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200.引っかかる言葉
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そういえば、文子おばさん達を見てないな。
茶の間を出て台所に向かいながら、毎年集まる顔ぶれを美羽は思い出していた。
文子は、大作の弟である伸作の妻で、中学生の望美と高校生の崇というふたりの子供を連れて毎年30日から泊まりに来る。
仕事で来れない美羽やほのかの世話で忙しく手伝いが出来ないという圭子に代わり、文子が琴子と共に黒豆、棒ダラの煮付け、にしんの昆布巻き、高野豆腐の含め煮、筑前煮などの煮物、しっかりと味を染み込ませたい菊花かぶ、酢レンコン、たたきごぼう、五色なますを30日に準備する。そして大晦日である今日は美羽も加わって、えびの旨煮や栗きんとん、ごまめ、のし鶏、伊達巻、ぶりの照り焼き、そして大鍋でお雑煮を作るのが毎年の恒例だった。
きっと台所は戦争状態になっているだろうと思いながら入ると、コンロにはいつもより小ぶりの鍋から湯気がたっているものの、たったひとつだけで、いつも隙間がないほどに埋め尽くされるテーブルにはすっきりとしたお重箱が五段重なって置かれているだけだった。
えっ、嘘……もう御節、出来てる。
美羽は顔を蒼褪めさせた。
「お義母さん、もう御節作り終わったんですか? お手伝い出来なくて申し訳ありません」
コンロに向かって立っていた琴子が振り向いた途端、ほのかが手をあげた。
「ばあばー」
ほのかがぐにぐにと逃げるような仕草をしながら、琴子へと手を伸ばす。
「あらあらぁ、おばあちゃんのとこに来たいの?」
そんなほのかに笑顔を見せ、琴子は歩み寄ると今にも落ちそうなほのかを美羽の腕から受け取った。
「ほのちゃーん」
甘い声でほのかに頬ずりした琴子は、ようやく気付いたように美羽に答えた。
「違うのよー。今年はね、御節は作らずに注文することにしたの。文子さんとこの望美ちゃんと崇くんは受験生だから来られないってことだったし、私ひとりで作るのは大変だし、人数も少ないから」
「そうだったんですか……お義父さん、大丈夫でした?」
美羽は窺うように小声で尋ねた。
大作はインスタントやレトルト、市販のものを嫌い、なんでも琴子に手作りさせている。御節作りは大作の母親から伝授されたレシピに従って作っており、それが朝野家の伝統でもあった。いくら高級食材を使ったどこかの料亭のお節料理を注文したところで、大作がいい顔をするとは思えなかった。
琴子の顔が少し強張ってから、すぐに緩んでほのかの頭を撫でた。
「だーいじょうぶよ。お父さんは台所に来ることなんてないし、こうして詰め替えておけば買ってきたものだって気づきもしないんだから。
それに、もう気にしないことにしたの」
『もう気にしないことにした』という言葉に引っかかりを覚えつつも、それ以上踏み込むことは出来ず、美羽は「そうですか」と笑顔で返した。
「きょうのお昼は、いつものとこでお寿司取っておいたからね。夜はカニ鍋にしましょ。
ねーっ、ほのちゃん」
「やーだ!」
「ふふっ、ほのちゃんったら」
『やだ』と言われているのに、琴子は目尻を下げ、頬を緩ませた。本当に孫が可愛くて仕方がないことが、全身から伝わってくる。
琴子がチラッと美羽を見つめた。
「ほんとに孫は可愛いわぁ。
美羽さんだって、早く赤ちゃん欲しいでしょう?」
「ぇ。えぇ……」
子供を望んでいることを当然のようにいわれ、チクッと胸が痛む。琴子に孫を与えてあげられないことを申し訳なく感じるが、だからといってその為だけに義昭と行為をするなど考えられない。
「義くんも仕事ばっかりせずに、もっと美羽さんのこと考えてあげないとねぇ。女は男と違って期限があるんだし、早く子供を産まないと体力的にも精神的にも大変になるのに。
私だって、今はまだ元気だけど、年をとれば孫の面倒も見づらくなるし」
やんわりと穏やかな口調でありながらも、はっきりと孫を催促してくる琴子に居心地悪さが広がっていく。
玄関からインターホンの音が聞こえてきて、琴子が「お寿司屋さんね」と立ち去る背中を見送りながら、美羽は短く息を吐いた。
1人前の大特上の寿司桶と5人前の特上の寿司桶が並べられたが、まだ大作が姿を見せない。茶の間で新聞を読みながらくつろぐのが常だが、ほのかがいる時には煩いからと書斎に引き籠るのだ。
いつもなら琴子が呼びに行くのだが、ほのかの相手で忙しいようだ。
「兄さん、お父さん呼んできてよ」
「お前が行けばいいだろ」
「なんであたしが! お父さん、いっつも私のこと見ると文句ばっかなんだもん。いやーよ」
「あ、あの。私、呼びに行ってきますね」
兄妹喧嘩が勃発しそうな様子を察し、美羽が声を掛ける。
類と喧嘩などしたことない美羽は、兄弟姉妹が喧嘩をしたり、中にはお互い嫌っているような人たちがいることを知って驚いた。けれど、義昭と圭子の諍いを何度も見るにつけ、同じ親から生まれたからといって仲がいいわけではないことを感じた。
そんなことを考えると、また類のことが恋しくなる。美羽は義父のいる書斎を通り過ぎて客間に戻ると、そっと鞄からスマホを取り出した。
たくさんのLINEメッセージが届いていたが、相変わらず類からは一通も来ていない。美羽の胸が、きつく締め付けられる。
類、私から連絡が来るのを待ってるの……?
茶の間を出て台所に向かいながら、毎年集まる顔ぶれを美羽は思い出していた。
文子は、大作の弟である伸作の妻で、中学生の望美と高校生の崇というふたりの子供を連れて毎年30日から泊まりに来る。
仕事で来れない美羽やほのかの世話で忙しく手伝いが出来ないという圭子に代わり、文子が琴子と共に黒豆、棒ダラの煮付け、にしんの昆布巻き、高野豆腐の含め煮、筑前煮などの煮物、しっかりと味を染み込ませたい菊花かぶ、酢レンコン、たたきごぼう、五色なますを30日に準備する。そして大晦日である今日は美羽も加わって、えびの旨煮や栗きんとん、ごまめ、のし鶏、伊達巻、ぶりの照り焼き、そして大鍋でお雑煮を作るのが毎年の恒例だった。
きっと台所は戦争状態になっているだろうと思いながら入ると、コンロにはいつもより小ぶりの鍋から湯気がたっているものの、たったひとつだけで、いつも隙間がないほどに埋め尽くされるテーブルにはすっきりとしたお重箱が五段重なって置かれているだけだった。
えっ、嘘……もう御節、出来てる。
美羽は顔を蒼褪めさせた。
「お義母さん、もう御節作り終わったんですか? お手伝い出来なくて申し訳ありません」
コンロに向かって立っていた琴子が振り向いた途端、ほのかが手をあげた。
「ばあばー」
ほのかがぐにぐにと逃げるような仕草をしながら、琴子へと手を伸ばす。
「あらあらぁ、おばあちゃんのとこに来たいの?」
そんなほのかに笑顔を見せ、琴子は歩み寄ると今にも落ちそうなほのかを美羽の腕から受け取った。
「ほのちゃーん」
甘い声でほのかに頬ずりした琴子は、ようやく気付いたように美羽に答えた。
「違うのよー。今年はね、御節は作らずに注文することにしたの。文子さんとこの望美ちゃんと崇くんは受験生だから来られないってことだったし、私ひとりで作るのは大変だし、人数も少ないから」
「そうだったんですか……お義父さん、大丈夫でした?」
美羽は窺うように小声で尋ねた。
大作はインスタントやレトルト、市販のものを嫌い、なんでも琴子に手作りさせている。御節作りは大作の母親から伝授されたレシピに従って作っており、それが朝野家の伝統でもあった。いくら高級食材を使ったどこかの料亭のお節料理を注文したところで、大作がいい顔をするとは思えなかった。
琴子の顔が少し強張ってから、すぐに緩んでほのかの頭を撫でた。
「だーいじょうぶよ。お父さんは台所に来ることなんてないし、こうして詰め替えておけば買ってきたものだって気づきもしないんだから。
それに、もう気にしないことにしたの」
『もう気にしないことにした』という言葉に引っかかりを覚えつつも、それ以上踏み込むことは出来ず、美羽は「そうですか」と笑顔で返した。
「きょうのお昼は、いつものとこでお寿司取っておいたからね。夜はカニ鍋にしましょ。
ねーっ、ほのちゃん」
「やーだ!」
「ふふっ、ほのちゃんったら」
『やだ』と言われているのに、琴子は目尻を下げ、頬を緩ませた。本当に孫が可愛くて仕方がないことが、全身から伝わってくる。
琴子がチラッと美羽を見つめた。
「ほんとに孫は可愛いわぁ。
美羽さんだって、早く赤ちゃん欲しいでしょう?」
「ぇ。えぇ……」
子供を望んでいることを当然のようにいわれ、チクッと胸が痛む。琴子に孫を与えてあげられないことを申し訳なく感じるが、だからといってその為だけに義昭と行為をするなど考えられない。
「義くんも仕事ばっかりせずに、もっと美羽さんのこと考えてあげないとねぇ。女は男と違って期限があるんだし、早く子供を産まないと体力的にも精神的にも大変になるのに。
私だって、今はまだ元気だけど、年をとれば孫の面倒も見づらくなるし」
やんわりと穏やかな口調でありながらも、はっきりと孫を催促してくる琴子に居心地悪さが広がっていく。
玄関からインターホンの音が聞こえてきて、琴子が「お寿司屋さんね」と立ち去る背中を見送りながら、美羽は短く息を吐いた。
1人前の大特上の寿司桶と5人前の特上の寿司桶が並べられたが、まだ大作が姿を見せない。茶の間で新聞を読みながらくつろぐのが常だが、ほのかがいる時には煩いからと書斎に引き籠るのだ。
いつもなら琴子が呼びに行くのだが、ほのかの相手で忙しいようだ。
「兄さん、お父さん呼んできてよ」
「お前が行けばいいだろ」
「なんであたしが! お父さん、いっつも私のこと見ると文句ばっかなんだもん。いやーよ」
「あ、あの。私、呼びに行ってきますね」
兄妹喧嘩が勃発しそうな様子を察し、美羽が声を掛ける。
類と喧嘩などしたことない美羽は、兄弟姉妹が喧嘩をしたり、中にはお互い嫌っているような人たちがいることを知って驚いた。けれど、義昭と圭子の諍いを何度も見るにつけ、同じ親から生まれたからといって仲がいいわけではないことを感じた。
そんなことを考えると、また類のことが恋しくなる。美羽は義父のいる書斎を通り過ぎて客間に戻ると、そっと鞄からスマホを取り出した。
たくさんのLINEメッセージが届いていたが、相変わらず類からは一通も来ていない。美羽の胸が、きつく締め付けられる。
類、私から連絡が来るのを待ってるの……?
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