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邂逅(かいこう)

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 家を出た美姫だったが、行くあてなどなかった。

 すぐにでも二人が追いかけてくるのではないかとビクビクしていたが、秀一も征一郎も美姫を追ってくる気配は見られない。

 頭が、重い……

 一気に与えられた情報が頭の中でグチャグチャに描き混ざり、その渦に呑み込まれてしまいそうだった。

 美姫は歩いているうちに、公園にたどり着いた。

 小さい頃、父や母、そして秀一に連れてきてもらった公園。
 そして、大和にN大学に進学すると、告げた公園だった。

 車避けの柵を通り越し、公園を見渡す。相変わらずブランコと鉄棒とスプリング遊具と砂場があるだけだけの殺風景な公園だった。以前ここに来た時、スプリング遊具はパンダとネコだったが、それが車と飛行機に変わっていた。

 たったひとつ、ぽつんと設置されたベンチに座り、美姫は溜息を吐く。

 私は、どうすれば……どうするべきなんだろう。

 今朝、秀一の『悪魔的暗示』を聞いた時から、この物語のシナリオは既に始まっていたのだ。

 何もかも、現実感を伴なわない。まるで、シナリオに描かれたドラマのよう。

 そう。

 あの優しいお父様が実の両親を見殺しになど、出来るはずない。
 いつも明るく頼もしいお母様がお祖父様の愛人だったなんて、そんなことありえない。

 あまりにも衝撃的な暴露が強烈に、鮮明に、焼け付いて……父に叔父である秀一との恋仲を知られてしまったショックですら、霞んでしまうほどだった。

 お母様とお祖父様がどんな愛人関係にあったのか、私は知らない。けれど、きっと……お母様は無理やり愛人関係を結ばされ、それをお父様によって救われたんだろう。

 お父様は愛するお母様との未来のため、お祖父様とお祖母様を見殺しにした。その結果、ふたりは結婚し、私が生まれた。

 私は、罪によって生まれた子供だったんだ。

 あの時、もし荒木さんを止めていたら……私は、この世に存在していなかった。お父様の罪を知って、思わず批難の言葉を投げつけてしまったけれど……私には、そんな資格などない。

 私はもう、知っている。
 どれだけ、お父様とお母様が私を愛して下さっているのか。どれだけ、私の幸せな未来を望んでいるのか。

 戻りたい、あの頃に。
 何も知らず、無邪気にお父様に甘え、お母様に寄り添い、秀一さんを慕っていたあの頃に。

 もし……私がお父様の元へ戻れば、また家族として笑い合えることが出来るのだろうか。

 美姫は吹きつける風で絡みついた髪を掻き分け、コートの前襟を強く合わせた。もう完全に陽が落ちている公園は真っ暗で、ブランコの横の街灯が僅かにボォーッと周囲を照らしているだけだった。寂れた公園の雰囲気と吹き付ける冷たい風に自分の心がシンクロし、美姫は再び涙が瞳の奥から湧いてくるのを感じた。

 ううん……そんなこと、無理。
 もう、知らなかった頃になど、戻れるはずない。
 それに、私には……秀一さんと別れることなんて、無理。

 けれど、秀一さんと一緒にいることを選べば……私はもう、二度とお父様とお母様と、家族の時間を過ごすことは出来なくなる。

 秀一さん……もし、私たちの仲を認めないのなら、世間に公表すると言っていたけど。
 単なる脅し、だよね?お父様を糾弾きゅうだんするなんて、いくら秀一さんでもそこまでするはず、ない。

 そう思い込もうとした。
 そう、思いたかった。

 けれど……美姫の心の奥底の声が、確信を持って答えていた。

 秀一さんなら、どんな手段を使ってでも私を手に入れようとする。
 あれは、脅しなんかじゃない。秀一さんは、本気でお父様と対立するつもりなんだ。

 誰かを不幸になんて、したくないのに。
 大切な家族の絆を失いたくないのに。

 私が、いけないの?

 秀一さんを好きになったから、いけなかったの?
 気持ちを押し隠し、姪のままでいればよかったの?

 どう、すれば……
 どうすればよかったの?

「ッッ......」

 美姫は嗚咽を漏らし、震える手で口を押さえた。

 父の犯した罪、母の抱えていた秘密、父と叔父の兄弟の確執、ずっと怯えていた禁忌の関係の発覚……それは、二十歳になるまで何も知らず幸せに過ごしてきた美姫にとって、あまりにも重すぎる露呈だった。


「……美、姫?」


 頭を抱え、俯く美姫の頭上から声が響き、ビクッとした。
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