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Princess of Beauty
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「お釣りはいりません」
美姫がタクシーを降りた時、もう既にアンコールを演奏している時間になっていた。
メモリアルホールの裏口へと走り、扉を開ける。迷路のような廊下を走り抜け、舞台裏へと急いだ。
髪は乱れ、化粧は涙で崩れ、ジャケットの下の長袖のシャツもジーンズも汗ばんで張り付いていた。心臓がバクバクと跳ね上がり、呼吸が乱れ、酸素が脳まで届かずフラフラした。それでも足を前に進め、必死に走り抜けた。
お願い、どうか……間に合って。
このツアー最後の秀一さんの勇姿を、見届けさせて。
ゼェゼェと息を吐きながら舞台裏へ辿り着くと、島根が慌てた様子で飛んできた。
「来栖チーフ!! 早く、来てください!!」
腕を掴まれ、舞台のすぐ袖まで引っ張られる。ピアノの音は聴こえてこなかった。
美姫は、落胆した。間に合わなかったのだと……
秀一は、マイクを握って立っていた。その背中を見つめていると、不意に振り向いた秀一とバチッと目が合った。
美姫の顔を認めると、安堵した表情を浮かべた。それから、ゆっくりと視線を客席へと戻した。
秀一は、珍しく緊張した面持ちでマイクに向かって話し出した。
「これから演奏する曲は、ある人を想って作曲しました。今までも、今も、これからもずっと愛し続ける、私の光となってくれる存在です。彼女に出逢えたことで、私は愛を知りました。
この曲を聴いて下さった方にも、大切な人を思い出して頂けたり、愛を感じて頂けたらと思います。
タイトルは、『Princess of Beauty』です」
美姫は瞳孔を大きくし、穴があくほど秀一を見つめた。
ーー『Princess of Beauty』
それは、間違いなく美姫の為に作られた曲だった。
秀一は美姫への壮大な愛の告白を、公衆の面前で披露するつもりなのだ。
ザワザワと会場が大きな喧騒に包まれる。
秀一の言葉に、曲のタイトルに……気づかない筈がない。これは、姪である来栖美姫を想って作った曲なのだと。
動揺が振動のように、会場中に広がっていく。
だが、秀一がピアノに向かった途端、一斉にその騒めきが静まった。聴衆が、固唾を呑んで演奏を待つ。
ピアノの屋根越しに覗き見えた秀一は、蕩けるような微笑みを美姫に見せた。それから真剣な表情に戻り、美しくしなやかな指を慈しむようにしてゆっくりと鍵盤の上に下ろす。
美姫はトクトクと鼓動の速まりを感じながら、息を詰めて秀一の演奏に見入った。
美姫がタクシーを降りた時、もう既にアンコールを演奏している時間になっていた。
メモリアルホールの裏口へと走り、扉を開ける。迷路のような廊下を走り抜け、舞台裏へと急いだ。
髪は乱れ、化粧は涙で崩れ、ジャケットの下の長袖のシャツもジーンズも汗ばんで張り付いていた。心臓がバクバクと跳ね上がり、呼吸が乱れ、酸素が脳まで届かずフラフラした。それでも足を前に進め、必死に走り抜けた。
お願い、どうか……間に合って。
このツアー最後の秀一さんの勇姿を、見届けさせて。
ゼェゼェと息を吐きながら舞台裏へ辿り着くと、島根が慌てた様子で飛んできた。
「来栖チーフ!! 早く、来てください!!」
腕を掴まれ、舞台のすぐ袖まで引っ張られる。ピアノの音は聴こえてこなかった。
美姫は、落胆した。間に合わなかったのだと……
秀一は、マイクを握って立っていた。その背中を見つめていると、不意に振り向いた秀一とバチッと目が合った。
美姫の顔を認めると、安堵した表情を浮かべた。それから、ゆっくりと視線を客席へと戻した。
秀一は、珍しく緊張した面持ちでマイクに向かって話し出した。
「これから演奏する曲は、ある人を想って作曲しました。今までも、今も、これからもずっと愛し続ける、私の光となってくれる存在です。彼女に出逢えたことで、私は愛を知りました。
この曲を聴いて下さった方にも、大切な人を思い出して頂けたり、愛を感じて頂けたらと思います。
タイトルは、『Princess of Beauty』です」
美姫は瞳孔を大きくし、穴があくほど秀一を見つめた。
ーー『Princess of Beauty』
それは、間違いなく美姫の為に作られた曲だった。
秀一は美姫への壮大な愛の告白を、公衆の面前で披露するつもりなのだ。
ザワザワと会場が大きな喧騒に包まれる。
秀一の言葉に、曲のタイトルに……気づかない筈がない。これは、姪である来栖美姫を想って作った曲なのだと。
動揺が振動のように、会場中に広がっていく。
だが、秀一がピアノに向かった途端、一斉にその騒めきが静まった。聴衆が、固唾を呑んで演奏を待つ。
ピアノの屋根越しに覗き見えた秀一は、蕩けるような微笑みを美姫に見せた。それから真剣な表情に戻り、美しくしなやかな指を慈しむようにしてゆっくりと鍵盤の上に下ろす。
美姫はトクトクと鼓動の速まりを感じながら、息を詰めて秀一の演奏に見入った。
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