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10. マナ
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ルイーザ王女は私の部屋に来てソファに腰を掛けてから、ずっと私を見つめたまま何も言わない。私を見つめているようで、何かを考えているようにも見える。
始めはケーキがあったので、それを黙々と食べる事でその場はしのげたが、菜園作業終わりでお腹が減っていた事もあり、すぐに平らげてしまい、もう長い事何もせずにこの重ぐるしい空気で彼女の動きを待ち続けている。
だがついに耐え兼ね、私から口を開いてしまった。
「あの……菜園で作業をしていたらルイス王子がいらっしゃって、それから王太子殿下が……」
「何も聞いていません」
ルイーザ王女にぴしゃりとはね退けられた。
更なる気まずい空気に手元が落ち着かなくなり、すでに空になったケーキ皿の柄を手前に向けてみたり、同じく空のティーカップを口元に持って行ったりする。
ルイーザ王女もティーカップに手を伸ばし、一口だけ紅茶を飲むと、やっと話し始めてくれた。
「幼い頃、ルイスはとても病弱だったの」
「え」
想像もできなかった過去の告白に、私は動きを止めた。
「ルイスにとってアロイスはずっと憧れであり、大きな存在なのよ」
「逆じゃなくてですか?」
そう発言した私を見るルイーザ王女の目は一瞬怖かったが、少し納得した様子もあった。
「今の姿しかみていなければそう思うのも無理もないけど、そうじゃなくて、今も昔も憧れているのはルイスの方よ」
「意外です……」
「まあ、貴方が現れてから、アロイスもルイスの身体が羨ましいとか思っているかもしれないけど、アロイスに関してはルイスに憧れているというよりも、大人の男性皆に思ってることでしょうし、可愛い焼きもち程度の話よ」
「そうなんですか?」
ルイーザ王女は珍しく思い悩んだような溜息をついた。
「ルイスが病弱だった原因は、彼らが母の身体にいた胎児の時に、ルイスのマナがアロイスに流れてしまったからだそう」
初めて聞く言葉に私は首を傾げた。
「マナ……? とは何ですか?」
ルイーザ王女は自身の身体の中の血流をなぞるように、手の平で胸や腹や腕を触って見せる。
「異国で信じられている生命力みたいなものかしら。それで、十二歳の時にアロイスがルイスにマナを戻す術を異国の者から受けたの。リスクがあると言われたけど、アロイスは迷わなかった。それで、ルイスは見事に健康な身体を手に入れたけど、今度はアロイスの成長が止まってしまって……」
「そんな事があるんですか?」
「そんな事があったからアロイスは身体が子供のままなの。それで、それがきっかけで、ルイスはより一層アロイスを意識するようになって、兄への妬み、恨み、強い憧れ、成長を止めさせた罪の意識……ルイスの中の複雑な思いを言葉では表せないけど、とにかくあの子はアロイスに執着している」
「好きと嫌いが入り混じった感情ですか?」
「簡単に言えばそうね。とにかく、ルイスが貴方にちょっかい出す理由は、アロイスに対する劣等感を補うため。あなたは王太子の正式な婚約者なのだから、変な関係にだけはならないように気を付けて」
「もっ、もちろんです!」
ルイス王子との関係を疑われるのはとても恥ずかしかった。だが、菜園でのやり取りを改めて思い出せば、それは無理もない事だと流石に私もわかる。これからはルイスとの関係はもっと慎重にならなくては。
「別に貴方を疑ってるわけではないの。ルイスはずっと不安定な状態だから、貴方の方が気を付けてくれるだけでだいぶ違うと思って。気を悪くしないで頂戴ね」
珍しくルイーザ王女は私に優しい言葉を掛けてくれた。少しずつだけど、ルイーザ王女とも関係を前進出来ているのだろうか?
ルイーザ王女は立ち上がり、私の部屋に移された資料の中から分厚い一冊の本を取り出して私に渡す。
「この国オーバーランドや近隣諸国の経済、主要な産業産物、それら国家間の取引などが載ってます。あちらの机の資料は各国主要人物やその国の文化に関して。外交では王太子妃の出番も多いので覚えておくように」
「ぶ……分厚い……」
「いい? 覚えておくように」
「も、もちろん、承知いたしました」
ルイーザ王女は窓の外に目をやり、何かを気にしている様子だった。視線の先は、おそらく王宮の入口になる正門。
「では、私は来客を迎え入れる準備がありますので」
「また明日もよろしくお願いいたします」
ルイーザ王女が部屋を出るのを見送り、私はまたソファに座る。そして手渡された本をぱらぱらとめくった。
「アウルム国……人々の生活資源は珍しく石炭主流なのね。採掘に手間がかかるし、扱い辛そうだけど、木炭は手に入らないのかしら?」
今度はしっかりと本を読み込み始める。
「アウルム国だけでなく、いくつかの国は森林の減少で木炭が枯渇……木炭が豊富なのはこのオーバーランド国くらいなのね。農産物と違い、資源の取引には厳しい規制があり、高額取引にもなる……」
さすがにこの厚さと内容をこの瞬間だけで叩きこむのは難しそうだ。本を一度閉じて、机の資料にも目を向ける。
「オーバーランド周辺諸国……そういえば、私の異国から来た先祖はどこの国の人だったんだろう……」
始めはケーキがあったので、それを黙々と食べる事でその場はしのげたが、菜園作業終わりでお腹が減っていた事もあり、すぐに平らげてしまい、もう長い事何もせずにこの重ぐるしい空気で彼女の動きを待ち続けている。
だがついに耐え兼ね、私から口を開いてしまった。
「あの……菜園で作業をしていたらルイス王子がいらっしゃって、それから王太子殿下が……」
「何も聞いていません」
ルイーザ王女にぴしゃりとはね退けられた。
更なる気まずい空気に手元が落ち着かなくなり、すでに空になったケーキ皿の柄を手前に向けてみたり、同じく空のティーカップを口元に持って行ったりする。
ルイーザ王女もティーカップに手を伸ばし、一口だけ紅茶を飲むと、やっと話し始めてくれた。
「幼い頃、ルイスはとても病弱だったの」
「え」
想像もできなかった過去の告白に、私は動きを止めた。
「ルイスにとってアロイスはずっと憧れであり、大きな存在なのよ」
「逆じゃなくてですか?」
そう発言した私を見るルイーザ王女の目は一瞬怖かったが、少し納得した様子もあった。
「今の姿しかみていなければそう思うのも無理もないけど、そうじゃなくて、今も昔も憧れているのはルイスの方よ」
「意外です……」
「まあ、貴方が現れてから、アロイスもルイスの身体が羨ましいとか思っているかもしれないけど、アロイスに関してはルイスに憧れているというよりも、大人の男性皆に思ってることでしょうし、可愛い焼きもち程度の話よ」
「そうなんですか?」
ルイーザ王女は珍しく思い悩んだような溜息をついた。
「ルイスが病弱だった原因は、彼らが母の身体にいた胎児の時に、ルイスのマナがアロイスに流れてしまったからだそう」
初めて聞く言葉に私は首を傾げた。
「マナ……? とは何ですか?」
ルイーザ王女は自身の身体の中の血流をなぞるように、手の平で胸や腹や腕を触って見せる。
「異国で信じられている生命力みたいなものかしら。それで、十二歳の時にアロイスがルイスにマナを戻す術を異国の者から受けたの。リスクがあると言われたけど、アロイスは迷わなかった。それで、ルイスは見事に健康な身体を手に入れたけど、今度はアロイスの成長が止まってしまって……」
「そんな事があるんですか?」
「そんな事があったからアロイスは身体が子供のままなの。それで、それがきっかけで、ルイスはより一層アロイスを意識するようになって、兄への妬み、恨み、強い憧れ、成長を止めさせた罪の意識……ルイスの中の複雑な思いを言葉では表せないけど、とにかくあの子はアロイスに執着している」
「好きと嫌いが入り混じった感情ですか?」
「簡単に言えばそうね。とにかく、ルイスが貴方にちょっかい出す理由は、アロイスに対する劣等感を補うため。あなたは王太子の正式な婚約者なのだから、変な関係にだけはならないように気を付けて」
「もっ、もちろんです!」
ルイス王子との関係を疑われるのはとても恥ずかしかった。だが、菜園でのやり取りを改めて思い出せば、それは無理もない事だと流石に私もわかる。これからはルイスとの関係はもっと慎重にならなくては。
「別に貴方を疑ってるわけではないの。ルイスはずっと不安定な状態だから、貴方の方が気を付けてくれるだけでだいぶ違うと思って。気を悪くしないで頂戴ね」
珍しくルイーザ王女は私に優しい言葉を掛けてくれた。少しずつだけど、ルイーザ王女とも関係を前進出来ているのだろうか?
ルイーザ王女は立ち上がり、私の部屋に移された資料の中から分厚い一冊の本を取り出して私に渡す。
「この国オーバーランドや近隣諸国の経済、主要な産業産物、それら国家間の取引などが載ってます。あちらの机の資料は各国主要人物やその国の文化に関して。外交では王太子妃の出番も多いので覚えておくように」
「ぶ……分厚い……」
「いい? 覚えておくように」
「も、もちろん、承知いたしました」
ルイーザ王女は窓の外に目をやり、何かを気にしている様子だった。視線の先は、おそらく王宮の入口になる正門。
「では、私は来客を迎え入れる準備がありますので」
「また明日もよろしくお願いいたします」
ルイーザ王女が部屋を出るのを見送り、私はまたソファに座る。そして手渡された本をぱらぱらとめくった。
「アウルム国……人々の生活資源は珍しく石炭主流なのね。採掘に手間がかかるし、扱い辛そうだけど、木炭は手に入らないのかしら?」
今度はしっかりと本を読み込み始める。
「アウルム国だけでなく、いくつかの国は森林の減少で木炭が枯渇……木炭が豊富なのはこのオーバーランド国くらいなのね。農産物と違い、資源の取引には厳しい規制があり、高額取引にもなる……」
さすがにこの厚さと内容をこの瞬間だけで叩きこむのは難しそうだ。本を一度閉じて、机の資料にも目を向ける。
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