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乾いていく蜜
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大地の告別式が終わった翌日は、プレゼンテーションだった。
昨日は優子と別れた後、大和に申し訳ないと思いつつもどうしてもリハに立ち会わなければいけないために会場へ向かい、結局夜中まで準備に追われた。
朝、会場に向かう支度をしながら美姫が大和に尋ねる。
「大和も、一緒に行く?」
大和を一人置いていくのが心苦しく、たとえ少しでも傍にいたかった。
だが、大和は力なく頭を振った。
「悪い......今日は、ここにいる。美姫のプレゼンの様子は、ネットで見てるから。
頑張れよ」
美姫は寂しさを押し込め、頷いた。
「うん......分かった。
なるべく早くに帰ってくるから」
美姫の頭に、大きな手が優しく置かれる。
「俺のことは心配しなくていいから。
今日はプレゼンの後、打ち上げがあるんだろ? チーフが出なくて、どうすんだ。行ってこいよ」
「う、ん......」
美姫は、「でも......」と言いかけた言葉を飲み込んだ。大和が辛い中、美姫を気遣ってくれている思いを否定できない。
来栖財閥が新しくファッションブランドを立ち上げ、来栖 美姫がデザインするという話題は、美姫がチーフに任命されてからすぐに大々的にマスコミに取り上げられ、期待されていた。
会場となるのは主に野球やコンサート会場として利用されるドーム型のスタジアムだった。収容人数55000人を誇る巨大会場が若い女性たちで埋め尽くされ、会場を賑わしていた。
店舗を含めたビルは6月完成を予定しているため店頭販売はまだできないが、先行として今日からネット販売を始める。そこで売上額の高かったものを店舗に置き、客層の傾向や好みを把握して新しいラインナップを増やし、店頭販売での戦略に生かすつもりだ。
美姫は今までと比べ物にならないぐらいの人数を目の前にして圧倒されつつも、これだけ期待のかかったイベントを絶対に失敗させるわけにはいかないと気合いを入れた。
私はこのイベントの、ブランドの責任者なんだ。悲しみに呑み込まれてる場合じゃない。
大地お兄さんのことも、大和のことも。
秀一さんの、ことも......
全てをリセットして心を無にし、今はただ仕事だけに集中しなければ。
司会者が美姫を紹介する声が聞こえる。美姫はすぅっと深く息を吸うと、ハッと短く息を吐き出した。
極上の笑顔を浮かべ、会場の中央に置かれたマイクへと向かう。美姫は会場からの視線を一身に受け、笑顔でお辞儀をした。
「本日は来栖財閥が新たに立ち上げたファッションブランドのプレゼンテーションにお越し下さり、誠にありがとうございます。チーフの来栖美姫と申します。こうして大勢の方を目の前にし、本当にここまでこられたのだと感慨深い思いでいっぱいです。
最初チーフとして任命された時、私は断るつもりでいました。なんの社会経験もない一介の大学生である私に、こんな大役が務まるはずなどないと思っていたからです。来栖財閥社長の娘だから、親のコネだけで仕事していると思われるのが嫌だったというのも正直な気持ちです。
けれど、望んでも手に入らない人たちが大勢いる中、目の前に差し出された絶好の機会をなぜ受け取らないのかと問われた時、私の気持ちに変化が生じました。もし私のデザインした服やバッグ、靴を身に纏うことで、日々の生活に潤いや幸せを与えられたらこんなに嬉しいことはないと感じたのです。やってもいないのに否定するのは間違っている。とにかく、精一杯自分なりに努力してみようと思いました」
美姫は、舞台袖に立つ島根はじめスタッフ全員を感謝を込めて見つめた。
「チーフに任命されてから今までのわずかな期間に何度も自分の知識、経験の無さ、そして未熟さを思い知らされました。一から仕事を教え、指導してくれたサブチーフの島根さん始め、たくさんの方に支えてもらったことに、改めて深く感謝します。
今日の日を迎えられたことを嬉しく思うと同時に、これからが本当のスタートなのだと身が引き締まる思いでもいます。
どうか、新ブランド『KURUSU』をよろしくお願いします」
美姫の声と同時に後ろの大きな幕が下り、「KURUSU」のロゴデザインが現れた。吉岡のデザインしたロゴ文字には白からピンクのグラデーションが入り、宝石が煌めいている。
会場から一斉にワァーッと歓声が上がった。大歓声と力強い拍手に迎えられ、美姫は一斉に向けられたカメラに笑顔を見せた。
昨日は優子と別れた後、大和に申し訳ないと思いつつもどうしてもリハに立ち会わなければいけないために会場へ向かい、結局夜中まで準備に追われた。
朝、会場に向かう支度をしながら美姫が大和に尋ねる。
「大和も、一緒に行く?」
大和を一人置いていくのが心苦しく、たとえ少しでも傍にいたかった。
だが、大和は力なく頭を振った。
「悪い......今日は、ここにいる。美姫のプレゼンの様子は、ネットで見てるから。
頑張れよ」
美姫は寂しさを押し込め、頷いた。
「うん......分かった。
なるべく早くに帰ってくるから」
美姫の頭に、大きな手が優しく置かれる。
「俺のことは心配しなくていいから。
今日はプレゼンの後、打ち上げがあるんだろ? チーフが出なくて、どうすんだ。行ってこいよ」
「う、ん......」
美姫は、「でも......」と言いかけた言葉を飲み込んだ。大和が辛い中、美姫を気遣ってくれている思いを否定できない。
来栖財閥が新しくファッションブランドを立ち上げ、来栖 美姫がデザインするという話題は、美姫がチーフに任命されてからすぐに大々的にマスコミに取り上げられ、期待されていた。
会場となるのは主に野球やコンサート会場として利用されるドーム型のスタジアムだった。収容人数55000人を誇る巨大会場が若い女性たちで埋め尽くされ、会場を賑わしていた。
店舗を含めたビルは6月完成を予定しているため店頭販売はまだできないが、先行として今日からネット販売を始める。そこで売上額の高かったものを店舗に置き、客層の傾向や好みを把握して新しいラインナップを増やし、店頭販売での戦略に生かすつもりだ。
美姫は今までと比べ物にならないぐらいの人数を目の前にして圧倒されつつも、これだけ期待のかかったイベントを絶対に失敗させるわけにはいかないと気合いを入れた。
私はこのイベントの、ブランドの責任者なんだ。悲しみに呑み込まれてる場合じゃない。
大地お兄さんのことも、大和のことも。
秀一さんの、ことも......
全てをリセットして心を無にし、今はただ仕事だけに集中しなければ。
司会者が美姫を紹介する声が聞こえる。美姫はすぅっと深く息を吸うと、ハッと短く息を吐き出した。
極上の笑顔を浮かべ、会場の中央に置かれたマイクへと向かう。美姫は会場からの視線を一身に受け、笑顔でお辞儀をした。
「本日は来栖財閥が新たに立ち上げたファッションブランドのプレゼンテーションにお越し下さり、誠にありがとうございます。チーフの来栖美姫と申します。こうして大勢の方を目の前にし、本当にここまでこられたのだと感慨深い思いでいっぱいです。
最初チーフとして任命された時、私は断るつもりでいました。なんの社会経験もない一介の大学生である私に、こんな大役が務まるはずなどないと思っていたからです。来栖財閥社長の娘だから、親のコネだけで仕事していると思われるのが嫌だったというのも正直な気持ちです。
けれど、望んでも手に入らない人たちが大勢いる中、目の前に差し出された絶好の機会をなぜ受け取らないのかと問われた時、私の気持ちに変化が生じました。もし私のデザインした服やバッグ、靴を身に纏うことで、日々の生活に潤いや幸せを与えられたらこんなに嬉しいことはないと感じたのです。やってもいないのに否定するのは間違っている。とにかく、精一杯自分なりに努力してみようと思いました」
美姫は、舞台袖に立つ島根はじめスタッフ全員を感謝を込めて見つめた。
「チーフに任命されてから今までのわずかな期間に何度も自分の知識、経験の無さ、そして未熟さを思い知らされました。一から仕事を教え、指導してくれたサブチーフの島根さん始め、たくさんの方に支えてもらったことに、改めて深く感謝します。
今日の日を迎えられたことを嬉しく思うと同時に、これからが本当のスタートなのだと身が引き締まる思いでもいます。
どうか、新ブランド『KURUSU』をよろしくお願いします」
美姫の声と同時に後ろの大きな幕が下り、「KURUSU」のロゴデザインが現れた。吉岡のデザインしたロゴ文字には白からピンクのグラデーションが入り、宝石が煌めいている。
会場から一斉にワァーッと歓声が上がった。大歓声と力強い拍手に迎えられ、美姫は一斉に向けられたカメラに笑顔を見せた。
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