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未来のために

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 秀一がウィーンに経ったその日。佐和もまた、岡山に戻ることになった。

「佐和さん、お世話になりました。
 佐和さんがいてくれて、本当によかった……」

 涙で潤んだ瞳で佐和を見つめる美姫を、彼女もまた目を真っ赤にして見上げた。

「お嬢様が必要とあらば、いつでも飛んでいきますので。
 私はどこにいようとも、何があろうとも、お嬢様の味方ですよ。それだけは、決して忘れないで下さいね」
「ウッ佐和、さ……あり、ありが……とッッ」

 美姫は佐和に抱きつき、肩を揺らした。

「お嬢様の幸せを、ずっとお祈りしてますよ
 ……秀一様と困難を乗り越え、幸せになって下さいませ」
「ウッ、ウッ……」
 
 美姫の背中をさする佐和の手は、幼い頃に感じていたものよりもやせ細り、皺も増えたけれど、その温もりは変わることなく、心の奥にまで沁み渡っていった。

 仕事を終えた美姫は、久しぶりに大和と住む自宅に帰った。

 扉前に立つ美姫は、ゴクリと喉を鳴らした。大和は実家に様子を見に来たり、時々会社でも会ったりしていたが、二人きりで会うのは久しぶりだった。

 静かに家の扉を開け、リビングへと向かう。

「お帰り」

 大和はソファに座り、美姫の帰りを出迎えた。

「ただ、いま……」

 ぎこちなく返した美姫を気にすることなく、大和が立ち上がった。

「腹減っただろ? 俺、飯作ったから一緒に食おうぜ」

 美姫は、大和の瞳を真っ直ぐに見つめた。

「大和、私ね……話したいことが、あるの」
「じゃ、飯食ってからにしよーぜ。俺、めちゃめちゃ腹へってるし、な?」
「うん……」

 美姫は押し切られるようにして、ダイニングテーブルに座らされた。

 テーブルにはビーフシチューとフランスパンとサラダ、そして赤ワインが用意された。

 食事の間中、大和は何かを恐れるように、のべつ幕無しに喋り続けた。そんな大和の態度に、美姫は胸を痛めずにはいられなかった。

 食事を終えると、大和は食器を片付けようとする美姫を制して、提案した。

「最近さ、映画とか観る時間なかったから久しぶりにどうだ? あ、ファンタジーかラブコメ、どっちがいい? たまには思いっきり笑えるコメディーとかもありだよな」
「大和、お願い。話を聞いて欲しいの……」

 縋るように美姫に見つめられ、大和は眉を顰め、苦しそうに息を吐き出した。

 二人は、ダイニングテーブルに座り直した。

 大和が弱々しく呟く。

「もう、俺たち……どうにも、なんねぇのか?」

 あまりにも切ない響きに、美姫の喉が熱くなった。

「ごめん、なさい……」

 もう美姫には、そう言うしかなかった。他に言葉が見つからなかった。

 大和が眉を寄せ、苦しそうに尋ねた。



「離婚、したいのか?」



 美姫が、ハッと大和を見つめる。心臓がきつく絞られる痛みと共に頷き、深く頭を下げた。

「そう……どうかお願いします、離婚して下さい」

 大和はギュッと拳を握った。

「前言ってたみたいに……ひとりで、生きていくつもりか?」

 美姫は唇を噛み締め、声を震わせながらもしっかりと告げた。

「私、は……秀一さんと、生きていきたい。
 秀一さんの来日ツアーが終わったら、ウィーンへ発ちます」

 大和はきつく眉を寄せ、ギュッと瞼を閉じた。爪が食い込むほど拳を固く握り締め、美姫に視線を向ける。

「本気、なのか?」
「うん、本気で考えてる」

 美姫は苦しげに表情を歪ませながらも、瞳を逸らすことなく答えた。
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