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新旧対決
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自動改札の横に立つ警備員に軽く挨拶し、エレベーターに乗り込む。美姫とふたりになった途端、大和からは盛大な溜息が漏れた。
「ぜってぇ俺、なめられてるよな......そりゃそうだよな。いきなり俺が来栖財閥の後継者だからって言われて、こんな若造にプロジェクトの指揮とかされるなんて、いい気しないに決まってるよな」
落ち込む大和に、美姫は声を掛けた。
「まぁ、今までの広告代理店で特に問題ないと社員さんたちが思ってる中で新ロゴプロジェクト立ち上げて、従来の仕事と掛け持ちさせてるんだから、文句を言いたくなるのも仕方ないよ。たぶん鮫島さんは、大和に対して強気に出られない下の人たちのことも考慮して意見したんだと思うし。
でも、今日のプレゼンが上手くいけば、きっと社員さん達にもこのプロジェクトの意義を理解してもらえると思うから、がんばろ」
美姫の励ましに大和は顔を上げた。
「そう、だな。ここまで来たんだ。やるしかないよな」
社長室のある最上階で降りる。ここに来るのは、美姫にとっても数える程しかなかった。
扉を叩くと、中から村田が出てきた。年は誠一郎よりもかなり上で、嘉一が存命の頃から財閥に勤めている。おでこから頭頂部まで禿げ上がり、垂れ目の目尻に刻まれた深い皺が優しい印象を与えていた。
村田は誠一郎のもうひとりの秘書であるが、普段は凛子の補佐として働いている。誠一郎が不在の今、凛子が社長代理となった為、村田は彼女の秘書を務めていた。
「美姫お嬢様、おはようございます」
村田は美姫を見て目を細め、微笑んだ。美姫が幼い頃から誠一郎の秘書を務めている村田にとって、美姫は未だ可愛い社長の娘のままなのだ。
「村田さん、もうお嬢様はやめて下さいって言ってるじゃないですか」
美姫はそう口では窘めながらも、笑みを浮かべた。彼女にとっても、幼い頃から付き合いのある村田は何を考えているか分からない親族よりも、本当の親戚のように感じていた。
凛子は副社長である来栖八郎と向かい合って座り、何か話し込んでいた。八郎は嘉一の姉の息子、つまり誠一郎と秀一にとって、いとこに当たる。
「失礼します」
そう声を掛けた大和に気付いた凛子は笑顔を向けたが、八郎は苦虫を噛み潰したような表情を一瞬浮かべた。表立って口にはしないものの、大和と美姫の結婚をよく思っていない人間のひとりが八郎であることは、凛子も美姫も分かっていた。そして、副社長である八郎ではなく、社長秘書である凛子が社長代理を務めていることに不満を抱いていることも。
以前から八郎の派閥が来栖財閥内にあったものの、それは財閥がダメージを受けて以来、どんどん大きくなっていた。彼が虎視眈々と次期社長の座を狙っているのは、明らかだった。
「大和くん、美姫。今日私も会議に参加はしますが、どちらの広告代理店を選ぶかの判断はあなた方に任せますから。しっかり動向を見守らせてもらいますね」
凛子の言葉に大和は身が引き締まる思いだった。
「はい、よろしくお願いします」
八郎は、バーコード頭を撫で付けた後、ねっとりとした目つきで大和に目線を送った。
「しかし、広告代理店同士のコンペチションなど......必要ないと思いますがね。電報堂といえば、国内1位の広告代理店ですぞ。吉岡メヂアエージェンシーなど、聞いたこともありませんし。まったく、突拍子もない思いつきで働かされる社員の身にもなって欲しいもんですなぁ」
凛子の顔色を窺いながらも、大和への厭味が籠っていた。
凛子はそんな八郎の様子など気にも留めず、さっと立ち上がった。
「副社長、わざわざ出向いて下さりありがとうございました。ではまた、コンペティションの会議でお会いしましょう。私はこれから二人と話し合いがありますので」
八郎はまだ言いたいことがありそうな顔をしていたものの、凛子の態度に逆らうことは出来ず、すごすごと社長室を後にした。
八郎が出て行った後、美姫はボソッと呟いた。
「私、あの人苦手......」
凛子がフッと笑みを浮かべる。
「苦手な人間とも上手くやっていけるようになることが、これから大切になるわ。ビジネスを進めていくうえでは、本音と建前が必要になることを大和くんもあなたも勉強していかなければね」
長年来栖財閥の社長秘書として多くの人間と関わってきた凛子の現実を突きつける言葉を聞き、美姫は深く頷いた。
「ぜってぇ俺、なめられてるよな......そりゃそうだよな。いきなり俺が来栖財閥の後継者だからって言われて、こんな若造にプロジェクトの指揮とかされるなんて、いい気しないに決まってるよな」
落ち込む大和に、美姫は声を掛けた。
「まぁ、今までの広告代理店で特に問題ないと社員さんたちが思ってる中で新ロゴプロジェクト立ち上げて、従来の仕事と掛け持ちさせてるんだから、文句を言いたくなるのも仕方ないよ。たぶん鮫島さんは、大和に対して強気に出られない下の人たちのことも考慮して意見したんだと思うし。
でも、今日のプレゼンが上手くいけば、きっと社員さん達にもこのプロジェクトの意義を理解してもらえると思うから、がんばろ」
美姫の励ましに大和は顔を上げた。
「そう、だな。ここまで来たんだ。やるしかないよな」
社長室のある最上階で降りる。ここに来るのは、美姫にとっても数える程しかなかった。
扉を叩くと、中から村田が出てきた。年は誠一郎よりもかなり上で、嘉一が存命の頃から財閥に勤めている。おでこから頭頂部まで禿げ上がり、垂れ目の目尻に刻まれた深い皺が優しい印象を与えていた。
村田は誠一郎のもうひとりの秘書であるが、普段は凛子の補佐として働いている。誠一郎が不在の今、凛子が社長代理となった為、村田は彼女の秘書を務めていた。
「美姫お嬢様、おはようございます」
村田は美姫を見て目を細め、微笑んだ。美姫が幼い頃から誠一郎の秘書を務めている村田にとって、美姫は未だ可愛い社長の娘のままなのだ。
「村田さん、もうお嬢様はやめて下さいって言ってるじゃないですか」
美姫はそう口では窘めながらも、笑みを浮かべた。彼女にとっても、幼い頃から付き合いのある村田は何を考えているか分からない親族よりも、本当の親戚のように感じていた。
凛子は副社長である来栖八郎と向かい合って座り、何か話し込んでいた。八郎は嘉一の姉の息子、つまり誠一郎と秀一にとって、いとこに当たる。
「失礼します」
そう声を掛けた大和に気付いた凛子は笑顔を向けたが、八郎は苦虫を噛み潰したような表情を一瞬浮かべた。表立って口にはしないものの、大和と美姫の結婚をよく思っていない人間のひとりが八郎であることは、凛子も美姫も分かっていた。そして、副社長である八郎ではなく、社長秘書である凛子が社長代理を務めていることに不満を抱いていることも。
以前から八郎の派閥が来栖財閥内にあったものの、それは財閥がダメージを受けて以来、どんどん大きくなっていた。彼が虎視眈々と次期社長の座を狙っているのは、明らかだった。
「大和くん、美姫。今日私も会議に参加はしますが、どちらの広告代理店を選ぶかの判断はあなた方に任せますから。しっかり動向を見守らせてもらいますね」
凛子の言葉に大和は身が引き締まる思いだった。
「はい、よろしくお願いします」
八郎は、バーコード頭を撫で付けた後、ねっとりとした目つきで大和に目線を送った。
「しかし、広告代理店同士のコンペチションなど......必要ないと思いますがね。電報堂といえば、国内1位の広告代理店ですぞ。吉岡メヂアエージェンシーなど、聞いたこともありませんし。まったく、突拍子もない思いつきで働かされる社員の身にもなって欲しいもんですなぁ」
凛子の顔色を窺いながらも、大和への厭味が籠っていた。
凛子はそんな八郎の様子など気にも留めず、さっと立ち上がった。
「副社長、わざわざ出向いて下さりありがとうございました。ではまた、コンペティションの会議でお会いしましょう。私はこれから二人と話し合いがありますので」
八郎はまだ言いたいことがありそうな顔をしていたものの、凛子の態度に逆らうことは出来ず、すごすごと社長室を後にした。
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「私、あの人苦手......」
凛子がフッと笑みを浮かべる。
「苦手な人間とも上手くやっていけるようになることが、これから大切になるわ。ビジネスを進めていくうえでは、本音と建前が必要になることを大和くんもあなたも勉強していかなければね」
長年来栖財閥の社長秘書として多くの人間と関わってきた凛子の現実を突きつける言葉を聞き、美姫は深く頷いた。
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