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まさかの穴埋め
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すっかり紅葉も見頃になった頃、懲戒処分で出勤停止となっていた嵯峨と間宮に、地方の中でも特に人口の少ない場所へ転勤が言い渡され、すでに本社から姿を消していた。
秘書課内は咲良ちゃんの必死の火消しにより、事件以前と変わらない雰囲気にすっかり戻ったが、全く一緒というわけではない。私の中で信じられる人と、そうでない人がくっきり分かれた。
そして、たまにランチを外で阿川さんと取るようになったのは大きな変化だ。
「人口少ない場所って、噂が広がるのが早いからなあ……なぜ年度途中のこんな変な時期に転勤になったかとか、転勤先で漏れたら、二人は結構しんどいかもね」
阿川さんはそう言いながらパスタをフォークでくるくると巻く。
この人は仕事と口調は厳しいが、実はとても優しい人で、今もこうして転勤になった二人のこれから起こる試練を少し心配しているのがわかる。
「そうだ、綾ちゃん、間宮との不倫で海外出向してた元総務の人、今回の人事異動の穴埋めに戻って来るんだって」
「それは……その人の奥さんが良かったですね」
「まあ、男性は十分反省しただろうし、その間に間宮は成敗されたし、奥さんが少しでもスッキリしてくれてたら良いよね。それでさあ、広報課の嵯峨の穴埋めの方は決まらないらしくて、広報課長が困り果ててたのよ」
「こんな時期の異動ですもんね……難しいですよね。春まで欠員状態で乗り切れないですかね?」
「なんか嵯峨の持ってた案件に、来春用の広告撮影がもうすぐあるとかで、せめてそれだけでも乗り切れば、春の人事異動まで持ちこたえられるとか言ってたけど……」
阿川さんと食事を終えて秘書課の机に戻ると、すでに瑞貴がいて、大量の資料を読み込んでいた。昼休憩の終了にはまだ少し早い。
「もう仕事?」
「ああ、綾さん。実は嵯峨さんの進行中だった案件の一部を、私も手伝う事になって……。それで、事前準備までは出来るんですが、撮影日がアメリカ出張中で、その時は綾さんに私の代わりをお願いしたいんですけど、いいですか?」
「ええ、もちろん。どんな案件?」
「来春用の広告撮影で、これだけ終わらせれば、あとは春の異動までは広報課は助けなしで回せるそうです」
瑞貴が渡してきた資料に目を通し、私は息を止めて固まってしまった。
そこには、私とは雲泥の差の美女であるエリカの宣材写真があり、あの気の強そうな大きな瞳をまっすぐにこちらに向けて写っていた。
ただの写真なのに、見た人の視線を釘付けにする力が、この人にはある。
「これって……エリカ?」
「そうです」
「瑞貴の……」
「同級生です」
「え? いや、だって嵯峨が……」
瑞貴は私を見て、黙ってニッコリと笑う。
その笑顔からは、もうそれ以上何も聞くなという圧を薄っすらと感じた。
「エリカと幼稚園から高校まで一緒だったんで、それで、モデルさんと事務所さんに急遽新人担当をつけるより、顔見知りが当たった方がいいだろうって事で、この案件だけ手伝うことになったんです」
♢
結局、瑞貴は海外出張へ行ってしまい、師走のこの日を迎えてしまった。
写真やモニターのチェックはモデル事務所のマネージャーと広報課長が行うので、私がやる事など雑用程度なのだが、それでも他の広報課社員は別案件で出払っていて、私——本来は瑞貴が助っ人——がいると、いないでは雲泥の差らしい。
撮影スタジオに向かえば、既に撮影は始まっており、カメラマンの掛け声や、カメラのシャッター音だけが響いており、緊張感が漂っていた。
物音を立てないようにそーっとスタジオ内に入れば、セットの上で煌びやかな衣装を身に纏いポーズを決めるエリカが目に飛び込んで来た。
その圧倒的なオーラは、宣材写真やコマーシャル映像なんかでは伝わらないだろう。彼女と同じ空間に立った者だけが、強く惹きこまれてしまう磁力を彼女は放っていた。
「モデルやタレントさん使った撮影現場は初めて?」
広報課長がいつの間にか私の横に立っていて、小声で声を掛けてくれた。
「広報課長、遅くなりすいませんでした」
「いいんだよ。秘書課の仕事を朝終えてから来てもらってるんだから。むしろありがとう」
「それにしても、エリカさんって本当に綺麗ですね」
「美人は美人でも、やっぱりプロのモデルさんはオーラがあるよね。そこが一般の美人との違いなんだろうけどさあ」
エリカを目の前にしたら、きっと自分に自信がなくなり、嫉妬で狂うと思っていた。だからこの日を迎えるのが本当に嫌で怖かった。なのに今は、彼女の放つオーラと人間離れした美しさに見惚れ、そして撮影現場の作り出す非日常的な雰囲気にただただ感動をしていた。
「それじゃあお昼休憩入りまーす!」
スタッフの掛け声で、スタジオ内の緊張の糸は切れ、皆一斉に喋り始めた。
広報課長と一緒に昼休憩に向かおうとしたら、派手な服装の女性が近づいてきた。
「東堂商事さん、今日も差し入れなどお気遣いくださりありがとうございます」
「ああ、結城さん。藤木さん、こちら、エリカさんのマネージャーさんの結城さん」
「初めまして。東堂商事の藤木と申します」
私はポケットから名刺を差し出すと、結城さんは「あ!」と声を上げた。
「いたっ!! 藤木綾子さん!!」
「え? 私をご存じですか?」
「突然声を上げてすいません。あの、実はエリカから、藤木綾子さんという女性が来ていたら話したいと言われていたんです。もしよければ、エリカと一緒にお昼をとって頂けませんか?」
「ええ? 私ですか?」
突然のお呼び出しに戸惑い、広報課長に視線を向ければ、行ってきなさいと手を振っていた。
秘書課内は咲良ちゃんの必死の火消しにより、事件以前と変わらない雰囲気にすっかり戻ったが、全く一緒というわけではない。私の中で信じられる人と、そうでない人がくっきり分かれた。
そして、たまにランチを外で阿川さんと取るようになったのは大きな変化だ。
「人口少ない場所って、噂が広がるのが早いからなあ……なぜ年度途中のこんな変な時期に転勤になったかとか、転勤先で漏れたら、二人は結構しんどいかもね」
阿川さんはそう言いながらパスタをフォークでくるくると巻く。
この人は仕事と口調は厳しいが、実はとても優しい人で、今もこうして転勤になった二人のこれから起こる試練を少し心配しているのがわかる。
「そうだ、綾ちゃん、間宮との不倫で海外出向してた元総務の人、今回の人事異動の穴埋めに戻って来るんだって」
「それは……その人の奥さんが良かったですね」
「まあ、男性は十分反省しただろうし、その間に間宮は成敗されたし、奥さんが少しでもスッキリしてくれてたら良いよね。それでさあ、広報課の嵯峨の穴埋めの方は決まらないらしくて、広報課長が困り果ててたのよ」
「こんな時期の異動ですもんね……難しいですよね。春まで欠員状態で乗り切れないですかね?」
「なんか嵯峨の持ってた案件に、来春用の広告撮影がもうすぐあるとかで、せめてそれだけでも乗り切れば、春の人事異動まで持ちこたえられるとか言ってたけど……」
阿川さんと食事を終えて秘書課の机に戻ると、すでに瑞貴がいて、大量の資料を読み込んでいた。昼休憩の終了にはまだ少し早い。
「もう仕事?」
「ああ、綾さん。実は嵯峨さんの進行中だった案件の一部を、私も手伝う事になって……。それで、事前準備までは出来るんですが、撮影日がアメリカ出張中で、その時は綾さんに私の代わりをお願いしたいんですけど、いいですか?」
「ええ、もちろん。どんな案件?」
「来春用の広告撮影で、これだけ終わらせれば、あとは春の異動までは広報課は助けなしで回せるそうです」
瑞貴が渡してきた資料に目を通し、私は息を止めて固まってしまった。
そこには、私とは雲泥の差の美女であるエリカの宣材写真があり、あの気の強そうな大きな瞳をまっすぐにこちらに向けて写っていた。
ただの写真なのに、見た人の視線を釘付けにする力が、この人にはある。
「これって……エリカ?」
「そうです」
「瑞貴の……」
「同級生です」
「え? いや、だって嵯峨が……」
瑞貴は私を見て、黙ってニッコリと笑う。
その笑顔からは、もうそれ以上何も聞くなという圧を薄っすらと感じた。
「エリカと幼稚園から高校まで一緒だったんで、それで、モデルさんと事務所さんに急遽新人担当をつけるより、顔見知りが当たった方がいいだろうって事で、この案件だけ手伝うことになったんです」
♢
結局、瑞貴は海外出張へ行ってしまい、師走のこの日を迎えてしまった。
写真やモニターのチェックはモデル事務所のマネージャーと広報課長が行うので、私がやる事など雑用程度なのだが、それでも他の広報課社員は別案件で出払っていて、私——本来は瑞貴が助っ人——がいると、いないでは雲泥の差らしい。
撮影スタジオに向かえば、既に撮影は始まっており、カメラマンの掛け声や、カメラのシャッター音だけが響いており、緊張感が漂っていた。
物音を立てないようにそーっとスタジオ内に入れば、セットの上で煌びやかな衣装を身に纏いポーズを決めるエリカが目に飛び込んで来た。
その圧倒的なオーラは、宣材写真やコマーシャル映像なんかでは伝わらないだろう。彼女と同じ空間に立った者だけが、強く惹きこまれてしまう磁力を彼女は放っていた。
「モデルやタレントさん使った撮影現場は初めて?」
広報課長がいつの間にか私の横に立っていて、小声で声を掛けてくれた。
「広報課長、遅くなりすいませんでした」
「いいんだよ。秘書課の仕事を朝終えてから来てもらってるんだから。むしろありがとう」
「それにしても、エリカさんって本当に綺麗ですね」
「美人は美人でも、やっぱりプロのモデルさんはオーラがあるよね。そこが一般の美人との違いなんだろうけどさあ」
エリカを目の前にしたら、きっと自分に自信がなくなり、嫉妬で狂うと思っていた。だからこの日を迎えるのが本当に嫌で怖かった。なのに今は、彼女の放つオーラと人間離れした美しさに見惚れ、そして撮影現場の作り出す非日常的な雰囲気にただただ感動をしていた。
「それじゃあお昼休憩入りまーす!」
スタッフの掛け声で、スタジオ内の緊張の糸は切れ、皆一斉に喋り始めた。
広報課長と一緒に昼休憩に向かおうとしたら、派手な服装の女性が近づいてきた。
「東堂商事さん、今日も差し入れなどお気遣いくださりありがとうございます」
「ああ、結城さん。藤木さん、こちら、エリカさんのマネージャーさんの結城さん」
「初めまして。東堂商事の藤木と申します」
私はポケットから名刺を差し出すと、結城さんは「あ!」と声を上げた。
「いたっ!! 藤木綾子さん!!」
「え? 私をご存じですか?」
「突然声を上げてすいません。あの、実はエリカから、藤木綾子さんという女性が来ていたら話したいと言われていたんです。もしよければ、エリカと一緒にお昼をとって頂けませんか?」
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