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修復できない関係

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 ベッドのサイドテーブルからは、シューッと低い音が響いていた。村田が医師の話を聞いてすぐに加湿器を購入し、美姫の部屋に設置してくれたのだ。

 部屋中に、すっきりとしたアロマの匂いが漂っている。ティーツリーとユーカリを配合したオイルだ。

 おでこに貼っている冷えピタは、温くぶよぶよになっていた。喉の痛みは、まだ引いていない。ライトベージュのカーテンの向こうからは、部屋全体を映すほどに明るい光が射し込んできていた。

 自分が、随分長い時間寝ていたのだと知った。

 朦朧とする意識に躰を任せていると、また次の眠気が緩やかに訪れる。

 よかった......孤独から解放される。

 うとうとしかけていると、インターホンが遠くで響いた。

 それがこの部屋なのか、どこか別の場所で響いているのか分からず、それでも出た方がいいのでは......と頭では考えるのに、躰が思うように動かない。

 そうこうしているうちに二度目の呼出音がなり、ようやく美姫は重たい躰を起こした。冷えピタをおでこから外して、ゴミ箱に捨てる。椅子に掛けてあったカーディガンを手に取って羽織り、玄関へと向かった。

 二重ロックをかけて扉を開けると、そこには中年の女性と若い女性が立っていた。中年の女性の方は上品な雰囲気で、それは半袖ブラウスにマキシ丈のスカートという服装からも漂っていた。若い女性の方はいかにも女子高生といった雰囲気で、ティーンエイジャーが好みそうな短くタイトな白いTシャツにサーモンピンクのプリーツのミニスカートを履いていた。

「初めまして、長谷川の妻と娘の小百合です」

 大和から話を聞いていたのでいつか来てくれるだろうとは思っていたが、こんなに早く来るとは思っていなかった。

「あ、今開けます。お待ちください」

 美姫はいったん扉を閉め、ロックを外すと扉を開けた。

 長谷川の妻である琴子と娘の小百合は、毎日美姫の様子を見に、訪ねてくれた。琴子は夫の上司となる来栖夫妻に何かあっては大変という責任感から何かと気遣ってくれたが、それは美姫にとって心苦しくもあった。逆に小百合とは年が近いこともあり、変な気遣いをされることもなく、気軽に話をすることが出来た。

「美姫さんは、日本の『オルチャン』ですね」

 憧れの眼差しでそう言った小百合に、美姫は首を傾げた。

「え、『オルチャン』って?」

 オルチャンとは韓国で数年前から流行している言葉で、韓国語のオルグル(=顔)がチャン(=最高)を略したもので、一般的には”可愛い顔の女性”のことを指すのだそうだ。
 韓国にはオルチャンと呼ばれる大人気の女性たちがいて、顔が可愛いだけではなくファッションリーダーでもあり、彼女たちのインスタグラムのフォロワー数は芸能人並みに多く、大人気なんだそうだ。
 
 日本の流行にも敏感な小百合は美姫のことも以前から知っていて、日本でそんな存在である美姫のことをオルチャンと呼んだのだった。

 美姫が小百合と仲良くなると、琴子は小百合に世話を任せるようになった。ふたりで会う時には敬語ではなく友達のように話し、同世代らしくファッションや恋愛の話などで盛り上がった。

 小百合は今、韓国人の同級生と付き合っているのだと告白した。

「でも、お父さんの任期が終われば日本に戻る事になるだろうし、もしかしたら今度は海外の別の支社に赴任する可能性もあるから......そうなったら、遠恋になっちゃうんだよね。
 彼は19歳になったら軍隊に入るつもりだから、国内にいても会えなくなるのは同じだよって言うんだけど、不安で仕方ないんだ」

 小百合は寂しげな表情を見せた後、今度は大きく目を見開いた。

「あ! これはうちの親には内緒ね」

 念押しした小百合に、美姫は安心させるように笑みを見せ、頷いた。
 
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