破談九十九回目を迎えたイケメン令嬢は道で拾った異国の男に溺愛される

さくらぎしょう

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6.立ちはだかる男

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 屋敷に戻るまでの間、終始ジェインはアマルの指や息づかいや、背中越しに感じる体温と鼓動に気が散り、帰宅した時には息をゼェゼェと言わせて疲れ果てていた。

「もう……こんな心臓に悪い事は……やめてくれ……」

「楽しくなかったか?」

「そう言うわけではないが……」

「そうか、楽しんでくれたか」

「だからそうではなくて」

 二人で言い合いながら玄関ホールに入れば、ジョージが心配そうな表情をして駆け寄って来る。

「ジェイン! 大丈夫だったか!?」

「ジョージ。途中で消えてすまなかった。カルミアと視察は出来たかな?」

「カルミアは十分出来たそうだが、僕は君が心配ですぐに追いかけたんだよ。見つけられなかったけど、訓練場に戻ったあとは周りには僕も含めて三人でいたと伝えている」

「それは気を遣わせてすまなかった」

 二人の会話にアマルが割り込んできた。流れる空気が急にピリつき出す。

「俺がいたのだから心配する必要などない」

 ジョージはアマルをキッと睨みつける。

「お前と二人きりだから心配だったんだよ」

「恋人同士が二人きりになるのは、この国でも普通だと思っていたが」

「貴族の独身女性があんな大勢の前で若い男性と二人きりになる姿なんて見せてはいけないんだ。純潔が疑われ、結婚に響く」

「屋敷ではお前だってジェインの執務室を訪ねて二人きりで会話してただろ」

「それは短時間だし、限られた人間しかいない屋敷内のことであって、変な噂にならない場所なら問題ない。だけど、お前は大勢の前で堂々と連れ去っただろ!」

「では今度からは愛を深める時は気を付ける」

「愛を深める? おい貴様、一体ジェインと何をしてきたんだ!?」

 何を勘違いしたのか、ジョージが感情を露わに怒りを見せ始めたので、やり取りに疲れたアマルは呆れ果てた。

 だがアマルはふと思いついたようにほくそ笑む。
 そしてジョージに見せつけるように指で唇をじっとりとなぞりながら、意味深に答えた。

「そんなこと……聞くなよ。わかるだろ?」

 カッとなったジョージはアマルの胸ぐらを掴み、今にも殴りかかりそうな勢いとなる。
 ジェインが慌てて二人の間に入り、力一杯引き離した。

「ジョージ、何もない!! アマルも誤解を招くようなことをするな!」

 アマルは腹を抱えて大笑いしており、ジョージはジェインに抑えられながら荒く肩で息をしている。
 
 ジョージはジェインの手首を掴み引っ張った。

「ジェイン、僕と来て。話がある」

「ならここでしよう」

「いいからっ!」

 ジョージが掴む手首が痛む。ジェインはこんなに荒々しいジョージは生まれて初めて見た。

 ジョージはドローイングルームに入って扉を閉めると、すぐに鍵を閉めてジェインに詰め寄ってくる。

「あの男とは今すぐ手を切るんだ」

「それは出来ない。私は爵位を継承する事を諦めていない。何が何でも結婚する必要がある」

「あの男じゃなくていいだろっ」

「他にいないのを知ってるだろっ」

 ジョージは急に子犬のような目をしてジェインを見つめてきた。

「俺が……いるじゃないか」

 ジェインは呆気にとられ、目を瞬いた。あんなに夢中になっていたジョージのこの優しげな面立ちが、今は少しゾッとしている。

「ジョージはカルミアと結婚しているじゃないか……」

 ジョージはジェインの両肩を強く掴んだ。

「ジェイン、聞いてくれ。君を侮辱するわけではなく、現実問題あと数か月で結婚は無理だ。確実にカルミアが爵位を継ぐ。継承権がなくなったあとにも、君はまだ誰かと結婚したいのか?」

「それは……」

「本当は結婚なんてしたくないはずだろ? だって君は……君は僕の事がずっと好きだったんだから」

「え……」

 肩をつかむジョージの指が胸をざわつかせる。アマルに触れられた時の高揚感とは対照的な、身の毛がよだつ不快なざわつきだった。

「僕も君がずっと好きだったよ」

「今さら……?」

「結婚は僕達の気持ちだけでどうにかできるものじゃないだろ。でも僕の愛はずっと君にあった。もし君が結婚という形に拘らないのであれば、僕たちが結ばれる道もあるんじゃないかな」

「どういうこと?」

 ジェインは無意識に後ずさり始めたが、ジョージの指が食い込んできて逃れられない。

「カルミアは爵位を得てもここでは暮らさない。だから、ジェインがこの屋敷でこのまま暮らす雇われ領主になればいいんだ」

「雇われ領主?」

「そう。カルミアは王都を離れたくないし、領地経営なんて煩わしいことはしたくない。だからジェインが代わりにして、カルミアに納得のいく比率で収益を渡せばいい。そして、僕が監察の役目で定期的にこの屋敷に滞在しよう。ジェインの望みであるこの領地を自ら治められるだけでなく、僕たちはここで愛し合える。子供が出来ても、非嫡出子ならカルミアも大目に見てくれるだろう」

 ジョージの手がやっと肩から離れたと思えば、その手でジェインの両頬を包んだ。ジェインは思わず身をすくませてしまう。

「緊張しないでいいよ」

 ジョージはジェインが照れていると思っているようだ。

 かつてジェインは初めてのキスはジョージなら良いのにと夢に描いていた。
 なのに、今湧き上がるのは嫌悪感と絶望感。

(アマル……)

 アマルを想い焦がれた時、扉を激しく叩く音とアマルの声が聞こえた。

「ジョージ開けろ! なぜ鍵をかけてる? ジェインに手を出したら殴ってやるからな」

 ジェインの表情がパッと明るくなったことに気に食わなかったジョージは、手の力を強めて強引にキスをしようとしてくる。
 扉の方では必死な様子でドアノブをガチャガチャ回す音や、アマルが扉に体当たりしている音が響く。
 ジェインも必死でジョージに抵抗をしていると、扉を叩く音が突然止まり、気味が悪いほど静かに鍵がカチャリと開けられた。

 異様な雰囲気に、ジョージの動きも止まった。

 扉が開かれると、ジョージは咄嗟にジェインを隠すように背にしてから、その先を見て硬直した。

 コツコツとヒールの音を鳴らしながら誰かが入って来たのがわかったが、ジェインの前はジョージが立ちふさがり、扉の方は良く見えない。

 僅かに見えるジョージの横顔は、酷く青ざめて見えた。

「そこをどいて、ジョージ」

 なんとなくわかっていたが、やはり、カルミアだった。

「カルミア……別にこれは」

「いいからどきなさいっ!」

 ジョージはカルミアの勢いに負け、スッと横にずれて道を譲る。ジェインはあっさりと差し出されたのだ。

 カルミアはジェインの至近距離まで歩みを進めて止まると、ジェインに向かって慈悲深い笑みを見せつつ、鼻で笑った。

「なんて可哀そうなジェイン……」

 先程までジョージが触れていたジェインの頬を今度はカルミアが撫でる。

「あなたは惨めなんかじゃない。誰かの一番じゃなくてもいいと思う。愛人だってきっと幸せだわ」

 カルミアはジェインよりも年下だが、上から目線で物を言う。親切そうにみせて、言葉の節々にはたっぷりと嫌味を擦り込む。

「でもね、社交界は噂が早いのよ? 気をつけなきゃダメじゃない」

「カルミア、私達は何もしていないし、私はジョージに何も望んでいない」

 カルミアは微笑むだけだった。

「とりあえず、軍施設も見れたし、私はもう王都へ帰るわ。はぁ~、本当ここって軍か、旅人の施設くらいしかなくて飽きるわぁ。買い物するものも、娯楽もない。何の産業も特産物もないのよね。
 王都の方は今年の舞踏会は国王陛下のいとこであられるポルトベリー公爵の屋敷でも開かれるそうよ。やっぱり王都よね~」

 聞いていたジョージが声を上げる。

「もう帰るなんて聞いてなかったよ。それなら急いで支度しないと」

 ジョージが慌てて歩き出そうとすると、カルミアは片手を上げてジョージを制した。

「必要ないわ。今回の舞踏会は一人で行くから」

「おいおい、まさか本気で怒ってるのか?」

「ジョージ、あなたとジェインの事なんて怒るわけないじゃない。だって元々あなたと結婚したのは、あなたが一番ジェインと結婚しそうだったからだもの。全て想定の範疇よ」

「それって、僕達を引き裂くためだけに結婚したのか……?」

「呆れた。政略結婚の意味を理解してる? 継承権のために決まってるじゃない」

「おい、あまり僕を見下して怒らせない方がいい。僕は君と離婚して、第一継承権のあるジェインと結婚することだって出来る」

 それを聞いたカルミアが大きな高笑いを始めた。

「寝ぼけるのも大概にして。不貞を働いたあなたの方から離婚が出来るわけないでしょ。もちろんいずれしてあげるけど、それは今じゃないわ」

「僕は不貞は働いてない」

「もう遅いの。火のない所に煙は立たないわ」

 カルミアは不敵な笑みを浮かべて、部屋を出て行った。

「カルミアっ! 待ってくれ、ちゃんと話そう!!」

 ジョージはなんとも情けない姿を見せながら、慌ててカルミアを追いかけて行った。

 シンッと静まり返った部屋で、ジェインは呆然としていた。

 カルミアは何て言っていた?

 ジョージが一番私と結婚しそうだったから、カルミアは彼と結婚した?

 では、カルミアが邪魔しなければ自分は今頃ジョージと結婚して爵位を継承していたのか?

 ……想像しただけで、寒気がした。

「ジェイン」

 心地よい声音に、急に春が訪れたように花が咲き温まる。見上げれば、胸がギュッと熱く締め付けられた。

「大丈夫か」

 金色の瞳は心配そうにジェインの顔を覗き込み、彼女の頬にそっと手を触れる。

 この手に頬を触れられるのは好きだ。

 金色の瞳がジェインの道を照らし、手の温もりが心を和ませ、渇きを満たしてくれる。

「ああ……良かった。カルミアがジョージと結婚してくれていて……」

「どういうことだ?」

「いや、独り言だ」

 ジェインは感慨深そうに金色の瞳を見つめた。初めてこの瞳を見た時から、ずっと強く惹きつけられていた。必然という言葉がどういうものかを、ようやく知った。

「アマルをもっと知りたくなった」

 アマルは金色の目を細めて微笑む。

「ああ、喜んで。ジェインのことも沢山教えて欲しい」
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