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12.婚姻予告か、許可証か
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カビ臭い香りが鼻をつき、ジェインはゆっくりと目を開いた。
視界には薄暗い岩肌の天井が見え、状況が理解できず戸惑う。
起き上がってみれば、ジェインは簡易的なベッドの上で眠っていたことを知る。
部屋の中は蝋燭の灯りだけで、窓はなく自然光が入ってこない。鉄製の扉が目に飛び込み、いよいよ慌て出すと、ジャリッという音と共に足に重みを感じた。
足かせだ。
「あの野郎……」
ジェインが拳でドンっと岩肌の壁を叩くと、鉄製の扉がギギっと開き出す。
入ってきた予想外の人物にジェインは驚きが隠せなかった。
「……ジョージ? なぜ?」
医療鞄を持ったジョージが神妙な面持ちで中に入ってきて、鉄の扉を閉じた。
「目が覚めて良かった。ジェインを診るように言われてる。死なれたら困るからと」
「公爵子息か?」
ジョージは節目がちに頷いた。
「なぜジョージが?」
「条件を出されたんだ。黙ってジェインの体調管理をしたら、社交界で流された僕の噂を止めるだけでなく、名誉の回復と、僕に有利な条件でカルミアと離婚させてくれると」
「買収されたのか」
「まあ……そうだけど、君が心配でもあった」
「ここはどこだ?」
「言えない」
「完全に買収されてるじゃないか」
「ジェイン、もう諦めて公爵子息と結婚するんだ。君は舞踏会場だった屋敷のドローイングルームから、乱れた髪型と服装の状態で眠ったまま、公爵子息に抱きかかえられて出てきたそうだ。
大勢の前で公爵子息が眠る君の額にキスをしたそうだよ。そんな姿で、キスまでされてたら、社交界でどんな噂が回ったか想像がつくだろ」
「ジョージの次はアンセルムか……今までが嘘みたいなモテっぷりだな」
ジェインは自嘲めいて笑った。
「冗談を言ってる場合か。僕の時と違って、噂なんかで終わってない。公爵子息は噂を否定するどころか、君との婚姻予告を公示した」
「は?」
「もちろん異議申し立てが殺到してて、おそらく簡単には結婚できない」
「だろうな。だけど、私が眠っている間に手続きを済ませるつもりだったなら、なぜ金を払ってさっさと婚姻許可証を取らなかった? 婚姻予告公示なんてしたら、私が相手では周りから異議が出て結婚できないのは容易に想像出来ただろうに」
「僕もそこは思ったよ。いくら許可証が高くとも、公爵子息が払えないわけないし、結婚する気があるのか無いのか……」
ジェインは無意識に左手の中指を右手でさすり、ハッとした。
「指輪」
「指輪?」
「そうか、私が眠っている間に婚姻予告でアマルをおびき寄せるつもりだったか」
「なぜアマルを?」
「公爵子息よりも優先される王位継承権を持ってるからだよ」
「まさか……あいつがアレッサンドラ王女の子孫だったのか?」
「知ってたのか? 王女に子孫がいる事を」
「ああ、紳士クラブで最近噂になってたから。
国王の容態が悪く、王宮では継承の準備が始まったんだ。それで、どうやらいるらしいとなって。
だけど、国王の容態に関わる話だからかなり緊張感を持って取り扱われていて、紳士クラブ内でしか話題にはなっていない」
「ジョージお願いだ、ここから私を出す手伝いをして欲しい」
「すまないがそれは出来ない」
「ジョージ……」
ジョージは息をスッと吸うと、誰かに聞かせるかのような大きな声で喋り始めた。
「早く公爵子息に謝るんだジェイン」
そう言いながら、ジョージは指を動かして指話法で語り掛けて来る。
“見張りが一人 会話を聞いている”
「ジェイン、僕は絶対に手助けは出来ないからな」
“ここは王都 公爵の屋敷 公爵はいない 子息だけ住む”
ジョージは医療鞄の中からハサミ型の工具を出し、ベッドの上に置いた。
“鎖を切れる 僕が部屋を出たタイミングで”
「待って、ジョージ」
ジェインは声を出して呼び止め、指を動かし指話法で声を掛ける。
“指輪 知らない?”
“諦めろ あるとすれば子息の部屋だ”
“そこはどこ”
“逃げる事だけ考えろ”
“あの指輪は大切なものなの”
“捕まるぞ”
“指輪を取り返す必要がある”
「ジョージ! お願いだ!!」
ジェインは思わず大声を出してしまった。
ジョージはジェインとは目も合わせず、鞄を閉じて立ち上がり、扉に向かう。
「ジョージ……」
扉を開ける前にジョージは振り返り、ジェインに向けて指を動かし始める。
“二階 東端 気を付けて”
ジェインは指を折った。
“また 会おう”
ジョージは軽く笑みを見せると、鉄の扉を開けて出て行った。
扉の向こうで急に大きな音がなり、騒がしくなる。
「うわあっ! 鼠だ! 鼠だ!!」
「わ、どこです!? え? え?」
「うわ、そこ、あ、逃げた、うわ、君の後ろ!!」
ジョージや見張り役が大声を上げてドタバタと走り回る音が聴こえる。ジェインは静かになる前に慌てて工具を手に持ち、足枷を切断する。金属音が鳴ったが、外の騒がしさで上手く掻き消された。
「いやあ、すまない。鼠じゃなかった」
「ハア、ハア、ハア……良かったです」
「あ、彼女だけど目が覚めたから、後ほど使用人に食事を持ってこさせるから、受け取って中に置いて欲しい」
「承知しました」
ジェインは扉に耳をあてて外の様子をうかがう。ジョージが石階段を昇って行く音が響き、その音は遠く離れた。
ベッドの中に戻り、その時を伺う。ジョージが見張り役に伝えていたように、暫くすると扉がまた開いた。
「食事だ」
見張り役が中まで入って来てテーブルの上に食事を置くのを見計らい、ジェインは背後から襲い掛かる。見張り役が声を上げる前に気絶させた。
すぐに見張り役の服を脱がせて、その服に着替えなおし、銃剣と鍵を奪って部屋を出た。
「やっぱり地下牢だったな」
ジェインは地下牢通路を眺めながら、鉄の扉に鍵を掛けた。
地下牢からはすぐに脱出できたが、屋敷内に入ってからは手こずった。使用人が行き交う廊下を越えて二階に行くのは困難で、隠れられそうな小部屋で身を隠して屋敷が寝静まるのを待った。
深夜、二階の東端にある一際大きな扉の前に立つ。
物音を立てないよう、ゆっくりと静かに扉を開けて中に侵入した。
ベッドからは寝息が聞こえ、アンセルムが眠っている事を目視で確認した。持っていた銃剣を構え、ベッドで眠るアンセルムに銃口を向けながら、部屋の中を物色する。だがどこにも見つからず、とうとうアンセルムの眠るベッドサイドテーブルだけが残った。
アンセルムが目覚めないよう、慎重に移動して行く。サイドテーブルに手を伸ばし、引き出しを開けた時、そこに指輪があった。
ジェインは指輪を掴むと制服のポケットに素早くしまった。そしてすぐに部屋を出て行こうとした時、アンセルムが目覚めてしまった。
「夜這い? 刺激的だね」
「動いたら撃つ」
ジェインは銃剣を構えた。
「そんな命中率の低い武器で果たして私を撃てるかな?」
ジェインは返事もせずに一発撃ち込んだ。
アンセルムは大きな音に身体をびくつかせて驚き、立ちこめた白煙で視界が悪くなる。
廊下は銃声で騒がしくなり始めていたので、ジェインは白煙が消えないうちに窓から外に出て、各部屋の窓枠や壁の溝をつたって逃げ、上手く一階に降り脱出が出来た。
とにかくアンセルムから逃げる為、やみくもに街中を走っていれば、馬の蹄の音が聴こえてくる。
王都の騎馬隊だと思ったジェインはここまでかと諦めた時、馬の陰が見えて来て、その馬には人が乗っていない事に気づいた。
「おまえ……」
バーヴェイト・ホールから二日で王都まで共に駆け抜けたジェインの愛馬であった。
馬はジェインの前で止まると、鼻をブヒンブヒン言わせて首を振っていた。
「一体どうやって馬小屋から出て来た? 私が逃げ出したのがわかったのか?」
そんな事を聞いても相手は馬である。わかるはずもない。
だが、愛馬が乗るように言っているのだけはわかり、ジェインは馬を撫でてから飛び乗った。
「バーヴェイト・ホールに戻ろう」
ジェインはオイルランプの照らす王都を愛馬と共に走り去って行った。
視界には薄暗い岩肌の天井が見え、状況が理解できず戸惑う。
起き上がってみれば、ジェインは簡易的なベッドの上で眠っていたことを知る。
部屋の中は蝋燭の灯りだけで、窓はなく自然光が入ってこない。鉄製の扉が目に飛び込み、いよいよ慌て出すと、ジャリッという音と共に足に重みを感じた。
足かせだ。
「あの野郎……」
ジェインが拳でドンっと岩肌の壁を叩くと、鉄製の扉がギギっと開き出す。
入ってきた予想外の人物にジェインは驚きが隠せなかった。
「……ジョージ? なぜ?」
医療鞄を持ったジョージが神妙な面持ちで中に入ってきて、鉄の扉を閉じた。
「目が覚めて良かった。ジェインを診るように言われてる。死なれたら困るからと」
「公爵子息か?」
ジョージは節目がちに頷いた。
「なぜジョージが?」
「条件を出されたんだ。黙ってジェインの体調管理をしたら、社交界で流された僕の噂を止めるだけでなく、名誉の回復と、僕に有利な条件でカルミアと離婚させてくれると」
「買収されたのか」
「まあ……そうだけど、君が心配でもあった」
「ここはどこだ?」
「言えない」
「完全に買収されてるじゃないか」
「ジェイン、もう諦めて公爵子息と結婚するんだ。君は舞踏会場だった屋敷のドローイングルームから、乱れた髪型と服装の状態で眠ったまま、公爵子息に抱きかかえられて出てきたそうだ。
大勢の前で公爵子息が眠る君の額にキスをしたそうだよ。そんな姿で、キスまでされてたら、社交界でどんな噂が回ったか想像がつくだろ」
「ジョージの次はアンセルムか……今までが嘘みたいなモテっぷりだな」
ジェインは自嘲めいて笑った。
「冗談を言ってる場合か。僕の時と違って、噂なんかで終わってない。公爵子息は噂を否定するどころか、君との婚姻予告を公示した」
「は?」
「もちろん異議申し立てが殺到してて、おそらく簡単には結婚できない」
「だろうな。だけど、私が眠っている間に手続きを済ませるつもりだったなら、なぜ金を払ってさっさと婚姻許可証を取らなかった? 婚姻予告公示なんてしたら、私が相手では周りから異議が出て結婚できないのは容易に想像出来ただろうに」
「僕もそこは思ったよ。いくら許可証が高くとも、公爵子息が払えないわけないし、結婚する気があるのか無いのか……」
ジェインは無意識に左手の中指を右手でさすり、ハッとした。
「指輪」
「指輪?」
「そうか、私が眠っている間に婚姻予告でアマルをおびき寄せるつもりだったか」
「なぜアマルを?」
「公爵子息よりも優先される王位継承権を持ってるからだよ」
「まさか……あいつがアレッサンドラ王女の子孫だったのか?」
「知ってたのか? 王女に子孫がいる事を」
「ああ、紳士クラブで最近噂になってたから。
国王の容態が悪く、王宮では継承の準備が始まったんだ。それで、どうやらいるらしいとなって。
だけど、国王の容態に関わる話だからかなり緊張感を持って取り扱われていて、紳士クラブ内でしか話題にはなっていない」
「ジョージお願いだ、ここから私を出す手伝いをして欲しい」
「すまないがそれは出来ない」
「ジョージ……」
ジョージは息をスッと吸うと、誰かに聞かせるかのような大きな声で喋り始めた。
「早く公爵子息に謝るんだジェイン」
そう言いながら、ジョージは指を動かして指話法で語り掛けて来る。
“見張りが一人 会話を聞いている”
「ジェイン、僕は絶対に手助けは出来ないからな」
“ここは王都 公爵の屋敷 公爵はいない 子息だけ住む”
ジョージは医療鞄の中からハサミ型の工具を出し、ベッドの上に置いた。
“鎖を切れる 僕が部屋を出たタイミングで”
「待って、ジョージ」
ジェインは声を出して呼び止め、指を動かし指話法で声を掛ける。
“指輪 知らない?”
“諦めろ あるとすれば子息の部屋だ”
“そこはどこ”
“逃げる事だけ考えろ”
“あの指輪は大切なものなの”
“捕まるぞ”
“指輪を取り返す必要がある”
「ジョージ! お願いだ!!」
ジェインは思わず大声を出してしまった。
ジョージはジェインとは目も合わせず、鞄を閉じて立ち上がり、扉に向かう。
「ジョージ……」
扉を開ける前にジョージは振り返り、ジェインに向けて指を動かし始める。
“二階 東端 気を付けて”
ジェインは指を折った。
“また 会おう”
ジョージは軽く笑みを見せると、鉄の扉を開けて出て行った。
扉の向こうで急に大きな音がなり、騒がしくなる。
「うわあっ! 鼠だ! 鼠だ!!」
「わ、どこです!? え? え?」
「うわ、そこ、あ、逃げた、うわ、君の後ろ!!」
ジョージや見張り役が大声を上げてドタバタと走り回る音が聴こえる。ジェインは静かになる前に慌てて工具を手に持ち、足枷を切断する。金属音が鳴ったが、外の騒がしさで上手く掻き消された。
「いやあ、すまない。鼠じゃなかった」
「ハア、ハア、ハア……良かったです」
「あ、彼女だけど目が覚めたから、後ほど使用人に食事を持ってこさせるから、受け取って中に置いて欲しい」
「承知しました」
ジェインは扉に耳をあてて外の様子をうかがう。ジョージが石階段を昇って行く音が響き、その音は遠く離れた。
ベッドの中に戻り、その時を伺う。ジョージが見張り役に伝えていたように、暫くすると扉がまた開いた。
「食事だ」
見張り役が中まで入って来てテーブルの上に食事を置くのを見計らい、ジェインは背後から襲い掛かる。見張り役が声を上げる前に気絶させた。
すぐに見張り役の服を脱がせて、その服に着替えなおし、銃剣と鍵を奪って部屋を出た。
「やっぱり地下牢だったな」
ジェインは地下牢通路を眺めながら、鉄の扉に鍵を掛けた。
地下牢からはすぐに脱出できたが、屋敷内に入ってからは手こずった。使用人が行き交う廊下を越えて二階に行くのは困難で、隠れられそうな小部屋で身を隠して屋敷が寝静まるのを待った。
深夜、二階の東端にある一際大きな扉の前に立つ。
物音を立てないよう、ゆっくりと静かに扉を開けて中に侵入した。
ベッドからは寝息が聞こえ、アンセルムが眠っている事を目視で確認した。持っていた銃剣を構え、ベッドで眠るアンセルムに銃口を向けながら、部屋の中を物色する。だがどこにも見つからず、とうとうアンセルムの眠るベッドサイドテーブルだけが残った。
アンセルムが目覚めないよう、慎重に移動して行く。サイドテーブルに手を伸ばし、引き出しを開けた時、そこに指輪があった。
ジェインは指輪を掴むと制服のポケットに素早くしまった。そしてすぐに部屋を出て行こうとした時、アンセルムが目覚めてしまった。
「夜這い? 刺激的だね」
「動いたら撃つ」
ジェインは銃剣を構えた。
「そんな命中率の低い武器で果たして私を撃てるかな?」
ジェインは返事もせずに一発撃ち込んだ。
アンセルムは大きな音に身体をびくつかせて驚き、立ちこめた白煙で視界が悪くなる。
廊下は銃声で騒がしくなり始めていたので、ジェインは白煙が消えないうちに窓から外に出て、各部屋の窓枠や壁の溝をつたって逃げ、上手く一階に降り脱出が出来た。
とにかくアンセルムから逃げる為、やみくもに街中を走っていれば、馬の蹄の音が聴こえてくる。
王都の騎馬隊だと思ったジェインはここまでかと諦めた時、馬の陰が見えて来て、その馬には人が乗っていない事に気づいた。
「おまえ……」
バーヴェイト・ホールから二日で王都まで共に駆け抜けたジェインの愛馬であった。
馬はジェインの前で止まると、鼻をブヒンブヒン言わせて首を振っていた。
「一体どうやって馬小屋から出て来た? 私が逃げ出したのがわかったのか?」
そんな事を聞いても相手は馬である。わかるはずもない。
だが、愛馬が乗るように言っているのだけはわかり、ジェインは馬を撫でてから飛び乗った。
「バーヴェイト・ホールに戻ろう」
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