十七歳の春、不本意ながら魔法使いの妻になる

さくらぎしょう

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26. ドライブ

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 エンジンをかけたばかりの車内は蒸し風呂のように熱く、目的地を決める前に窓を全開にして走り出した。

「ごめんな、すぐ冷房効くと思うから。あ、ねえ白高下さん、イケメン君はどこの事務所に所属したの?」

「セラの事務所ですか? IGAMエンターテイメントって言ってましたけど……」

「すごぉ!!」

 私の隣に座る乃杏が、目を輝かせてキャーキャー騒ぎ出した。誰々の事務所だとか、誰々さんに繋がるかなとか、セラを通して友達になれるかなとか、あらぬ妄想を広げていた。

 堂島さんは運転しながら、助手席の真斗にカーナビを指差した。

「真斗君、スマホでIGAMの住所調べてナビ入れてくんない?」

「え? あ、はい」
「ちょ、ちょっと、堂島さん、まさか行くつもりじゃないですよね?」

 慌てて運転席の背もたれを掴んで前のめりになった。真斗も素直にスマホを取り出して検索していた。

 ちょうど信号が赤になって車が停車すると、堂島さんは振り返って満面の笑顔を見せた。

「行っちゃうぞ」

 茶目っ気たっぷりに堂島さんが答えれば、乃杏のテンションは爆上がりだ。

「行っちゃう行っちゃうー!!」

 走り出した車から飛び降りるわけにもいかず、不可抗力でセラの事務所まで向かってしまった。ハイブランドが建ち並び、青々と生い茂る植栽が等間隔に並ぶ通りを車で走っていると、カーナビが「間もなく目的地です」と案内した。

 堂島さんが車の速度を下げ、真斗と乃杏がきょろきょろとその建物を探した。

「あれだ」

 堂島さんの視線の先に、IGAMの事務所があった。

 通り過ぎていく車窓の景色に飛び込んできた事務所は、お父さんが働いていた雑居ビルではなく、伊勢さんが今所属している大手老舗事務所の趣きのある建物とも違い、今の時代を象徴するような、勢いを感じさせる事務所だった。

 都内一等地に建つ鏡のようなガラスに覆われた高層ミラービル。最上階の壁面に掲げられた『IGAM』の文字が、圧倒的な存在感を放っていた。

 まだ歴史は浅く、所属タレントは多くはないが、若い世代から絶大な支持を得ているアーティストや俳優ばかりで、中には世界を活躍の場とした人たちもいた。
 
 ここ数年で一気に大手事務所の仲間入りをし、この事務所に入りたいと熱望する若者はかなり多い。

 異世界とか言われるよりも、こっちの方が生々しい境界線を感じた。

 このまま通り過ぎて進むのだと思っていたら、堂島さんはコインパーキングを見つけて駐車してしまった。

「アイス、食べたくない?」

 堂島さんはそう言ってIGAMの事務所の向かいにあるアイスクリームショップを指差した。

「え、あそこって、うちのお店の近くにもありますよね?」

「ほら、うち今閑古鳥じゃん。なのにご近所の繁盛店に行くって、なんか店長に申し訳なくてさ。ここなら店長に見られないし」

 乃杏も食べたいと騒ぐので、車を降りて反対車線まで横断歩道を渡ってアイスを買いに行った。無事にアイスを手に入れたのはいいが、この猛暑で横断歩道の信号待ちをしている時点でアイスがどんどん溶けていく。だから、まるでフードファイトのように四人でアイスを早食いした。

 全然味わえなかったけど、楽しかった。

 その後は都内を堂島さんがドライブしてくれ、夕方にはちゃんと解散できた。ちゃんと解散させられ、少し名残惜しかった。

 今日の余韻が心地よくて、無意識に笑みをこぼしながら、夜は幸せな気分でベッドに入れた。

 うとうとと瞼を閉じ、夢の世界に半分足を踏み入れた時、ベッドのぬくもりが一段と増した気がした。
 心地よい重みを感じれば、がっしりとした何かに包み込まれている感覚がした。

 覚えのある、甘い男子の匂い。

 ハッと目が覚めれば、セラがいつの間にか私のベッドに潜り込み、私を抱きしめて眠っていた。

「ちょ……ちょっと、起きて。なんでここにいるの!?」

 伊勢さんやフローライトさんに聞こえないよう、必死に声のボリュームを下げてセラを起こした。

 セラがゆっくりと瞼を上げれば、笑うわけでもなく、ふざけるわけでもなく、ただじっと私を見つめてきた。

「ねえ、何してるのって言ってるの」

 私を抱きしめるセラの手に更に力が加わった。

「昼間、なんで僕の事務所の近くにいたの」

「見てたの?」

「見えてたよ」

「あれは……堂島さんに連れて行かれて……」

「真斗と楽しそうにアイスクリームなんて食べちゃって」

「真斗以外もいたでしょ! っていうか、なんでそんなことセラに文句言われないといけないの?」

「僕にヤキモチ焼かせたくてあんなとこで、あんなことしてるんだと思った」

「そんなわけないし、そんなことする理由もないし」

「もう黙って。腹立ってるんだよ」

 セラが私の身体を自分の方へと力強く引き寄せたので、私の顔は完全にセラの胸元で固定された。

「おやすみ」と、頭上から声がして顔を上にあげれば、全然まだ目を開けているセラの顔が唇が触れるか触れないかの距離にあった。

「何? キスして欲しいの?」

 そう、真顔で言ってきた。

「何で私が? 回復が必要でキスをねだるのはそっちでしょ?」

「じゃあ、する?」

 落ち着いた低い声でセラは言うが、胸元にあたる手のひらにはトクトクと心臓の脈打つ音が伝わってきていた。

 断ればいいのに、声が出なくて固まっていると、セラは目を瞑った。

「おやすみ」

 今度は本当に先に寝てしまった。私をがっちりと腕に抱いたまま。

 翌朝目が覚めれば、セラの姿はもうなかった。



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