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決心
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入院中、大和は毎日、仕事が始まる前か終わってからのどちらかに見舞いに訪れた。それだけでなく、着替えを届けてくれたり、差し入れを持ってきたりと献身的に介護してくれた。
「大和、無理しなくて大丈夫だよ。着替えなら家政婦さんに頼めるし、毎日来るのは大変でしょう?」
美姫は、大和に負担を掛けるのが申し訳なかった。
「そんなこと、気にすんな」
大和は軽く言うと、笑みを見せた。そんな彼に、美姫は複雑な笑みを浮かべた。
手術から5日経った退院の日。
いつもは夜に見舞いに訪れる大和が、朝から迎えに来ていた。髪に雨粒が光り、スラックスの裾の色が濃くなっている。
「外、凄い雨降ってるね……」
窓ガラスに打ち付ける激しい雨の水滴を見つめ、美姫が呟いた。
「あぁ、すっかり濡れちまった。なんか台風近づいてきてるらしいぞ、せっかくの退院日なのにな」
荷物を片付け、ふたりで担当医師と看護師達にお礼に回った。大和は菓子折りを用意していてくれ、それを渡した。
昔ならそんな気遣い、考えられなかったのに。
美姫は、隣を歩く大和を見上げた。
「いろいろ、ありがとね」
「やっと退院できてよかったな」
大和は嬉しそうに、美姫の頭をポンと撫でた。美姫は、俯いたままそれを受け止めた。
表の出口には、美姫が卵巣嚢胞で手術を受けたことを知った報道陣が押し寄せていたため、裏口から帰ることになった。
手術の翌日にスポーツ新聞に掲載された記事には、『来栖財閥社長の妻、左卵巣全摘!財閥の未来に影か!?』とあった。それを読んだ大和は即座に新聞を破り捨て、怒りに打ち震えた。
病院の裏口を出ようとすると、ガラス扉には凄い勢いで雨が殴りかかっていた。
「うわっ、扉開かねぇ!!」
大和が大きな躰を凭れかけるように体重をかけ、ようやく扉が開いた。その途端、勢い良く雨が強風と共にバチバチと音を叩きながら襲いかかる。
大和は美姫が濡れないように傘を広げようとしたが、こんな強風では傘はなんの役にも立たなかった。
美姫のローヒールにいとも簡単に水が入り込む。ジュブジュブと醜い音をたて、ストッキングが張り付く気持ち悪い感触を感じながら、一歩一歩ゆっくり歩いて車へと向かった。
自宅に戻ると、家の中がグチャグチャだった。飲みかけのペットボトルが蓋が開いたままカップラーメンと共に置かれ、雑誌や漫画がそこらじゅうに散らばり、服も脱ぎ散らかしてあった。
「昨日、なんかいろいろバタバタしてて忙しくてさぁ。家政婦さんも用事で来られなかったし」
言い訳しながら、慌てて大和が片付け始める。美姫も手伝おうとするが、即断られた。
「美姫は病人なんだから、座っとけって!
あ、ベッドまで運ぶか? 寝てた方がいいんじゃないか?」
「もう体は大丈夫だよ」
それでも、美姫に手伝おうとはさせないので、その間にお風呂に入らせてもらうことにした。
玄関に入った時に軽くタオルで拭き取ったものの、まだストッキングは濡れ、べったりと張り付いていた。それをゆっくり引き剥がして脱ぐと、解放感が広がっていく。薄めの素材のカットソーもぴったりと肌に張り付いているので、脱ぐのに苦労した。
何気なく鏡に映る自分をみたら、濡れたカットソーからは下着のラインがくっきりと覗き、これを大和も見ていたのだと思ったら申し訳ない気持ちになった。
浴室は湯を張った浴槽から出る湯気で白く満たされ、躰を優しく包み込んでくれる。十分泡立てたスポンジでゆっくりと躰を洗うと、下腹部の傷口に触れた。
目立たないようにかなり下の方で切っているので、水着を着ても隠れるだろう。それでもこの傷は一生消えないのだと思うと、棘が刺さったような痛みを感じた。
浴槽に浸かると、自然と大きな溜息が出た。
大和に、ちゃんと話さなきゃ……
「大和、無理しなくて大丈夫だよ。着替えなら家政婦さんに頼めるし、毎日来るのは大変でしょう?」
美姫は、大和に負担を掛けるのが申し訳なかった。
「そんなこと、気にすんな」
大和は軽く言うと、笑みを見せた。そんな彼に、美姫は複雑な笑みを浮かべた。
手術から5日経った退院の日。
いつもは夜に見舞いに訪れる大和が、朝から迎えに来ていた。髪に雨粒が光り、スラックスの裾の色が濃くなっている。
「外、凄い雨降ってるね……」
窓ガラスに打ち付ける激しい雨の水滴を見つめ、美姫が呟いた。
「あぁ、すっかり濡れちまった。なんか台風近づいてきてるらしいぞ、せっかくの退院日なのにな」
荷物を片付け、ふたりで担当医師と看護師達にお礼に回った。大和は菓子折りを用意していてくれ、それを渡した。
昔ならそんな気遣い、考えられなかったのに。
美姫は、隣を歩く大和を見上げた。
「いろいろ、ありがとね」
「やっと退院できてよかったな」
大和は嬉しそうに、美姫の頭をポンと撫でた。美姫は、俯いたままそれを受け止めた。
表の出口には、美姫が卵巣嚢胞で手術を受けたことを知った報道陣が押し寄せていたため、裏口から帰ることになった。
手術の翌日にスポーツ新聞に掲載された記事には、『来栖財閥社長の妻、左卵巣全摘!財閥の未来に影か!?』とあった。それを読んだ大和は即座に新聞を破り捨て、怒りに打ち震えた。
病院の裏口を出ようとすると、ガラス扉には凄い勢いで雨が殴りかかっていた。
「うわっ、扉開かねぇ!!」
大和が大きな躰を凭れかけるように体重をかけ、ようやく扉が開いた。その途端、勢い良く雨が強風と共にバチバチと音を叩きながら襲いかかる。
大和は美姫が濡れないように傘を広げようとしたが、こんな強風では傘はなんの役にも立たなかった。
美姫のローヒールにいとも簡単に水が入り込む。ジュブジュブと醜い音をたて、ストッキングが張り付く気持ち悪い感触を感じながら、一歩一歩ゆっくり歩いて車へと向かった。
自宅に戻ると、家の中がグチャグチャだった。飲みかけのペットボトルが蓋が開いたままカップラーメンと共に置かれ、雑誌や漫画がそこらじゅうに散らばり、服も脱ぎ散らかしてあった。
「昨日、なんかいろいろバタバタしてて忙しくてさぁ。家政婦さんも用事で来られなかったし」
言い訳しながら、慌てて大和が片付け始める。美姫も手伝おうとするが、即断られた。
「美姫は病人なんだから、座っとけって!
あ、ベッドまで運ぶか? 寝てた方がいいんじゃないか?」
「もう体は大丈夫だよ」
それでも、美姫に手伝おうとはさせないので、その間にお風呂に入らせてもらうことにした。
玄関に入った時に軽くタオルで拭き取ったものの、まだストッキングは濡れ、べったりと張り付いていた。それをゆっくり引き剥がして脱ぐと、解放感が広がっていく。薄めの素材のカットソーもぴったりと肌に張り付いているので、脱ぐのに苦労した。
何気なく鏡に映る自分をみたら、濡れたカットソーからは下着のラインがくっきりと覗き、これを大和も見ていたのだと思ったら申し訳ない気持ちになった。
浴室は湯を張った浴槽から出る湯気で白く満たされ、躰を優しく包み込んでくれる。十分泡立てたスポンジでゆっくりと躰を洗うと、下腹部の傷口に触れた。
目立たないようにかなり下の方で切っているので、水着を着ても隠れるだろう。それでもこの傷は一生消えないのだと思うと、棘が刺さったような痛みを感じた。
浴槽に浸かると、自然と大きな溜息が出た。
大和に、ちゃんと話さなきゃ……
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