転生したら嫌われ騎士に番を迫られた

腐男子ミルク

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囁きの森と君の声 編

第38話  帰還

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アクセルとの和平交渉を終え、俺は馬車に揺られながら、窓の外に流れていく景色をただ黙って見つめていた。
午後の日差しはすでに傾き、金色の光が、静かに沈みゆく太陽と共に草原を照らしていた。

「やっと……帰れる。」

誰に聞かせるでもなく、ふと漏れた自分の声に、俺は目を閉じる。
背中を背もたれに預けると、ようやく重たい体が沈み込んでいく。
だが、心までは安らがなかった。

(交渉を成功させるために、俺は……あんなことを言った)
「私には、愛するαがいます――」

口にした言葉が、胸の奥で何度も何度も反響する。
サーガを想うその気持ちは嘘じゃない。
けれど、俺にはその言葉を口にする“資格”なんてあるのだろうか?

俺の祖父、第二十二代ガイア王・マックス。
王として君臨していたその男は、国の繁栄の名の下に、数え切れぬ民の命を弄び、血を娯楽に変えた。
その狂気に巻き込まれ、奪われた命の中に……サーガの両親もいた。

考えた瞬間、胃の奥がひどくひしゃげるように痛んだ。
込み上げる吐き気を抑えきれず、俺は口元に手を当て、喉の奥を押さえ込む。

「……っ……!」

サーガがどれだけの孤独と憎しみに晒されてきたのか。
それを考えるだけで、胸の奥が軋み、呼吸が浅くなる。

それでも、俺はあの人を――
愛してしまった。

罪深く、許されぬ恋だとしても。
せめて、この命が尽きるそのときまで、償いながら、寄り添っていたい。
それすら、俺のわがままなのかもしれないのに。

なのに、どうして。
この心は、あの人の温もりを、あの腕を、忘れてはくれないんだ。


ガイアの城門が見え始めた頃には、太陽はすっかり沈みかけていた。
空は茜から群青へと静かに色を変え、馬車の窓から流れる風が、どこか冷たく肌を撫でた。

城下町に差しかかった頃には、胸の奥が重たく沈んでいた。
この国が背負った血の歴史。
その中心にいたのが、自分の“血縁”だという事実が、息苦しいほどの重みとなってのしかかってくる。

――俺に、彼を愛する資格なんてあるのか?

そんな問いが、また喉元まで込み上げたとき。
馬車が止まり、扉が静かに開いた。

降り立ったその瞬間。
風が吹いた。
冷たくて、でもどこか懐かしい匂いを運ぶ風。

「……サーガ」

名前を呼ぶより先に、目に映ったのは。
ゆっくりと歩み寄ってくる、銀の瞳をした騎士の姿だった。

サーガは何も言わず、俺の目の前に立った。
その目に、怒りも、疑念もなかった。

ただ、深い海のような静けさと――
どこまでも優しい、確かな強さが宿っていた。

「……っ!」

そして次の瞬間。
彼はそっと、でも力強く俺を抱きしめた。
まるで、壊れ物を包むように。それでいて、絶対に離さないという強い意志を込めて。

胸元に顔を押しつけられたその瞬間、ずっと張り詰めていた感情が、糸が切れたみたいに一気にあふれ出す。

「サ、サーガ? 苦しいってば……」

小さく抗議すると、彼はわずかに腕の力を緩めた。でも目の前にあるその顔は、怒ってるような、泣きそうな、ぐちゃぐちゃな顔だった。

「交渉は、どうだった」

「無事に……終わったよ」

その言葉を聞いた途端、サーガは俺をグッと強く抱き寄せた。乱暴なくらいの力に、思わず身体が跳ねる。

「……二度と、無茶すんな。俺の知らないとこで勝手に決めるな」

「サーガ……」

「言ったろ、離れるなって。どこ行くにも、俺を連れてけ。じゃないと、もう許さねぇ」

そう言いながら、俺の顎を乱暴に掴んで、ぐいと顔を上げさせる。

「お前は、俺のもんだ」

次の瞬間、サーガの唇が俺のそれに叩きつけられる。

優しさなんてない。ただ、むさぼるように、怒りと、寂しさと、全部ぶつけるみたいなキスだった。

熱くて、苦しくて、どうしてこんなに涙が出るのか分からなかった。

だけど、サーガの舌が絡んできたとたん、俺はもう抵抗できなくなった。

唇をむさぼられ、奥深くを探られて、息がもたない。

それでも、もっと欲しいって、そう思った。

唇が離れたあと、俺は肩で息をしながら、サーガを見上げた。火照った身体に、さっきまでのキスの余韻がじんわり残っている。

心臓はドクドクと音を立てているけど、それでも俺は覚悟を決めて、そっと口を開いた。

「ねぇ、サーガ……嫌じゃなかったら、なんだけど……俺の、そば付きの騎士になってくれないかな?」

その言葉を聞いたサーガは、ぱちりと瞬きして、しばらく無言のまま俺を見つめた。次の瞬間、わずかに頬を染めて、ぷいっと顔をそらした。

「……っ、仕方ねぇな」

そう言って、また視線を俺に戻す。その瞳には、照れ隠しと、それ以上の熱が宿っていた。

そして――。

「お、俺を……そば付きの、き、騎士に……する、んだったら!」

彼の声が少し裏返った。

「……か、か、覚悟しとけよ!番にしてやるからな!」

最後の言葉と同時に、彼の耳まで真っ赤になっていて――。

そんなぶっきらぼうで、不器用で、でも真っすぐで愛おしいサーガの言葉に、俺はただ、笑って頷くしかなかった。
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