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7.穏やかな時間
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カルミアとジョージが屋敷を去ってからは、アマルは一日のほとんどを屋敷の図書室で過ごしていた。
ジェインは訓練の合間にアマルの様子を見に来るが、アマルが余りにも本に熱中していて何も話せず、いつもとりあえず同じ空間にいるだけ。
今日も図書室を覗きに行けば、アマルは窓際の一人掛けソファに座って集中して本を読んでいた。
当然ジェインが部屋に入ってきてもピクリとも動かない。ジェインは少しつまらなく思いながら、本を片手に空いていた長ソファに座った。
(互いをもっと知りたいと話したばかりなのに、これじゃ何もわからないじゃないか)
ジェインは膨れっ面の顔を本で隠しながら、離れた場所で本を読むアマルを盗み見る。
肘掛けに頬杖をつきながら本に没入しているアマルの姿は、凛々しくて、知的で、絵画の様にいつまでも見ていられる。
いつの間にか怒りも消え失せ、アマルの姿に魅入っていた。
アマルは視線を本に向けたまま、急に笑った。
「そんなに見つめるな。集中出来ない」
「な……何のことだろう」
ジェインは本を読む振りをして誤魔化した。
アマルは本を持って立ち上がると、ジェインの元まで歩いてきて彼女の隣に座り、ジェインの肩を抱き寄せて本を見せた。
「読み聞かせてくれないか?」
「え?」
「たまにこの国独特の単語があるんだ。正しい発音が知りたいから」
「ああ、そうか、ンッ、コホン」
ジェインは最初こそ緊張しながら読んでいたが、段々と緊張もほぐれ、まるで子供に読み聞かせるように穏やかに読み上げていた。
「ジェインの声は心地良い」
アマルは頭をジェインの肩に乗せてジェインの語りに聴き入る。
誘惑的な香りが濃くなり、アマルの呼吸を肩越しに感じ、ジェインはまた緊張してしまい言葉を噛んでしまった。
「ん? そこの発音をもう一度」
「えっと、これは……」
「聞こえない、もう一度」
「だから、これは……」
アマルがジェインのあごを掴み、自分の方に顔を向かせた。
「唇の動きを良く見せて」
アマルの金色の瞳がジェインの唇を見つめている。
ジェインは唇の渇きが無性に気になり始め、意図せず唇を噛みながら舐めてしまった。
「誘ってるのか?」
「ちがっ……そんなわけないだろっ!」
「なんだ、つまらない」
アマルの手がジェインから離れ、ジェインに読んでもらっていた本を取る。
「次は俺が読んでみよう」
アマルが続きのページを読み始めると、彼の低い声音が胸に響いた。
語りに熱が入ってくると、アマルの腕が再びジェインの肩に乗せられ、抱き寄せられた。ジェインはその際少しよろけてアマルの胸に手を置いてしまった。
がっしりとした体型なのはわかっていたし、馬の扱いも軍の誰よりも優れていた。そして、今触れるこの胸板の厚さと硬さは、かなり鍛えている証拠である。
「随分鍛えてるんだな……」
「宝石商だからな」
「宝石商は関係あるのか?」
「あるさ。宝石を持ち運ぶんだから、それなりに狙われる」
「ああ……なるほど。それでアマルのようになるなら、軍の奴らに宝石でも持たせるか」
「はは、それはいいな。さあジェイン、片手が使えないからページをめくってくれないか?」
「鍛えられたこの手を使えばいいじゃないか」
ジェインは肩に乗るアマルの手をぺちぺちと叩く。
「この手はお前を抱き寄せるのに忙しい」
アマルは叩いてきたジェインの手をパッと掴んで握りしめた。
ジェインの手を覆うアマルの手は大きく、ごつごつしていて、視線を登らせていけば、手首から腕にかけて血管が盛り上がり、急にアマルが男性である事を強く意識して真っ赤になってしまった。
「では離そう」
アマルの手が肩から離れ始めた時、ジェインはその手を握り止める。
「このまま……で、いい」
赤くなった顔で俯くジェインをアマルは嬉しそうに眺める。
「まずいな、可愛い過ぎる」
アマルはまたジェインの肩を掴み、先ほどよりも強い力で抱き寄せた。
「では、ここからは共同作業だ。俺が読むからページをめくってくれ」
ジェインは頭をアマルの肩に乗せ、甘く穏やかな時間に浸りながら、顔を綻ばせた。
本を読み終えると、アマルは言い淀みながらジェインに質問した。
「なあ、ジェイン……ジョージと指を使ってやり取りしていた事があったが、あれは何だ?」
「ああ、指話法だよ。耳が聞こえなかったり、声が出せない人とのコミニケーションで使うものだけど、幼い頃にジョージに教えてもらって、一時期二人で夢中になってそれで会話していたんだ」
「そうか」
ジェインが頭を上げてアマルを覗き込めば、少し不満そうだった。
「やきもちか?」
「さあ、どうだろう」
「やきもちだな」
ジェインが揶揄っていれば、急にアマルはジェインを見つめ、真剣な表情を向けてきた。
「ああ、悔しいくらい、妬いてる」
ジェインの心は跳ね上がり、アマルから視線を逸らした。
「ただの指話法だ。ジョージよりも、領地の人達との会話で使う方が多い」
「なんだ、そうなのか」
アマルの嬉しそうな声がジェインの心をまた鳴らす。
「二人の特別な会話かと思った」
「違う」
ジェインはまたアマルの金の瞳を見つめた。アマルは穏やかに微笑んでいる。
「なら良かった」
「うん、良かった……」
ジェインはアマルが嫉妬していた事が内心嬉しくて、はにかみながらアマルの肩に頭を乗せた。
ジェインは訓練の合間にアマルの様子を見に来るが、アマルが余りにも本に熱中していて何も話せず、いつもとりあえず同じ空間にいるだけ。
今日も図書室を覗きに行けば、アマルは窓際の一人掛けソファに座って集中して本を読んでいた。
当然ジェインが部屋に入ってきてもピクリとも動かない。ジェインは少しつまらなく思いながら、本を片手に空いていた長ソファに座った。
(互いをもっと知りたいと話したばかりなのに、これじゃ何もわからないじゃないか)
ジェインは膨れっ面の顔を本で隠しながら、離れた場所で本を読むアマルを盗み見る。
肘掛けに頬杖をつきながら本に没入しているアマルの姿は、凛々しくて、知的で、絵画の様にいつまでも見ていられる。
いつの間にか怒りも消え失せ、アマルの姿に魅入っていた。
アマルは視線を本に向けたまま、急に笑った。
「そんなに見つめるな。集中出来ない」
「な……何のことだろう」
ジェインは本を読む振りをして誤魔化した。
アマルは本を持って立ち上がると、ジェインの元まで歩いてきて彼女の隣に座り、ジェインの肩を抱き寄せて本を見せた。
「読み聞かせてくれないか?」
「え?」
「たまにこの国独特の単語があるんだ。正しい発音が知りたいから」
「ああ、そうか、ンッ、コホン」
ジェインは最初こそ緊張しながら読んでいたが、段々と緊張もほぐれ、まるで子供に読み聞かせるように穏やかに読み上げていた。
「ジェインの声は心地良い」
アマルは頭をジェインの肩に乗せてジェインの語りに聴き入る。
誘惑的な香りが濃くなり、アマルの呼吸を肩越しに感じ、ジェインはまた緊張してしまい言葉を噛んでしまった。
「ん? そこの発音をもう一度」
「えっと、これは……」
「聞こえない、もう一度」
「だから、これは……」
アマルがジェインのあごを掴み、自分の方に顔を向かせた。
「唇の動きを良く見せて」
アマルの金色の瞳がジェインの唇を見つめている。
ジェインは唇の渇きが無性に気になり始め、意図せず唇を噛みながら舐めてしまった。
「誘ってるのか?」
「ちがっ……そんなわけないだろっ!」
「なんだ、つまらない」
アマルの手がジェインから離れ、ジェインに読んでもらっていた本を取る。
「次は俺が読んでみよう」
アマルが続きのページを読み始めると、彼の低い声音が胸に響いた。
語りに熱が入ってくると、アマルの腕が再びジェインの肩に乗せられ、抱き寄せられた。ジェインはその際少しよろけてアマルの胸に手を置いてしまった。
がっしりとした体型なのはわかっていたし、馬の扱いも軍の誰よりも優れていた。そして、今触れるこの胸板の厚さと硬さは、かなり鍛えている証拠である。
「随分鍛えてるんだな……」
「宝石商だからな」
「宝石商は関係あるのか?」
「あるさ。宝石を持ち運ぶんだから、それなりに狙われる」
「ああ……なるほど。それでアマルのようになるなら、軍の奴らに宝石でも持たせるか」
「はは、それはいいな。さあジェイン、片手が使えないからページをめくってくれないか?」
「鍛えられたこの手を使えばいいじゃないか」
ジェインは肩に乗るアマルの手をぺちぺちと叩く。
「この手はお前を抱き寄せるのに忙しい」
アマルは叩いてきたジェインの手をパッと掴んで握りしめた。
ジェインの手を覆うアマルの手は大きく、ごつごつしていて、視線を登らせていけば、手首から腕にかけて血管が盛り上がり、急にアマルが男性である事を強く意識して真っ赤になってしまった。
「では離そう」
アマルの手が肩から離れ始めた時、ジェインはその手を握り止める。
「このまま……で、いい」
赤くなった顔で俯くジェインをアマルは嬉しそうに眺める。
「まずいな、可愛い過ぎる」
アマルはまたジェインの肩を掴み、先ほどよりも強い力で抱き寄せた。
「では、ここからは共同作業だ。俺が読むからページをめくってくれ」
ジェインは頭をアマルの肩に乗せ、甘く穏やかな時間に浸りながら、顔を綻ばせた。
本を読み終えると、アマルは言い淀みながらジェインに質問した。
「なあ、ジェイン……ジョージと指を使ってやり取りしていた事があったが、あれは何だ?」
「ああ、指話法だよ。耳が聞こえなかったり、声が出せない人とのコミニケーションで使うものだけど、幼い頃にジョージに教えてもらって、一時期二人で夢中になってそれで会話していたんだ」
「そうか」
ジェインが頭を上げてアマルを覗き込めば、少し不満そうだった。
「やきもちか?」
「さあ、どうだろう」
「やきもちだな」
ジェインが揶揄っていれば、急にアマルはジェインを見つめ、真剣な表情を向けてきた。
「ああ、悔しいくらい、妬いてる」
ジェインの心は跳ね上がり、アマルから視線を逸らした。
「ただの指話法だ。ジョージよりも、領地の人達との会話で使う方が多い」
「なんだ、そうなのか」
アマルの嬉しそうな声がジェインの心をまた鳴らす。
「二人の特別な会話かと思った」
「違う」
ジェインはまたアマルの金の瞳を見つめた。アマルは穏やかに微笑んでいる。
「なら良かった」
「うん、良かった……」
ジェインはアマルが嫉妬していた事が内心嬉しくて、はにかみながらアマルの肩に頭を乗せた。
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