転生したら嫌われ騎士に番を迫られた

腐男子ミルク

文字の大きさ
28 / 51
アクセルとの和平交渉編

第28話 昔話

しおりを挟む
「母さん!母さん!見てよ!トンボだよ!!」

サーガは、草むらを駆け回っていた小さな体を止めると、空に指を差しながら、息を弾ませて母に笑いかけた。

その笑顔は、まるで太陽のようだった。無邪気で、曇りがなくて、見ている者まであたたかくするような。

「そうだね!サーガは本当によく笑うね。お母さんもつられて笑っちゃうよ。」

母はスカートの裾をつまみながら、しゃがんでサーガと目線を合わせると、優しくその頬に手を添えた。彼女の掌は柔らかく、指先はほんのりとパンの粉の匂いがした。

「トンボ、捕まえてくる!」

「待って、転ばないようにね!」

母の声が風に乗って届く中、サーガは裸足で草の上を駆けていった。麦畑の向こうには父が作った木の小屋と、夕日に照らされた洗濯物が揺れていた。

その日の夕暮れは、淡くてやさしかった。

「サーガー、帰ってこーい!」

畑の向こうから父の大きな声が聞こえた。鍛え上げられた腕をぶんぶん振りながら、にこやかに立っている父の姿に、サーガは嬉しそうに走っていった。

「父さん!今日、トンボ捕まえたよ!」

「おう、すごいじゃないか!きっとサーガは、将来空を飛ぶ騎士になるな!」

父はサーガをひょいと抱き上げて肩に乗せた。見下ろす景色がいつもより少し高くて、それがなんだか特別で、サーガは「騎士になる!」と元気よく宣言した。

「じゃあ、父さんの剣、いつか譲ってやるか」

「ほんと!?約束だよ!」

「おう、男の約束だ」

その日の夕食は、母が焼いたふかふかのパンと、父が持ち帰ってきた大きな魚のスープだった。食卓の上では笑い声が何度も響いた。

「母さん、これ美味しい!」

「ほんと?じゃあ明日も焼こうか」

「明日も!?やったー!」

テーブルの下で、サーガの足が母のスカートにくっついて、家族三人の影が蝋燭の明かりに揺れていた。

何もないけれど、満ち足りた時間。

家は石造りの小さな家。窓の外には季節の花が咲き、朝は鳥の声で目覚め、夜は父の寝ぼけた鼻歌で眠った。

「サーガ。生まれてきてくれてありがとう」

寝る前、布団に入ったサーガに、母がそっとそう囁いた。

「ぼくも、お母さんとお父さんの子でよかった!」

「ふふ、それならよかった」

温かい手が髪を撫でる。その感触を胸に抱いて、サーガは眠りについた。

――その日々が、永遠に続くと信じていた。


あの日から、季節が一つ、また一つと移ろった。

けれど、街の様子はどこか変わり始めていた。

「ねぇ、お母さん。なんでパン屋さん、昨日より高いの?」

いつものように朝の買い出しに出たサーガが、そう首をかしげたのは、冬の始まりの頃だった。

母は笑顔で「そうねぇ、きっと小麦が少なくなっちゃったのかも」と答えたが、目元にはかすかな曇りがあった。

街の中心にある掲示板には、見慣れない紋章の入った布告書が増えていた。
「第三王子ラゼル殿下の命により、日没後の出歩きを禁ず」
「税率を一律二割上げ、各家庭に課税を強化する」
「奉仕の義務として成人男子は週に一度の訓練に参加せよ」

人々は最初、それを冗談のように受け止めた。

「どうせすぐ戻るさ、あの町長は馬鹿だが、王様の機嫌取りが下手だからな」
「来週には元に戻るって、騎士団の兄ちゃんが言ってた」

だが一ヶ月、二ヶ月と経っても、変化は止まらなかった。

むしろ、加速していった。

市の町長が交代した。
誰も見たことのない男だった。妙に丁寧で笑顔ばかり浮かべていたが、その後ろには常に王都から来たという騎士たちが控えていた。

市場では取り締まりが厳しくなり、少しでも値切ろうものなら「反抗的」として商品を没収された。

「おい、昨日あそこの店の親父、店ごと消えたらしいぞ」

「なにそれ……冗談だろ?」

「騒いだって意味ねえよ。王都の命令だからな」

そんな声が、街角で囁かれるようになった。

父は眉をひそめる日が増えた。
母は外出を控えるようになった。

サーガは、毎日のようにあの草原で遊ぶことが減っていった。

ある日、父の帰りが遅かった。
夜になっても帰ってこない。
母が心配して窓辺に立ち尽くす姿を、サーガは黙って見ていた。

深夜。ようやく帰ってきた父の服は、泥と血で汚れていた。

「……反抗するなって、忠告された。もう何も言うなってよ」

それだけ呟いて、父は座り込み、サーガの頭をぐしゃりと撫でた。

「サーガ、お前は……どんなことがあっても、笑ってろ」

その言葉が、やけに重たく響いた。

そして、あの夜は突然やってきた――


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黒とオメガの騎士の子育て〜この子確かに俺とお前にそっくりだけど、産んだ覚えないんですけど!?〜

せるせ
BL
王都の騎士団に所属するオメガのセルジュは、ある日なぜか北の若き辺境伯クロードの城で目が覚めた。 しかも隣で泣いているのは、クロードと同じ目を持つ自分にそっくりな赤ん坊で……? 「お前が産んだ、俺の子供だ」 いや、そんなこと言われても、産んだ記憶もあんなことやこんなことをした記憶も無いんですけど!? クロードとは元々険悪な仲だったはずなのに、一体どうしてこんなことに? 一途な黒髪アルファの年下辺境伯×金髪オメガの年上騎士 ※一応オメガバース設定をお借りしています

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。 アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。 異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。 【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。 αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。 負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。 「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。 庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。 ※Rシーンには♡マークをつけます。

【完結】ダンスパーティーで騎士様と。〜インテリ俺様騎士団長α×ポンコツ元ヤン転生Ω〜

亜沙美多郎
BL
 前世で元ヤンキーだった橘茉優(たちばなまひろ)は、異世界に転生して数ヶ月が経っていた。初めこそ戸惑った異世界も、なんとか知り合った人の伝でホテルの料理人(とは言っても雑用係)として働くようになった。  この世界の人はとにかくパーティーが好きだ。どの会場も予約で連日埋まっている。昼でも夜でも誰かしらが綺麗に着飾ってこのホテルへと足を運んでいた。  その日は騎士団員が一般客を招いて行われる、ダンスパーティーという名の婚活パーティーが行われた。  騎士という花型の職業の上、全員αが確約されている。目をぎらつかせた女性がこぞってホテルへと押しかけていた。  中でもリアム・ラミレスという騎士団長は、訪れた女性の殆どが狙っている人気のα様だ。  茉優はリアム様が参加される日に補充員としてホールの手伝いをするよう頼まれた。  転生前はヤンキーだった茉優はまともな敬語も喋れない。  それでもトンチンカンな敬語で接客しながら、なんとか仕事をこなしていた。  リアムという男は一目でどの人物か分かった。そこにだけ人集りができている。  Ωを隠して働いている茉優は、仕事面で迷惑かけないようにとなるべく誰とも関わらずに、黙々と料理やドリンクを運んでいた。しかし、リアムが近寄って来ただけで発情してしまった。  リアムは茉優に『運命の番だ!』と言われ、ホテルの部屋に強引に連れて行かれる。襲われると思っていたが、意外にも茉優が番になると言うまでリアムからは触れてもこなかった。  いよいよ番なった二人はラミレス邸へと移動する。そこで見たのは見知らぬ美しい女性と仲睦まじく過ごすリアムだった。ショックを受けた茉優は塞ぎ込んでしまう。 しかし、その正体はなんとリアムの双子の兄弟だった。パーティーに参加していたのは弟のリアムに扮装した兄のエリアであった。 エリアの正体は公爵家の嫡男であり、後継者だった。侯爵令嬢との縁談を断る為に自分だけの番を探していたのだと言う。 弟のリアムの婚約発表のお茶会で、エリアにも番が出来たと報告しようという話になったが、当日、エリアの目を盗んで侯爵令嬢ベイリーの本性が剥き出しとなる。 お茶会の会場で下民扱いを受けた茉優だったが……。 ♡読者様1300over!本当にありがとうございます♡ ※独自のオメガバース設定があります。 ※予告なく性描写が入ります。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!

MEIKO
BL
 本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。  僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!  「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」  知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!  だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?  ※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

処理中です...