高い場合、精子と卵子を採取して体外で受精させる体外受精や、体外で得られた受精卵を子宮に戻す顕微授精と、ここでもステップアップし、費用も格段に変わります。
肉体的にはもちろん、精神的、経済的な負担から不妊治療を断念される夫婦も少なくありません。おふたりはまだお若いですし、まずはEDの治療から始められてはいかがですか」
大和は少し言いにくそうにしながら、医師の顔を窺うようにして答えた。
「専門医には……通っています」
「では、投薬やカウンセリングでも効果はなかったということですか?」
「はい、そうです」
内藤は問診表に書き込みながら、質問を続ける。
「奥さんとセックスすると、という言い方をされましたが、自慰行為では問題がないと捉えていいですか」
「えぇ、まぁ……」
大和はバツが悪そうに答えた。
美姫は胸が苦しくなった。
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