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終結
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「ママっ!?」
嵯峨の声が滑稽なほどに上ずった。
嵯峨の母親はとても身綺麗にされており、年齢は五十代後半くらいだが、髪はくるくるとしっかり巻かれ、衣服やカバンはハイブランドだろう。爪先もぬかりなく、服の色に合わせたパッションピンクのネイルをしていた。
嵯峨は、私と瑞貴を睨みつける。
「どうやって母に連絡入れた? お前たちだって会社の人事情報使ったんじゃねーのか? 人の事言えんのかよ」
嵯峨の母は物凄い剣幕と競歩のような速さで嵯峨に近づき、パーンッと頭を叩いた。
「いい加減にしなさいっ!! 阿川さんの所のヒサちゃんから、藤木さんに連絡先を教えていいかって連絡があって、話しを聞いて、私が許可を出したのよ」
阿川さん、フルネーム阿川久子さんの実家が、嵯峨の実家のご近所というのには驚きだった。
阿川さんと嵯峨さんの親同士は仲が良いそうで、阿川さんが小学生だった頃、幼稚園児だった嵯峨とよく遊んであげていたそうだ。成長につれてその後は地元でもほぼ会う事はなかったそうで、入社してきた嵯峨と再会した時は本当に驚いたそうだ。
だから、すっかり大人の男になっていた嵯峨に、阿川さんは運命を感じ、ときめいてしまったそうで、嵯峨も新人で知り合いもまだ少ない時に、困ったら頼るのはいつも遊んでくれたお姉さんの阿川さんだったので、女好きで自分に自信がある嵯峨が次にとる行動は決まっており、見事阿川さんと肉体関係に発展し、阿川さんは三軍入りしていたそうだ。
私はコホンっと咳払いした。ここからやっと私の出番である。
「嵯峨さん、どうぞまずはお掛けください。とても大事な話を始めさせていただきます」
嵯峨ママが嵯峨の席に座り、その後ろに嵯峨が立つ。
私は嵯峨と間宮の前に誓約書とペンを置きに行った。
「嵯峨さん、間宮さん、もしもお二人が今回の件を反省してくださり、今後二度と私の前に現れないと約束してくださるなら、私は既に出している被害届を取り下げ、今回手に入った証拠も警察には提出せず、告訴せず、水に流します」
「「え?」」
二人の誓約書には、今伝えた内容と、誓約を破った場合には、違反金の支払い、裁判の実施を記載してある。
社長が二人に声を掛ける。
「示談で終わり不起訴になるなら、会社としては懲戒解雇は出来ない。藤木君の提案を受けるか受けないかは、今後の人生にも影響の出る大きな判断だ。間違えないように」
嵯峨ママは後ろに立つ嵯峨を冷え切った目で睨みつけた。
「わかってるわね? 馬鹿なマネはこれで終わりにして」
「……ママぁ」
いい年して駄々っ子のように母親に「そんなぁ」といった様子を見せる嵯峨に寒気がした。
「返事は」
「……はい、ママ」
嵯峨は溜息をつきながら誓約書にサインをした。
「それでこそママの宗ちゃん! さすがねぇ~偉いわねぇ~! ママがちゃんとあなたを支えてあげますから、大丈夫ですよ」
「うっ、うっ……」
これか……この甘やかしが、唯我独尊な嵯峨を創り出したのか。
今回は証拠もあったのでこちらの話を信じてくれたし、息子にとって何が最善かの判断が出来たのだろうが、何もなかったらきっとこの母親は嵯峨の強力な盾となり、「うちの息子は悪くないっ!」と徹底的に息子を庇っただろう。しかも嵯峨以上に面倒だったかもしれない。
敵に回さなくて本当に良かった……。
それ以上に、嵯峨と結婚しないで本当に良かった……。
間宮萌も嵯峨を横目で見ながらペンを持つが、まだ何か躊躇っている。
「あのぉ……これにサインしたらぁ、警察へは行かないで済むんですよねぇ? だから、クビにもならなくて、今まで通りってことであってますか?」
人事課長は首を横に振った。
「警察に呼ばれないかはわからないが、藤木さんの厚意で示談にしてもらえば高い確率で不起訴になり、君に犯罪歴はつかないだろう。だから懲戒解雇は免れる。だが、今まで通りということはない。誓約書に藤木さんの前に二度と姿を現さない条件があるのだから、本社での仕事は難しいだろう。特に、人事情報を不正に利用した件については、会社として君に懲戒処分は与える必要がある。おそらく、一時的な停職と異動にはなるだろう」
「だから、嵯峨さんに脅されたんです!!」
「アクセスして利用したのは君だ」
「そんなぁ……」
「犯罪歴がつき懲戒解雇か、一時的な停職と異動のどちらかだ。どちらがマシかは一目瞭然だろう」
間宮萌はふてぶてしい態度を見せながら、誓約書になぐり書きでサインした。
最後に秘書課長が咲良ちゃんに向かって声を掛ける。
「今日、この場に君もなぜ呼んだと思う?」
「え? 間宮さんのサポートだと思っていました」
「では、間宮君を支持するかい?」
「いえいえいえ、今真実を知り驚愕しています。萌はちゃんと罰を受けるべきです」
「君もだよ?」
「え?」
咲良ちゃんは自分を指差してきょとんとしていた。
「君が間宮君の話を真摯に受け止めるのはいいが、秘書課内を不穏な空気にしたのは迷惑行為だった。これ以上、秘書課を乱すようなら、年度途中の異動をお願いすることになる」
「そんなっ。私はただ……」
「じゃあ、いますぐ秘書課に戻って、噂を撤回してきなさい」
「はいっ! 承知いたしましたっ!!」
咲良ちゃんは社長や課長陣に頭を下げ、私にも「綾さん、申し訳ありませんでしたっ」と言いながら深々と頭を下げてから、会議室を飛び出して行った。
「では、嵯峨君と間宮君の人事情報不正利用に関しての処分は後日申し渡すとし、本日はこれで終了とする」
社長が調査委員会を閉める声を掛けて解散となった。
嵯峨の声が滑稽なほどに上ずった。
嵯峨の母親はとても身綺麗にされており、年齢は五十代後半くらいだが、髪はくるくるとしっかり巻かれ、衣服やカバンはハイブランドだろう。爪先もぬかりなく、服の色に合わせたパッションピンクのネイルをしていた。
嵯峨は、私と瑞貴を睨みつける。
「どうやって母に連絡入れた? お前たちだって会社の人事情報使ったんじゃねーのか? 人の事言えんのかよ」
嵯峨の母は物凄い剣幕と競歩のような速さで嵯峨に近づき、パーンッと頭を叩いた。
「いい加減にしなさいっ!! 阿川さんの所のヒサちゃんから、藤木さんに連絡先を教えていいかって連絡があって、話しを聞いて、私が許可を出したのよ」
阿川さん、フルネーム阿川久子さんの実家が、嵯峨の実家のご近所というのには驚きだった。
阿川さんと嵯峨さんの親同士は仲が良いそうで、阿川さんが小学生だった頃、幼稚園児だった嵯峨とよく遊んであげていたそうだ。成長につれてその後は地元でもほぼ会う事はなかったそうで、入社してきた嵯峨と再会した時は本当に驚いたそうだ。
だから、すっかり大人の男になっていた嵯峨に、阿川さんは運命を感じ、ときめいてしまったそうで、嵯峨も新人で知り合いもまだ少ない時に、困ったら頼るのはいつも遊んでくれたお姉さんの阿川さんだったので、女好きで自分に自信がある嵯峨が次にとる行動は決まっており、見事阿川さんと肉体関係に発展し、阿川さんは三軍入りしていたそうだ。
私はコホンっと咳払いした。ここからやっと私の出番である。
「嵯峨さん、どうぞまずはお掛けください。とても大事な話を始めさせていただきます」
嵯峨ママが嵯峨の席に座り、その後ろに嵯峨が立つ。
私は嵯峨と間宮の前に誓約書とペンを置きに行った。
「嵯峨さん、間宮さん、もしもお二人が今回の件を反省してくださり、今後二度と私の前に現れないと約束してくださるなら、私は既に出している被害届を取り下げ、今回手に入った証拠も警察には提出せず、告訴せず、水に流します」
「「え?」」
二人の誓約書には、今伝えた内容と、誓約を破った場合には、違反金の支払い、裁判の実施を記載してある。
社長が二人に声を掛ける。
「示談で終わり不起訴になるなら、会社としては懲戒解雇は出来ない。藤木君の提案を受けるか受けないかは、今後の人生にも影響の出る大きな判断だ。間違えないように」
嵯峨ママは後ろに立つ嵯峨を冷え切った目で睨みつけた。
「わかってるわね? 馬鹿なマネはこれで終わりにして」
「……ママぁ」
いい年して駄々っ子のように母親に「そんなぁ」といった様子を見せる嵯峨に寒気がした。
「返事は」
「……はい、ママ」
嵯峨は溜息をつきながら誓約書にサインをした。
「それでこそママの宗ちゃん! さすがねぇ~偉いわねぇ~! ママがちゃんとあなたを支えてあげますから、大丈夫ですよ」
「うっ、うっ……」
これか……この甘やかしが、唯我独尊な嵯峨を創り出したのか。
今回は証拠もあったのでこちらの話を信じてくれたし、息子にとって何が最善かの判断が出来たのだろうが、何もなかったらきっとこの母親は嵯峨の強力な盾となり、「うちの息子は悪くないっ!」と徹底的に息子を庇っただろう。しかも嵯峨以上に面倒だったかもしれない。
敵に回さなくて本当に良かった……。
それ以上に、嵯峨と結婚しないで本当に良かった……。
間宮萌も嵯峨を横目で見ながらペンを持つが、まだ何か躊躇っている。
「あのぉ……これにサインしたらぁ、警察へは行かないで済むんですよねぇ? だから、クビにもならなくて、今まで通りってことであってますか?」
人事課長は首を横に振った。
「警察に呼ばれないかはわからないが、藤木さんの厚意で示談にしてもらえば高い確率で不起訴になり、君に犯罪歴はつかないだろう。だから懲戒解雇は免れる。だが、今まで通りということはない。誓約書に藤木さんの前に二度と姿を現さない条件があるのだから、本社での仕事は難しいだろう。特に、人事情報を不正に利用した件については、会社として君に懲戒処分は与える必要がある。おそらく、一時的な停職と異動にはなるだろう」
「だから、嵯峨さんに脅されたんです!!」
「アクセスして利用したのは君だ」
「そんなぁ……」
「犯罪歴がつき懲戒解雇か、一時的な停職と異動のどちらかだ。どちらがマシかは一目瞭然だろう」
間宮萌はふてぶてしい態度を見せながら、誓約書になぐり書きでサインした。
最後に秘書課長が咲良ちゃんに向かって声を掛ける。
「今日、この場に君もなぜ呼んだと思う?」
「え? 間宮さんのサポートだと思っていました」
「では、間宮君を支持するかい?」
「いえいえいえ、今真実を知り驚愕しています。萌はちゃんと罰を受けるべきです」
「君もだよ?」
「え?」
咲良ちゃんは自分を指差してきょとんとしていた。
「君が間宮君の話を真摯に受け止めるのはいいが、秘書課内を不穏な空気にしたのは迷惑行為だった。これ以上、秘書課を乱すようなら、年度途中の異動をお願いすることになる」
「そんなっ。私はただ……」
「じゃあ、いますぐ秘書課に戻って、噂を撤回してきなさい」
「はいっ! 承知いたしましたっ!!」
咲良ちゃんは社長や課長陣に頭を下げ、私にも「綾さん、申し訳ありませんでしたっ」と言いながら深々と頭を下げてから、会議室を飛び出して行った。
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