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暴かれる過去
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壁越しに、誠一郎の震える声が聞こえる。
「……仕方、なかったんだ。
凛子と一緒になりたかった。もう、父様の操り人形にはなりたくなかった。
それに……これは、秀一。お前のためでもあったんだ」
「私の、ため?」
思ってもいなかった誠一郎の言葉に、秀一は言葉尻を上げた。
「確かに父様は、お前のピアノの才能を愛していた。だが、それはあくまで趣味としての範囲だ。
物覚えがよく、何においても器用にこなし、感情に左右されない冷静な判断力をもつお前を……父様は、来栖財閥の後継者に、と考えていたんだ」
「え……」
秀一の声が上擦り、戸惑いの色が窺える。 何事においても先を見通す力のある彼でも、それは全く初耳のようだった。
「何、を……言っているのですか。
あの人が亡くなった時に私に遺したものといえば、コンサートホールだけ。私を後継者に据えることを考えていたなど、ありえません」
僅かだが、秀一の声が震えている。
「秀一、今まで黙っていたが……父様が遺したあの遺言状は、お前が来栖家に引き取られる数日前に弁護士を呼び、親族を集めて書かれたものだ。
『全財産の3分の1を妻の絹枝に、3分の1を長男である誠一郎に、残りの3分の1は親族に均等に分けることとする。もし妻である絹枝が先に亡くなった場合の妻の相続分は、全て長男の誠一郎に。そして、次男の秀一にはコンサートホールを譲る』
それは、愛人の子供を養子として受け入れるに当たって、秀一に財産を相続させないということを明確にしておかなければ、妻や親族の猛反対にあうことが分かっていた父様の画策だった。母様や親族は、その遺言状があったからこそ、お前を来栖家の養子として迎え入れることをやむなく認めた。愛人の子供を養子に迎えるなど、来栖一族にとっては異例のことだ。
その後、父様は秀一を養子に迎え入れ、無関心を装いながらも、お前のことについて逐一報告させていた。お前の学力や運動神経の良さ、正確で冷静な判断力、他人に左右されない力強さ、母親から譲り受けた容姿と身のこなし、人を惹きつけるカリスマ性。そして……母様からの折檻にも耐える忍耐強さまで加味し、お前が来栖財閥の未来を担う後継者としてふさわしいと判断したのだ。
父様は、『秀一が二十歳になったら遺言状を書き換え、自分の後継者に秀一を任命する』と、はっきり私に仰ったよ。それまでに秀一の商才を磨き、親族から有無を言わせぬ程にその実力を見せつけるとも、な……」
「そ、んな……」
秀一が、絶句する。
「来栖財閥の長男であり、後継者として育てられてきたはずの私よりも、父様がお前を選んだという事実は、私の心を引き裂いた。お前に嫉妬し、憎み、恨む気持ちが自分の中でどんどん募っていった。
だから……私を慕ってくれているお前には私の醜いそんな心を見せたくなくて、私は次第にお前と距離を置くようになったのだ。
だが……信じられないかもしれないが、私は同時にお前を愛してもいたのだ。お前が来栖家に来た時から、私はお前のことを守り、実の兄のようになりたいと思っていた。
そして、秀一……お前の才能を妬みながらも、お前には好きなピアノの道を歩んで欲しいと、心の底から願っていたんだ」
誠一郎は、胸の奥底から絞り出すように、そう言った。
テーブルがガタン、と揺れた。
「う、そ……嘘、です。
あの、人は……私の、ことなど……興味をもったことは、一度も...一度だって、ありませんでした。興味をもっていたのは、母から受け継いだ……ピアノの、才能、だけ……」
秀一の声が大きく震え、激しく動揺しているのが壁越しに聞いている美姫にも伝わってきた。
誠一郎が、フゥ……と息を吐き出した。
「愛人が産んだ子供を甘やかせば、お前が辛い立場に追い込まれると考えたのだろう。父様は……心からエレナ、お前の母を愛し、そして心の底では、お前のことを愛していたのだ。
どんな形であろうと、お前は父様に愛されていたのだよ。私と違って、な」
誠一郎は、寂しく笑った。
「……仕方、なかったんだ。
凛子と一緒になりたかった。もう、父様の操り人形にはなりたくなかった。
それに……これは、秀一。お前のためでもあったんだ」
「私の、ため?」
思ってもいなかった誠一郎の言葉に、秀一は言葉尻を上げた。
「確かに父様は、お前のピアノの才能を愛していた。だが、それはあくまで趣味としての範囲だ。
物覚えがよく、何においても器用にこなし、感情に左右されない冷静な判断力をもつお前を……父様は、来栖財閥の後継者に、と考えていたんだ」
「え……」
秀一の声が上擦り、戸惑いの色が窺える。 何事においても先を見通す力のある彼でも、それは全く初耳のようだった。
「何、を……言っているのですか。
あの人が亡くなった時に私に遺したものといえば、コンサートホールだけ。私を後継者に据えることを考えていたなど、ありえません」
僅かだが、秀一の声が震えている。
「秀一、今まで黙っていたが……父様が遺したあの遺言状は、お前が来栖家に引き取られる数日前に弁護士を呼び、親族を集めて書かれたものだ。
『全財産の3分の1を妻の絹枝に、3分の1を長男である誠一郎に、残りの3分の1は親族に均等に分けることとする。もし妻である絹枝が先に亡くなった場合の妻の相続分は、全て長男の誠一郎に。そして、次男の秀一にはコンサートホールを譲る』
それは、愛人の子供を養子として受け入れるに当たって、秀一に財産を相続させないということを明確にしておかなければ、妻や親族の猛反対にあうことが分かっていた父様の画策だった。母様や親族は、その遺言状があったからこそ、お前を来栖家の養子として迎え入れることをやむなく認めた。愛人の子供を養子に迎えるなど、来栖一族にとっては異例のことだ。
その後、父様は秀一を養子に迎え入れ、無関心を装いながらも、お前のことについて逐一報告させていた。お前の学力や運動神経の良さ、正確で冷静な判断力、他人に左右されない力強さ、母親から譲り受けた容姿と身のこなし、人を惹きつけるカリスマ性。そして……母様からの折檻にも耐える忍耐強さまで加味し、お前が来栖財閥の未来を担う後継者としてふさわしいと判断したのだ。
父様は、『秀一が二十歳になったら遺言状を書き換え、自分の後継者に秀一を任命する』と、はっきり私に仰ったよ。それまでに秀一の商才を磨き、親族から有無を言わせぬ程にその実力を見せつけるとも、な……」
「そ、んな……」
秀一が、絶句する。
「来栖財閥の長男であり、後継者として育てられてきたはずの私よりも、父様がお前を選んだという事実は、私の心を引き裂いた。お前に嫉妬し、憎み、恨む気持ちが自分の中でどんどん募っていった。
だから……私を慕ってくれているお前には私の醜いそんな心を見せたくなくて、私は次第にお前と距離を置くようになったのだ。
だが……信じられないかもしれないが、私は同時にお前を愛してもいたのだ。お前が来栖家に来た時から、私はお前のことを守り、実の兄のようになりたいと思っていた。
そして、秀一……お前の才能を妬みながらも、お前には好きなピアノの道を歩んで欲しいと、心の底から願っていたんだ」
誠一郎は、胸の奥底から絞り出すように、そう言った。
テーブルがガタン、と揺れた。
「う、そ……嘘、です。
あの、人は……私の、ことなど……興味をもったことは、一度も...一度だって、ありませんでした。興味をもっていたのは、母から受け継いだ……ピアノの、才能、だけ……」
秀一の声が大きく震え、激しく動揺しているのが壁越しに聞いている美姫にも伝わってきた。
誠一郎が、フゥ……と息を吐き出した。
「愛人が産んだ子供を甘やかせば、お前が辛い立場に追い込まれると考えたのだろう。父様は……心からエレナ、お前の母を愛し、そして心の底では、お前のことを愛していたのだ。
どんな形であろうと、お前は父様に愛されていたのだよ。私と違って、な」
誠一郎は、寂しく笑った。
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