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叩扉(こうひ)
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「結婚して誠一郎さんと一緒に寝室を共にするようになり......私は初めて、彼が毎晩悪夢に魘されていることを知りました。そしてその原因が、彼の両親の死に繋がっていることに気づいたのです。誠一郎さんが彼らの死に、何らかの形で関与しているのだと。
けれど、私は自分達の幸福の為、生活の為に黙っていることにしたのです。その時、私のお腹の中には......美姫、貴女がいました」
それを聞き、美姫はビクンッと肩を震わせた。
「私は、誠一郎さんと生まれてくる美姫との生活を守り抜くことを心に誓いました。美姫には、絶対に誠一郎さんの過去を悟られてはいけない。そのため、美姫が幼い頃から寝室は別にすることにしたのです。
夜、眠れなくて私たちの寝室の扉を叩く幼い貴女の姿に、何度心を痛めたことか......そのうちに私たちの元へ来なくなり、佐和さんと一緒に寝るようになった美姫をどれだけ寂しく思ったことか......」
凛子は幼い頃の美姫を思い出し、涙を浮かべた。
両親と別室だったのには、そんな理由があったことを知り、美姫もまた心を痛めた。
お父様は、ご自分の罪にずっと苦しまれていたんだ。そしてお母様は、そんなお父様を陰ながらずっと支えていた。
ふたりとも、家族が幸せでいるために。
私が、幸せでいるために......辛い顔など見せず、いつも明るく笑顔でいてくれていたんだ。
祖父母の死の真相に気づきながらも、それを黙って見過ごしていた母の行為は決して許されるものではないかもしれない。けれど、20年以上もの間苦しみ続けた父と母の葛藤を考えると、美姫にはふたりを責めることなど出来なかった。
「誠一郎さんと結婚するまで、秀一さんとは顔を合わせたことはあったけれど、話をしたことはありませんでした。
来栖嘉一夫妻の葬儀の時、私も秘書として参列していたけれど、親族でない私は遠くから見守ることしか出来ませんでしたし、そうでなくても彼にはどこか話しかけづらい雰囲気がありました。父親の死に涙も見せず、無表情でじっと佇んでいた姿が印象的でした。
結婚式を済ませた私たちが新生活を始めるにあたり、誠一郎さんは私に、秀一さんを同居させることを提案しました」
え......
美姫は初めて聞く話に、思わず凛子の顔を見つめた。
弟に嫉妬し、羨望の思いを抱いてたと語っていながらも、やはり父は秀一に対しての愛情を持っていたのだと美姫は改めて確信した。
「私は......戸惑いながらも、誠一郎さんがそう言うならとその提案を受け入れたのですが、それは秀一さんが拒否し、実現することはありませんでした。
それから月日が経ち、私は美姫を無事出産し、翌日誠一郎さんが秀一さんを連れて病院を訪ねてくれました。その時、彼の笑顔を初めて見ました。葬儀の時の彼の表情がずっと気になっていた私は、彼の笑顔を心から嬉しく思い、美姫が家族の絆を繋ぐ鎹(かすがい)になればと願いました。
何かと海外出張の多かった私たちに代わり、秀一さんが美姫の面倒を見てくれることを、彼が私たち家族に少しずつ寄り添ってくれているのだと感じて、とても嬉しく思っていました。
けれど、そんな幸せが......次第に不安へと変わっていったのです」
美姫は、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
けれど、私は自分達の幸福の為、生活の為に黙っていることにしたのです。その時、私のお腹の中には......美姫、貴女がいました」
それを聞き、美姫はビクンッと肩を震わせた。
「私は、誠一郎さんと生まれてくる美姫との生活を守り抜くことを心に誓いました。美姫には、絶対に誠一郎さんの過去を悟られてはいけない。そのため、美姫が幼い頃から寝室は別にすることにしたのです。
夜、眠れなくて私たちの寝室の扉を叩く幼い貴女の姿に、何度心を痛めたことか......そのうちに私たちの元へ来なくなり、佐和さんと一緒に寝るようになった美姫をどれだけ寂しく思ったことか......」
凛子は幼い頃の美姫を思い出し、涙を浮かべた。
両親と別室だったのには、そんな理由があったことを知り、美姫もまた心を痛めた。
お父様は、ご自分の罪にずっと苦しまれていたんだ。そしてお母様は、そんなお父様を陰ながらずっと支えていた。
ふたりとも、家族が幸せでいるために。
私が、幸せでいるために......辛い顔など見せず、いつも明るく笑顔でいてくれていたんだ。
祖父母の死の真相に気づきながらも、それを黙って見過ごしていた母の行為は決して許されるものではないかもしれない。けれど、20年以上もの間苦しみ続けた父と母の葛藤を考えると、美姫にはふたりを責めることなど出来なかった。
「誠一郎さんと結婚するまで、秀一さんとは顔を合わせたことはあったけれど、話をしたことはありませんでした。
来栖嘉一夫妻の葬儀の時、私も秘書として参列していたけれど、親族でない私は遠くから見守ることしか出来ませんでしたし、そうでなくても彼にはどこか話しかけづらい雰囲気がありました。父親の死に涙も見せず、無表情でじっと佇んでいた姿が印象的でした。
結婚式を済ませた私たちが新生活を始めるにあたり、誠一郎さんは私に、秀一さんを同居させることを提案しました」
え......
美姫は初めて聞く話に、思わず凛子の顔を見つめた。
弟に嫉妬し、羨望の思いを抱いてたと語っていながらも、やはり父は秀一に対しての愛情を持っていたのだと美姫は改めて確信した。
「私は......戸惑いながらも、誠一郎さんがそう言うならとその提案を受け入れたのですが、それは秀一さんが拒否し、実現することはありませんでした。
それから月日が経ち、私は美姫を無事出産し、翌日誠一郎さんが秀一さんを連れて病院を訪ねてくれました。その時、彼の笑顔を初めて見ました。葬儀の時の彼の表情がずっと気になっていた私は、彼の笑顔を心から嬉しく思い、美姫が家族の絆を繋ぐ鎹(かすがい)になればと願いました。
何かと海外出張の多かった私たちに代わり、秀一さんが美姫の面倒を見てくれることを、彼が私たち家族に少しずつ寄り添ってくれているのだと感じて、とても嬉しく思っていました。
けれど、そんな幸せが......次第に不安へと変わっていったのです」
美姫は、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
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