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奪われた幸せ ー久美sideー

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 中に入ってみると、石蔵は思ったよりも小さかった。有名な焼酎の蔵元と聞いていたので、大きいのだろうなと思っていたのに、こじんまりとした印象だ。

 恐る恐る石蔵を覗いてみると、布で覆われた大きな樽が並んでいるのがまず目を引いた。お米を蒸しているのだ。その手前では、四角い容器に入れられたお米を2人がかりで冷やしていた。少し離れたところでは、別の職人がお盆に載せられた焼酎の原料となるものを甕(かめ)に入れているところだった。

 皆仕事に打ち込んでいて、職人気質の無口な雰囲気の男性ばかりで、話しかけにくい。もう少し歩いていくことにした。

 そこでは、たくさんの皮を剥かれた薩摩芋がベルトコンベアーに載せられ、その奥にいる中年の女性たちが次々とそれを手に取り、ヘタを切っていた。

 まだここなら、話しかけやすそう......

「あ、あの......」

 喉が渇いたのか一時作業を中断し、水を飲んでいる人の良さそうなおばさんに話しかける。

「ないですけ?」

 親しみやすそうな笑顔で答えられ、ホッと息を吐く。

「私、この蔵元の社長さんの息子である藤堂礼音さんに会いに来たんですが、どちらにいらっしゃるかご存知ですか?」

 それを聞いた途端、おばさんの顔色が変わった。

「おはんな、ときょ(東京)からきたとな?」

 急に、声のトーンが低くなった。

 ときょって、東京のことだよね......?

「は、い......そうです」
 
 おばさんが、隣で手際良く作業をするふくよかなおばさんに何か話しかけると、水を置いてエプロンを外した。

「あんね(案内)しもんで、こっちせぇ来やんせ」

 どうやら案内してくれるらしい。

 そこから歩いてすぐの立派な瓦屋根の門構えの家が、礼音の実家だった。それが普通なのか、おばさんはずかずかと門の中へと入って行く。私もそれに続いて歩いた。

 庭には松がたくさん植わっていて、竹で造られた柵の向こうには別棟と蔵が並んでいた。

 礼音って、本当にお金持ちの息子なんだ......

 あっけにとられながら見回していると、玄関の引き戸をこれまた何の断りもなくおばさんがガラガラと開ける。

「おっさーん! おきゃっさあが見えもしたお」

 おっさんと聞き、社長であっても鹿児島では男性のことを「おっさん」、つまり「おじさん」と呼ぶのかとビックリした。

 礼音に会いに来るつもりではあったものの、強面の礼音のお父さんと対面する心の準備は出来ていなかったので、これから現れるのかと思うと怖さと緊張でビクビクした。

 暫くすると、和服を着た女の人が出てきた。恐らく40代半ばぐらいだと思うけど、年を重ねた美しさが滲み出ていて、清潔な匂いを感じる女性だった。

 それを見て、おばさんは彼女に軽く礼をし、帰って行く。残された私は、予想外の人の登場に戸惑っていた。

 いや、この人どう見ても『おっさん』じゃないよね。社長に取り継ぐために、まず家政婦さんが来たってこと?
 にしては、着てる服が高級そうだけど......

 すると、向こうも私を見て顔を強張らせながら尋ねた。

「もしかしてあなた......東京から、礼音を訪ねて来られたんですか?」
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