矢野くんの、本当の彼女になりたい……です。

奏音 美都

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加速するドキドキ

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「はい、じゃあ先週作った土偶に今日は鈴つけて完成させるから、網棚に入ってる自分の取ってきてー」

 美術の吉田先生の呼びかけに、みんなが気怠そうに立ち上がり、椅子がガタガタ鳴る音が教室中に響き渡る。

 吉田先生は顔も体型もメガネも丸くて、先生にこんなこと言ったら失礼なのかもしれないけど地方のゆるキャラみたいで可愛らしい。

 昔は本気で日本画家を目指してたんだけど、夢破れて美術の先生になったのだとみんなが土偶の粘土製作をしている最中に話してくれた。どうしてうちの先生たちは中学生の夢を壊すようなぶっちゃけ話ばかりするのだろうと思ったけど、これも現実の厳しさを教えるためなのかもしれない。

 みんなが一斉に網棚に向かうもんだから、そこは人混みでごった返していた。そんな様子を遠目に眺めつつ、人が少なくなったタイミングを見計らって、私もようやく網棚へと向かう。

 美術室の後ろに設置されたステンレス製の網棚には、だいぶ少なくなった土偶が置かれていた。

 網棚が置かれている場所には無数のイーゼルが無造作に置かれてて今にも崩れそうだし、その横の木製の棚の上には名前も知らない英雄たちの石膏像が不気味に並んでいて、棚に触れると落ちてきそうでこわい。

 土偶は全て似たような見た目で、どれが自分の作ったものかなんてわかりっこない。

 それにしても、どうして土偶なんだろう。歴史の勉強も兼ねてるのかもしれないけど、これを持って帰ったところで、部屋に飾りたくは……ないなぁ。

 土偶の足の裏に名前を彫っていたのを思い出し、手前に置いてあったひとつに手を伸ばそうとすると、網棚の向こう側にいる矢野くんと目がバチッと合った。

「水嶋さんのって、これ?」

 矢野くんが、手に持ってた土偶を私に向かって伸ばす。矢野くんの腕は細いけど、私の腕よりは太くて、固く引き締まっていてドキッとした。

「ぁ、ありがとう……」

 どうしよう、指先が震えちゃうよ……

 なんとか土偶を受け取り、足の裏を見ると『水嶋 美紗子』と彫られていた。

 もう一回、お礼言った方がいいのかな。

 顔をフイッと上げると、矢野くんが私を見つめてる。

 その瞬間。周りの景色がくすんで、時間が止まって、矢野くんだけが色鮮やかに浮かび上がって見えた。

 私と矢野くんにだけ、時間が流れてる。

 いつも穏やかで優しい矢野くんの瞳が今はキリッとまっすぐに私の瞳を捉えてて、その真剣な表情に、心臓が口から飛び出そうなぐらいバクバク飛び跳ねる。

「はい、そこー。見つめ合ってないで、さっさと土偶取って席着いてー!」

 吉田先生の声で周りの色が戻り、時間が動き出した。と同時に、私たち二人は一気に注目の的となった。

 うーっ、なんてこと言ってくれるの吉田先生……

「えー、なになに、水嶋さんと矢野、見つめ合っちゃってんの?」
「やーらしー!」
「何ちょっかいかけてんだよ、颯太ー。ほら、りんごちゃん真っ赤になってんぞ」

 早速男子からのヤジが入る。吉田先生は、生徒をコントロールするどころか、炎上させることの方が多い。

 真っ赤になって俯く私に、矢野くんがバッと手を振る。

「ち、ちがっ……」

 矢野くんは自分の土偶をガバッと取ると、大股で自分の席に戻っていった。
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