王太子の仮初めの婚約者

さくらぎしょう

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9. ルイス王子の欲しいもの

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 自室に戻るため廊下を歩くルイス王子の姿は、誰が見ても苛立っていた。普段は柔和な笑顔でにこにことしているため、特に険しさが際立っていた。

 部屋の中に入ると、ルイス王子は何かの気配を感じ、その方向に振り向く。正体は鏡に映る自分の姿であった。
 鏡に映る自分をまじまじと見て、更に苛立ちが増してきた。髪の毛の生え際を見れば濃い色が目立ち始めている。

 壁につけられたレバーを引き、使用人室に繋がるベルを鳴らす。しばらくすると女中がやってきた。

「お呼びでございましょうか?」
「髪を染める準備を」
「承知いたしました」

 準備のために女中は部屋を出て行く。
 ルイス王子は髪を染める準備が整う間、部屋のテーブルに山積みにされていた令嬢達の肖像画に目を通した。一枚見ては床に投げ、次の一枚を見てはまた床に投げ、結局全て床の上に散らばった。令嬢達から届いた手紙にも目を通せば、上っ面の恋文ばかりで、やはり床に捨てた。

 扉をノックする音がした。髪を染める準備が整ったようだ。
 男性美容師と女中たちが染髪に必要な薬剤や、湯桶などを持って入って来る。
 彼らは床に散らばった肖像画やラブレターを見てぎょっとした。

「ああ、ついでにそれらも別の部屋に移してくれ」

 ルイス王子の指示で肖像画とラブレターは全て片付けられた。

 髪も無事に染まり、また部屋で一人になると、鏡の前に立つ。そこに映るのは、憧れの兄の髪色に近いブロンドに染まった自分の姿だ。
 鏡の前でいつもの柔和な笑顔を作る。幼い頃に兄が自分に向けてくれていた笑顔だ。

 ルイス王子は幼い頃から兄が憧れだった。兄のような人間になりたかった。
 病弱で常にベッドの上にいた自分は、窓の外を見ては元気に動き回る兄の姿を見て羨やんだ。兄は自分を気遣って、頻繁に部屋まで来て沢山話を聞かせてくれたり、遊んでくれた。そして、この柔和な笑顔を見せて、優しく頭を撫でてくれた。凄く嬉しかった。

 兄は常に穏やかで、でも堂々としていて、はっきりと発言をし、優しさに溢れていた。容姿に関しても、兄弟だから大まかな見た目は似ているが、双子でも二卵性双生児だったので、兄と自分の姿は違った。兄はすべてが整った目鼻立ちに、輝くような金の髪、宝石のような青い瞳を持っていて、自分よりわずかに早く産まれたために王太子の地位まで手に入れた。

 兄は何もかもが完璧だった。

 兄への憧れはやがて嫉妬に繋がり、それは心の葛藤となった。なぜ自分はこんなにも卑屈で、兄とは見た目も中身もかけ離れているのだろう。せめて、身体だけでも丈夫であれば、もう少しマシな人間だったかもしれない。

 ある日、自分の身体が弱い原因が兄にあったことを知った。それは兄にはどうしようもなかったことだとしても、兄に対する嫉妬が怒りに変わり、兄に表立って怒る名目が出来て気持ちが発散される気もした。
 なのに、結局兄は、その人柄でそれすらも奪っていく。
 こんな弟の身体を治すために自らを犠牲にしたのだ。まだ十二歳だった兄がその決断をするのは勇気がいるはずだった。なのに兄はあっさりとリスクを受け入れ、自分を助けた。

 だから、益々自分が嫌いになってしまったし、兄に対する懺悔の気持ちや憤りで苦しくなった。

 その頃、兄はある貴族の屋敷で褐色の肌をした女の子に出会ったと話してくれた。
 その子の話をする兄の姿がとても印象的で、よく覚えていた。

 それから十年が経ち、褐色の肌をした女性が兄の婚約者候補として現れた。一目でその女性が兄が昔話していた女の子だとわかったし、兄が幼い頃に彼女を見てどんな感情が湧いたのかがわかった。

 こんな時だけ双子だと痛感する。惹かれるものが似ているのだ。
 だが、結局、今回も欲しいものは兄のところにある。
 
 兄になりたい……。


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