あなたはカエルの御曹司様

さくらぎしょう

文字の大きさ
26 / 30

終結

しおりを挟む
「ママっ!?」

 嵯峨の声が滑稽なほどに上ずった。
 
 嵯峨の母親はとても身綺麗にされており、年齢は五十代後半くらいだが、髪はくるくるとしっかり巻かれ、衣服やカバンはハイブランドだろう。爪先もぬかりなく、服の色に合わせたパッションピンクのネイルをしていた。
 
 嵯峨は、私と瑞貴を睨みつける。

「どうやって母に連絡入れた? お前たちだって会社の人事情報使ったんじゃねーのか? 人の事言えんのかよ」

 嵯峨の母は物凄い剣幕と競歩のような速さで嵯峨に近づき、パーンッと頭をはたいた。

「いい加減にしなさいっ!! 阿川さんの所のヒサちゃんから、藤木さんに連絡先を教えていいかって連絡があって、話しを聞いて、私が許可を出したのよ」

 阿川さん、フルネーム阿川久子さんの実家が、嵯峨の実家のご近所というのには驚きだった。

 阿川さんと嵯峨さんの親同士は仲が良いそうで、阿川さんが小学生だった頃、幼稚園児だった嵯峨とよく遊んであげていたそうだ。成長につれてその後は地元でもほぼ会う事はなかったそうで、入社してきた嵯峨と再会した時は本当に驚いたそうだ。
 だから、すっかり大人の男になっていた嵯峨に、阿川さんは運命を感じ、ときめいてしまったそうで、嵯峨も新人で知り合いもまだ少ない時に、困ったら頼るのはいつも遊んでくれたお姉さんの阿川さんだったので、女好きで自分に自信がある嵯峨が次にとる行動は決まっており、見事阿川さんと肉体関係に発展し、阿川さんは三軍入りしていたそうだ。

 私はコホンっと咳払いした。ここからやっと私の出番である。

「嵯峨さん、どうぞまずはお掛けください。とても大事な話を始めさせていただきます」

 嵯峨ママが嵯峨の席に座り、その後ろに嵯峨が立つ。
 私は嵯峨と間宮の前に誓約書とペンを置きに行った。

「嵯峨さん、間宮さん、もしもお二人が今回の件を反省してくださり、今後二度と私の前に現れないと約束してくださるなら、私は既に出している被害届を取り下げ、今回手に入った証拠も警察には提出せず、告訴せず、水に流します」
「「え?」」

 二人の誓約書には、今伝えた内容と、誓約を破った場合には、違反金の支払い、裁判の実施を記載してある。

 社長が二人に声を掛ける。

「示談で終わり不起訴になるなら、会社としては懲戒解雇は出来ない。藤木君の提案を受けるか受けないかは、今後の人生にも影響の出る大きな判断だ。間違えないように」

 嵯峨ママは後ろに立つ嵯峨を冷え切った目で睨みつけた。

「わかってるわね? 馬鹿なマネはこれで終わりにして」
「……ママぁ」

 いい年して駄々っ子のように母親に「そんなぁ」といった様子を見せる嵯峨に寒気がした。
 
「返事は」
「……はい、ママ」

 嵯峨は溜息をつきながら誓約書にサインをした。

「それでこそママの宗ちゃん! さすがねぇ~偉いわねぇ~! ママがちゃんとあなたを支えてあげますから、大丈夫ですよ」
「うっ、うっ……」

 これか……この甘やかしが、唯我独尊な嵯峨を創り出したのか。
 今回は証拠もあったのでこちらの話を信じてくれたし、息子にとって何が最善かの判断が出来たのだろうが、何もなかったらきっとこの母親は嵯峨の強力な盾となり、「うちの息子は悪くないっ!」と徹底的に息子を庇っただろう。しかも嵯峨以上に面倒だったかもしれない。
 敵に回さなくて本当に良かった……。
 それ以上に、嵯峨と結婚しないで本当に良かった……。

 間宮萌も嵯峨を横目で見ながらペンを持つが、まだ何か躊躇っている。

「あのぉ……これにサインしたらぁ、警察へは行かないで済むんですよねぇ? だから、クビにもならなくて、今まで通りってことであってますか?」

 人事課長は首を横に振った。

「警察に呼ばれないかはわからないが、藤木さんの厚意で示談にしてもらえば高い確率で不起訴になり、君に犯罪歴はつかないだろう。だから懲戒解雇は免れる。だが、今まで通りということはない。誓約書に藤木さんの前に二度と姿を現さない条件があるのだから、本社での仕事は難しいだろう。特に、人事情報を不正に利用した件については、会社として君に懲戒処分は与える必要がある。おそらく、一時的な停職と異動にはなるだろう」
「だから、嵯峨さんに脅されたんです!!」
「アクセスして利用したのは君だ」
「そんなぁ……」
「犯罪歴がつき懲戒解雇か、一時的な停職と異動のどちらかだ。どちらがマシかは一目瞭然だろう」

 間宮萌はふてぶてしい態度を見せながら、誓約書になぐり書きでサインした。

 最後に秘書課長が咲良ちゃんに向かって声を掛ける。

「今日、この場に君もなぜ呼んだと思う?」
「え? 間宮さんのサポートだと思っていました」
「では、間宮君を支持するかい?」
「いえいえいえ、今真実を知り驚愕しています。萌はちゃんと罰を受けるべきです」
「君もだよ?」
「え?」

 咲良ちゃんは自分を指差してきょとんとしていた。
 
「君が間宮君の話を真摯に受け止めるのはいいが、秘書課内を不穏な空気にしたのは迷惑行為だった。これ以上、秘書課を乱すようなら、年度途中の異動をお願いすることになる」
「そんなっ。私はただ……」
「じゃあ、いますぐ秘書課に戻って、噂を撤回してきなさい」
「はいっ! 承知いたしましたっ!!」

 咲良ちゃんは社長や課長陣に頭を下げ、私にも「綾さん、申し訳ありませんでしたっ」と言いながら深々と頭を下げてから、会議室を飛び出して行った。

「では、嵯峨君と間宮君の人事情報不正利用に関しての処分は後日申し渡すとし、本日はこれで終了とする」

 社長が調査委員会を閉める声を掛けて解散となった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

Good day !

葉月 まい
恋愛
『Good day !』シリーズ Vol.1 人一倍真面目で努力家のコーパイと イケメンのエリートキャプテン そんな二人の 恋と仕事と、飛行機の物語… ꙳⋆ ˖𓂃܀✈* 登場人物 *☆܀𓂃˖ ⋆꙳ 日本ウイング航空(Japan Wing Airline) 副操縦士 藤崎 恵真(27歳) Fujisaki Ema 機長 佐倉 大和(35歳) Sakura Yamato

処理中です...