十七歳の春、不本意ながら魔法使いの妻になる

さくらぎしょう

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34. トランスレーン城

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 伊勢さんの育ったトランスレーン城に招かれると、この場所では温泉が湧くとかで、眠る前に疲れを取った方がいいと言われて城内にある湯殿に案内された。あれよあれよと使用人の女性に服を脱がされ、真っ白な湯気の立ち込める湯殿に一人放り込まれた。
 
 ここがかなり広い空間であることは、湧き出る湯の音が反響しているのでわかった。音で判断するしかないほど湯気で視界不良だ。

 ゆっくりと前に進むと、足元に乳白色の湯が見えた。そっと足先を入れ、深さを確認してゆっくりと湯舟に浸かれば、腰をかけるのにちょうどよい段差があり、肩までつかった。

「はあ~、気持ちい~」

 少し熱めのとろりとした湯が疲れた身体と心に良く沁みた。あまりにも気持ちがよくて、腕を解放するように伸ばせば、ひらりと手に花びらがあたった。
 よく見れば湯舟には彩り豊かな花びらが浮いており、嬉しくなってさらに手を横にも伸ばすと、ぺたりとほどよい弾力と吸着力のある壁に触れた。

「ん?」

 ごつごつとしてはいるが、岩壁ほど硬くなく、絹のような滑らかさがある。

 どんな壁か見えるところまで座る位置を横にずらして行けば、湯気の中から現れたのは、私に背を向けて気不味そうに片手で顔を覆ったセラの姿だった。
 
 私が触れているのは壁ではなく、岩のように固まるセラの背中だったのだ。

 大慌てで手を離して後ずされば、足を滑らせ湯にどぼんと沈む。すぐにセラの両手が私の手を掴んで引き上げてくれた。

 乳白色の湯が胸元まで隠しているのが幸いだった。

「なんでここにいるの!?」

「きっと僕たちが聖配の契約をしているから、夫婦として一緒にここに案内されたんだよ。僕も透子の声が聞こえるまで同じ湯殿だなんて知らなかった」

「夫婦……」

 何も言えない私にセラも合わせてか、変な沈黙が私達の間に流れる……。

 隣り合って座り、黙ったまま二人で湯船に浸かった。

 しばらくすると、セラが静かに声を出した。

「ねえ、透子」

「うん、なに?」

「透子がいるから僕は死なないっていうのは、ずっと聖配でいてくれるってことでいいんだよね?」

「それ、確認する?」

「透子を聖配の縛りから解放してあげるべきか悩んでいたから……」

「ねえ、もしも聖女に聖配の契約を解除してもらうとしたら、どうするの?」

「それ、聞く?」

「うん、一応」

 セラは少し躊躇したけど、間を開けてから教えてくれた。

「魔法使いだけが聖女様のもとに行けばいいんだ。薬指で結ばれた魔法の指輪を聖女様と二人で壊して終わり」

「それだけ? 二人で壊すってどうやって?」

「…………………………不貞」

「え? 何不貞って???」

「言葉のまま。捧げた愛を裏切るんだから、魔法の指輪は壊れてしまう。あとは……」

「まだあるの?」

「魔法が使えなくなる」

「え……それって、かなり深刻な問題じゃない」

「聖女様以外の相手との不貞は指輪が壊れるだけじゃなく、魔法使いは命も失う」

 もう唖然とするしかなかった。聖配の契約を知れば知るほど、普通の婚姻の方がハードルが低く感じた。

「そんなに激しい契約をよく初対面だった私としたね」

「僕の人生は女王陛下に捧げるためだけにあったから。陛下の為ならなんでも出来たんだ。でも今は、あの時透子を聖配として繋ぎ止めた自分を凄く褒めたい気持ちだよ。透子に辿り着けた奇跡を心から感謝してる。
 これからもずっと、僕の聖配でいてくれる? 同情とかで決めないで、本当の気持ちを教えて」

「不貞行為は嫌だな」

「しない」

「じゃあ、契約の解除は出来ない。私は聖配のまま」

 隣に座るセラに微笑んで見せれば、セラは真剣な表情で私に念押ししてきた。

「いいんだね? あとからなしにはさせないよ?」

 私は身体の向きをセラに向け、目を見つめてしっかりと頷いた。
 それを確認したセラは、私の手の甲に恭しくキスをし、上目遣いの鋭い視線で私を射抜いた。

「不貞行為を許さないのは僕の方もだよ。そんなことしたら、相手を魔法で消す」

「私に罰はないの?」

「あるよ。二度とそんな気が起きないくらい愛してあげるから」

「それは……今でもいいかな」

「どうしてそんなに可愛いことを言うようになったの?」

「さあ……」

 私が顔を横に逸らすと、セラは腕を私の肩にまわして、顔をのぞき込んで来た。

「じゃあ、僕も可愛く甘えちゃおうかな」

「甘える?」

「好きって言って」

「言わない」

「ここまできて?」

「そういうのは強要しちゃだめ」

「えー……じゃあ……僕がいっぱい言う」

 セラは姿勢を戻したと思えば、今度は私の耳たぶに唇をあてた。

「好きだよ」

 囁かれた甘い声に、ゾクゾクっとして身体を縮めてしまった。

 固まる私などお構いなしで、いや、それを面白がってか、セラは私のうなじや胸元へと纏わりつくような口づけを始めた。恥ずかしくて瞼を閉じていれば、耳と感覚が研ぎ澄まされてしまい、セラが動くたびに揺らぐ湯のリズムや、滴る優しい水音、触れあう素肌に意識が向いて余計に恥ずかしくなった。 

「大好きだよ、透子。どうしたら僕の気持ち伝わる?」

「もう伝わってるから。のぼせちゃうからもう出よ」

 セラはキスを止め、最後に私の頭を撫でて笑った。

「ごめん。嬉しすぎて調子に乗った。すぐに出よう」

 セラがザッと立ち上がったので、身体を見ないように顔を背けた。

「異世界転移してきた僕たちは時差で寝てないから、風呂から上がったら部屋でしばらく休むようにとカイリ様から言われてる。先に部屋に行って待ってるから」

「うん」

 え? 

「先に部屋で待ってるってどういう……」

 こと?

 私の質問は虚しく、セラはとっくに湯殿を出ていた。

 
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