あなたはカエルの御曹司様

さくらぎしょう

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男と女と男

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「警察に突き出しますよ?」

 瑞貴が淡々と嵯峨に言うと、嵯峨はスーツについた汚れをはたきながら立ち上がった。
 そしてその顔を上げると、まさかの反省ゼロの茶目っ気たっぷりの笑顔を見せた。

「これは、お恥ずかしいところを見せてしまい、すいません。実は僕たち付き合ってて、さっきはいつもの痴話ゲンカの最中だったんです」

 嵯峨の言い分に驚き、私は慌てて訂正する。
 
「もう別れたでしょっ」
「もうそのらしはいいって」

 こちらを見る嵯峨の目は本気で、とても怖かった。
 瑞貴は察してくれたのか、私を守るように、私の前に立ってくれた。

「広報課の嵯峨さんですよね? 綾さんはあなたと別れたと言ってますし、いい加減諦めてください」
「違いますって。綾は別れるって言って、愛情を確かめてるんです。そういう子、たまにいるでしょ? でも、さすがは社長の息子さんです。平社員のために、ここまで親身になって間に入ろうとしてくれるなんて。でも本当に綾と僕は大丈夫なので、どうぞ気にせず行ってください」

 嵯峨は遠くの方向に向かって手を差し出し、瑞貴に消えるように促した。

「いえ、あなたが帰るまで、帰れません」
「社員のプライベートに、あまり口出しするのは良くないですよ。これ以上掻き回すなら、コンプラ窓口に上げますから」

 私は本当に嵯峨が怖くなってきた。このままいけば、この男はストーカーにならないだろうか……。

 堪えきれない不安から、前に立つ瑞貴のTシャツを思わずキュッと掴むと、瑞貴は意を決した様子で嵯峨に爆弾を投下した。

「別に会社の人間としてあなたに言ってるわけではなく、綾ちゃんは、今は僕の彼女だから言ってるんです」
「え」
「はあ?」

 私も嵯峨も、呆気にとられた。
 だが、嵯峨は次第にクスクスと嫌味たっぷりの笑い声を出し始める。

「いやいや、そのなりで……信じるわけないでしょ。どうせ嘘つくなら、もっと真実味ある嘘考えるだろ」

 ちょうど通行人の女性二人組が私達の様子に気づき、ひそひそと話しながら、遠巻きに通り過ぎていく。

「うわっ、羨ましい」

 え? 羨ましい???

「きっとあの女の人、変な男に付きまとわれてたところを、イケメンが助けてくれてるんだよ」
「イヤー! あんなことされたら、胸キュンしちゃう!! しかもスーツ姿のイケメンとか」
 
 ええ!? もしかしてはたから見たら、瑞貴が悪者!?

 その声は嵯峨と瑞貴にも聞こえていたようで、嵯峨が堪えていた笑いをブッと吹き出した。
 瑞貴を見れば、さすがに恥ずかしそうにしていて、その様子に胸が締め付けられた。

「ほら、このままこんなことしてたら、通報されて捕まるのは東堂さんですよ。それは立場的にも困りますよね?」

 嵯峨は私の方を見て、子供の駄々を諫めるような物言いで話し出す。

「ほら綾も、東堂さんに謝って。君が勘違いさせるような事をするから、東堂さんは一生懸命になってくれて、こんな状況になってしまったんだよ?」

 嵯峨は瑞貴に向き直し、広報課の期待の星らしい、人当たりの良い仮面を被った。

「東堂さんの優しさに感動しました。次期社長が東堂さんのような方なら、会社の今後が期待できます。この度は私事に巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」

 掴んだTシャツから指先を通って、瑞貴の焦りを感じた。
 このままでは、私を助けようとしてくれている瑞貴が、嵯峨に恥をかかされただけで終わってしまう。
 
 私は瑞貴のTシャツを力一杯引っ張って、後ろに振り向かせると、そのまま彼に抱きつき、彼の唇にキスをする。
 
 瑞貴は目を見開いて驚き、それは嵯峨も同じだった。

 私は瑞貴から唇を離すと、これでもかといった甘い猫なで声を出し、瑞貴をベタベタと触りまくった。

「みっきー、大丈夫ぅ? 元カレがしつこくてごめんね。アレとはとっくに終わってるし、私にはみっきーしかいないよっ! 信じてね!」

 そして瑞貴の両頬をぱちんと挟み、もう一度、ぶちゅーっとキスをした。
 これは彼女というより、ちょっとお水っぽかったかな? 演技が下手でごめんなさい。

「おいおい……嘘だろ? 相手はトドだろ?」

 私は振り返って嵯峨を睨みつける。

「トド? あんたなんて見た目と下半身だけでしょ? 私のみっきーは、優しくて、思いやりがあって、気遣いがあって、女性の扱いはあんたなんかとは比べ物にならない程上手くて、頭も良くて、所作も綺麗で、育ちも良くて……」
「あ、あの、綾ちゃん、もうその辺でいいかな……」

 顔を真っ赤にして私を止めようとする瑞貴を振り切って、私は嵯峨に言い切った。

「私のみっきーは、超絶ハイスぺックスーパーダーリンのイケてるメンズなんだからっ!!」

 嵯峨は呆れたように私を見ていた。

「バカじゃないの? トドだよ? 信じるわけないだろ? とりあえず、もう今日は帰るわ」
 
 嵯峨はそう言って、振り返りもせず駅へと向かって歩いて行った。
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