7 / 30
家
しおりを挟む
駅に着き、ホームで別れようとすると、トドが首を傾げた。
「いえ、僕も下りです」
「え? く、下るの? 御曹司が??」
「別に会社の方々、結構多方面に下ってますよね」
「独身でお金があるなら都内で暮らせばいいのに」
「綾さんって、なんか偏ってるなあ……」
電車が到着し、二人で乗り込み、すぐ隣の駅で二人で下車した。
「待って……まさか、ここ? 最寄り駅まで一緒なの!?」
「はい、ここが最寄り駅です。家まで送りましょうか?」
「一人で帰れるわよ!」
結局二人で改札を出てしまった。
「瑞貴は自転車? バス? 家はどこら辺?」
ちゃんと生活圏を聞いておいて、街でばったり会わないようにしないといけない。
「駅から徒歩五分くらいのとこです」
「え? 駅の近く??」
ここは東京のベッドタウン。都内と違い、駅近はほぼファミリー向けのマンションや住宅ばかり。まさかとは思いながら歩いていると、トドは立ち止まり、指をさした。
「ほら、あそこです」
トドが指さす先は、駅近のファミリー向け分譲マンションだった。
「綾さんはどこですか?」
「え……ここから徒歩30分くらいの場所かな」
「それって……ここ最寄り駅って言えます? まあいいか。もう夜遅いし、治安が良いとはいえ、そんな道のりならちゃんと送りますよ」
「べっ、別にいいってばっ——」
言葉の途中でトドが走って来たタクシーをつかまえてしまった。
タクシーのおじさんの早く乗れよの視線にたじろぎ、諦めてトドと一緒にタクシーに乗ってしまった。
別に相手はトドだ。会社の人は誰も家に呼んだことはないが、トドなら別に恥じらうこともない。問題ないだろう。
タクシーは走り出し、旧市街の住宅街に入って行く。駅周辺とまったく違い、ひと気もほぼなく、静まり返っていた。
「あ、そこのアパートの前で停めてください」
「え゛? あそこ?」
アパートを見て驚愕するトドなんて気にもせず、財布を開け始めたが、トドはそれを手で静止した。
「このまま僕が乗って帰るんで、払わないでいいです」
「え? 折角だから寄って行きなよ。ここまでされたら、今日のお礼にお茶位出すつもりだったし」
「え゛? 綾さん、一人暮らしの女性が、こんな時間に簡単に男を家に上げちゃ駄目ですよ」
「え゛? やだやめてよ。あなたと間違いを犯すわけないでしょ」
「いや、そういう問題でもなく、普段からの姿勢というか……」
タクシーのおじさんが、早く降りろよといった視線をこちらに向けて苛立ちながら待っていた。
トドが慌てて支払い、タクシーから飛び降り、私も続いて飛び降りた。
「じゃ、まあ、どうぞ。こんな時間って言ってもまだ九時だし。飲みに行ったらこれくらいの時間はまだ早い方でしょ」
「はあ……じゃあ、お言葉に甘えて……」
二階建ての築五十年のアパートの鉄階段を上がると、カンカンカンッと高い音が響く。
「趣きがありますね……」
御曹司のお坊ちゃんにはさぞ衝撃的でしょうが、私の実家もこんな感じなので、私は抵抗はない。
鍵を開け、部屋の中に案内すると、トドは意外にも感動した様子だった。
「へぇ……素敵な部屋ですね」
「え? どこが?」
「住んでいる人のひととなりが良くわかる」
「なんかそれ、嫌」
部屋の中は綺麗にしてはいるが、1Kのボロアパート。これで私のひととなりがわかってしまったのか? どういう風に捉えた?
トドがどう思ったかはわからないが、私はこの家に満足をしている。お風呂もついて、トイレは別で、キッチンと和室がガラス扉でちゃんと別れている。最寄り駅から東京駅まで電車で二十分なのに家賃が四万。何より、この街で暮らしていると、あの夢の国の花火が観られる。
「ベッドないですけど、布団で寝るんですか?」
「こんな狭い部屋にベッド置いたら、ほかに何も置けなくなるから」
「っていっても、ほかも何もなくないですか?」
トドの言う通り、私の部屋には、小さなちゃぶ台と、カラーボックスとテレビくらいしかなかった。布団と服は押し入れに入っている。
「ていうかさ、あなたも女性の部屋上がるなりベッドとか布団とか口にするのどうなのよ? 職場でも女性への発言は気をつけなさいよ。さあほら、適当に座って。今お茶淹れるから」
私はそそくさと日本茶を淹れ、漬物を出した。
「漬物?」
トドは戸惑いながらもきゅうりを口に入れ、ぽりぽりと食べ始める。
「うまっ……」
「でしょ! 私が漬けたのよ」
「え? 綾さんが?」
「ふふ、まさか会社の人に食べさせる日が来るとは思わなかったけど」
トドは無言で漬物を食べ続けていた。そういえば、この巨体に塩分は大丈夫だっただろうか……。
「ねえ、一人で夢の国に行くつもりだったの?」
「そうですよ?」
「マジか……」
「今日、亡くなった母の命日なんです」
「え……」
トドは軽く話すが、私は気まずい。
「父が忙しかったんで、小さい頃から出かける時は基本母と二人きりで、それでよく遊園地に連れて行ってくれたんです。あそこは母との思い出の場所です」
「そんな日に……ごめんなさい……」
「いえ、いいんです。おかげで僕も、命日に母と過ごせた気持ちになれましたから」
「そう……え? 母??」
「綾さんって、お母さんみたいですよね。この漬物なんて特に」
別にトドに女に見られたいわけではないが、あんなロマンチックな雰囲気で母と過ごしていたようだといわれてしまう私は何なのだろう……。
いや、私もあの雰囲気で、トドが相手で残念がっていたのだが……。
まあ、お互いに、異性としての意識が全く無いというわけだろう。
そしてトドが漬物を完食し、お茶も飲み干すと、両手を合わせてご馳走様をしてから、キッチンで食べた食器を洗ってくれた。
濡れた手をハンカチで拭きながら、トドは和室にいる私に声を掛ける。
「美味しかったです。ありがとうございました。じゃあ、帰りますんで、女性の一人暮らし、窓や扉はしっかり施錠して寝てください」
「ああ、はい、お気遣いありがとう」
トドは玄関に置いていたジャケットとリュックを持つと、一礼してから扉を開けて帰って行った。
「育ちがいいわね」
今夜の一連の振舞いに、トドの育ちの良さを初めて実感した。
扉をトントンッと叩く音がして、思わず肩をビクッと上げる。
「鍵、すぐかけて。チェーンも」
扉の向こうからトドの声がした。
鍵が掛かるのを確認するまで扉の前に居たのかと思うと、こいつが彼氏だったら面倒くさそうだなと思い、鍵を掛けた。
「いえ、僕も下りです」
「え? く、下るの? 御曹司が??」
「別に会社の方々、結構多方面に下ってますよね」
「独身でお金があるなら都内で暮らせばいいのに」
「綾さんって、なんか偏ってるなあ……」
電車が到着し、二人で乗り込み、すぐ隣の駅で二人で下車した。
「待って……まさか、ここ? 最寄り駅まで一緒なの!?」
「はい、ここが最寄り駅です。家まで送りましょうか?」
「一人で帰れるわよ!」
結局二人で改札を出てしまった。
「瑞貴は自転車? バス? 家はどこら辺?」
ちゃんと生活圏を聞いておいて、街でばったり会わないようにしないといけない。
「駅から徒歩五分くらいのとこです」
「え? 駅の近く??」
ここは東京のベッドタウン。都内と違い、駅近はほぼファミリー向けのマンションや住宅ばかり。まさかとは思いながら歩いていると、トドは立ち止まり、指をさした。
「ほら、あそこです」
トドが指さす先は、駅近のファミリー向け分譲マンションだった。
「綾さんはどこですか?」
「え……ここから徒歩30分くらいの場所かな」
「それって……ここ最寄り駅って言えます? まあいいか。もう夜遅いし、治安が良いとはいえ、そんな道のりならちゃんと送りますよ」
「べっ、別にいいってばっ——」
言葉の途中でトドが走って来たタクシーをつかまえてしまった。
タクシーのおじさんの早く乗れよの視線にたじろぎ、諦めてトドと一緒にタクシーに乗ってしまった。
別に相手はトドだ。会社の人は誰も家に呼んだことはないが、トドなら別に恥じらうこともない。問題ないだろう。
タクシーは走り出し、旧市街の住宅街に入って行く。駅周辺とまったく違い、ひと気もほぼなく、静まり返っていた。
「あ、そこのアパートの前で停めてください」
「え゛? あそこ?」
アパートを見て驚愕するトドなんて気にもせず、財布を開け始めたが、トドはそれを手で静止した。
「このまま僕が乗って帰るんで、払わないでいいです」
「え? 折角だから寄って行きなよ。ここまでされたら、今日のお礼にお茶位出すつもりだったし」
「え゛? 綾さん、一人暮らしの女性が、こんな時間に簡単に男を家に上げちゃ駄目ですよ」
「え゛? やだやめてよ。あなたと間違いを犯すわけないでしょ」
「いや、そういう問題でもなく、普段からの姿勢というか……」
タクシーのおじさんが、早く降りろよといった視線をこちらに向けて苛立ちながら待っていた。
トドが慌てて支払い、タクシーから飛び降り、私も続いて飛び降りた。
「じゃ、まあ、どうぞ。こんな時間って言ってもまだ九時だし。飲みに行ったらこれくらいの時間はまだ早い方でしょ」
「はあ……じゃあ、お言葉に甘えて……」
二階建ての築五十年のアパートの鉄階段を上がると、カンカンカンッと高い音が響く。
「趣きがありますね……」
御曹司のお坊ちゃんにはさぞ衝撃的でしょうが、私の実家もこんな感じなので、私は抵抗はない。
鍵を開け、部屋の中に案内すると、トドは意外にも感動した様子だった。
「へぇ……素敵な部屋ですね」
「え? どこが?」
「住んでいる人のひととなりが良くわかる」
「なんかそれ、嫌」
部屋の中は綺麗にしてはいるが、1Kのボロアパート。これで私のひととなりがわかってしまったのか? どういう風に捉えた?
トドがどう思ったかはわからないが、私はこの家に満足をしている。お風呂もついて、トイレは別で、キッチンと和室がガラス扉でちゃんと別れている。最寄り駅から東京駅まで電車で二十分なのに家賃が四万。何より、この街で暮らしていると、あの夢の国の花火が観られる。
「ベッドないですけど、布団で寝るんですか?」
「こんな狭い部屋にベッド置いたら、ほかに何も置けなくなるから」
「っていっても、ほかも何もなくないですか?」
トドの言う通り、私の部屋には、小さなちゃぶ台と、カラーボックスとテレビくらいしかなかった。布団と服は押し入れに入っている。
「ていうかさ、あなたも女性の部屋上がるなりベッドとか布団とか口にするのどうなのよ? 職場でも女性への発言は気をつけなさいよ。さあほら、適当に座って。今お茶淹れるから」
私はそそくさと日本茶を淹れ、漬物を出した。
「漬物?」
トドは戸惑いながらもきゅうりを口に入れ、ぽりぽりと食べ始める。
「うまっ……」
「でしょ! 私が漬けたのよ」
「え? 綾さんが?」
「ふふ、まさか会社の人に食べさせる日が来るとは思わなかったけど」
トドは無言で漬物を食べ続けていた。そういえば、この巨体に塩分は大丈夫だっただろうか……。
「ねえ、一人で夢の国に行くつもりだったの?」
「そうですよ?」
「マジか……」
「今日、亡くなった母の命日なんです」
「え……」
トドは軽く話すが、私は気まずい。
「父が忙しかったんで、小さい頃から出かける時は基本母と二人きりで、それでよく遊園地に連れて行ってくれたんです。あそこは母との思い出の場所です」
「そんな日に……ごめんなさい……」
「いえ、いいんです。おかげで僕も、命日に母と過ごせた気持ちになれましたから」
「そう……え? 母??」
「綾さんって、お母さんみたいですよね。この漬物なんて特に」
別にトドに女に見られたいわけではないが、あんなロマンチックな雰囲気で母と過ごしていたようだといわれてしまう私は何なのだろう……。
いや、私もあの雰囲気で、トドが相手で残念がっていたのだが……。
まあ、お互いに、異性としての意識が全く無いというわけだろう。
そしてトドが漬物を完食し、お茶も飲み干すと、両手を合わせてご馳走様をしてから、キッチンで食べた食器を洗ってくれた。
濡れた手をハンカチで拭きながら、トドは和室にいる私に声を掛ける。
「美味しかったです。ありがとうございました。じゃあ、帰りますんで、女性の一人暮らし、窓や扉はしっかり施錠して寝てください」
「ああ、はい、お気遣いありがとう」
トドは玄関に置いていたジャケットとリュックを持つと、一礼してから扉を開けて帰って行った。
「育ちがいいわね」
今夜の一連の振舞いに、トドの育ちの良さを初めて実感した。
扉をトントンッと叩く音がして、思わず肩をビクッと上げる。
「鍵、すぐかけて。チェーンも」
扉の向こうからトドの声がした。
鍵が掛かるのを確認するまで扉の前に居たのかと思うと、こいつが彼氏だったら面倒くさそうだなと思い、鍵を掛けた。
23
あなたにおすすめの小説
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
嘘をつく唇に優しいキスを
松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。
桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。
だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。
麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。
そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。
Good day !
葉月 まい
恋愛
『Good day !』シリーズ Vol.1
人一倍真面目で努力家のコーパイと
イケメンのエリートキャプテン
そんな二人の
恋と仕事と、飛行機の物語…
꙳⋆ ˖𓂃܀✈* 登場人物 *☆܀𓂃˖ ⋆꙳
日本ウイング航空(Japan Wing Airline)
副操縦士
藤崎 恵真(27歳) Fujisaki Ema
機長
佐倉 大和(35歳) Sakura Yamato
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる