深く刻まれた皇妃への想い

さくらぎしょう

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1. 封印の部屋

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 貴族や富裕層、選ばれた優秀な人材が在籍しているガレアータ帝国寄宿学校。三百エーカーもある学校の敷地は、その昔は貴族の荘園で、校舎は歴史あるマナーハウスを使用しており、生徒達の宿舎は荘園内に点在している民家を改装して使用している。

 のどかな小さな村の姿をそのまま残しており、荘園時代に畑だった場所もそのままの姿で授業用の農園として利用されていて、学校の管理を任せられた人々が毎朝農作業をしている風景は、宿舎から校舎へと登校する生徒達にかつての荘園の姿を垣間見せている。

 ここには歴史的文化財や資料も少なくなく、敷地内には立入禁止区域あるいは一般公開している場所もあった。

 学舎となる元マナーハウスには正に歴史的文化財として厳重に守られた封印の部屋もあった。その部屋は大昔に消滅した魔法の痕跡を残す部屋で、部屋に続く廊下はチェーンで封鎖されており、生徒はその先には原則進めない。

 規制された薄暗い廊下の先。
 好奇心旺盛な年頃には余計に入りたくなる。

 そしていつしか学校の怪談は広まり始めた。

 “深夜に封印の部屋をノックすると部屋に引きずり込まれ、永遠に出られなくなる”

 生徒会室では、やたらとゴージャスなカナリアブロンドの巻き髪を大きなリボンで結んだ、十五歳にして既に生徒会長のベルティナ・ドロバンディが学校の怪談話をしている。大きな円卓には十三歳から十八歳までの全学年の生徒会メンバーが座って彼女の話を聞いており、その中にひときわ異彩を放つ少年がいた。

 彼の名はフィガロ・ヴァレリアーニ。

 美の神を模した彫刻のように整った顔立ちのフィガロは、艶のあるシルバーの髪を短くしていなければ美少女と間違われてもおかしくなかった。そんな美しい顔を無表情にして生徒会長の話を淡々と聞いている。

「とにかく、ガレアータ帝国寄宿学校への入学をお祝いいたします。そして、生徒会へようこそ、新入生の皆さん」

 生徒会の上級生たちから新入生に拍手が送られると、今年入学した男子二名女子二名の入試上位四名の生徒達が立ち上がり、各々お辞儀やカーテシーをして礼を返す。
 だが上級生の誰もが、新入生のうちの一人にだけ視線を向けていた。

「フィガロ皇子殿下、よろしければこのまま我々と昼食会にご参加ください」

「お招きくださり光栄です」

「とんでもない。私も嬉しいわ」

 ベルティナが立ち上がると、全員が一斉に立ち上がった。
 しかし、ベルティナが新入生の席を見て怪訝な表情を一瞬見せると、新入生の席に向かってにっこりと手を振った。

「新入生はここまででいいのよ。お疲れ様」

 フィガロ皇子は混乱した。
 今確かにこのまま昼食会へと招かれたのに、今度はお疲れ様と言われたのだから。

 訳がわからず、状況が知りたくて隣に立つ同級生達をチラと見れば、素直に受け止めている者もいれば、不満そうな表情の者もいる。
 彼らは高貴なる家の出自で、新入生の中でも特に選ばれた者ばかり。特権意識の強い者ほど、自分が招待を貰えないなど耐えられない屈辱と感じてもおかしくはない。

 フィガロ皇子は、思い切ってベルティナ生徒会長に聞いてみた。

「昼食会をと今言われたばかりですが?」

 生徒会長はとぼけた表情をわざとらしく作り、首を傾げた。

「あら、やだわ。殿下、新入生の皆さんは慣れない場所でお疲れですから、殿下だけ私達とご移動くだされば大丈夫ですよ。彼らの昼食会参加は慣れてきたら・・・・・・、いずれ」

 困惑顔だったフィガロ皇子の表情が無表情に戻った。

「それでしたら、私も今回の参加は控えさせて頂きたくお願い申し上げます」

 フィガロ皇子の返事に、生徒会長は「そう」とだけ答えて、その後は目も合わせようともせずにさっさと部屋を出て行ってしまった。

 生徒会室を出て行く会長を追うように、上級生達はバタバタと部屋を出て行った。

「ヒーローは、さぞご気分が良ろしいことだろうな」

 同じ新入生の男子であるジェズアルド・ソレンギがフィガロ皇子に舌打ちをしてから部屋を出て行った。そして新入生の女子ベッティーナ・フェルミも泣き出し、顔を伏せて走って部屋を出て行く。

 結果、生徒会室に残されたのは、フィガロ皇子と、プラチナブロンドの長い髪を纏めた、落ち着いた雰囲気の女子生徒と二人だけ。二人とも席を立ったまま、そこから先に動けなかった。

「殿下、どうぞ一連の出来事はお気になさらず。それほど殿下が特別な存在ということですので」

「第四皇子は特別ではない事くらい皆知ってるさ。でもお気遣いありがとう、マリエッタ。生徒会メンバーに君がいて心強いよ」

「そのようなお言葉を頂き光栄です」

 マリエッタは流れるように優雅な動作でスカートを軽く持ち上げて頭を下げた。

「どうやら私はたった一日で生徒会メンバーを敵に回してしまったようだ。新入生で次にお声が掛かるとすれば、君かな?」

「あら、私ですか? 新入生生徒会メンバー四人の中で、私の家が最も家格が下ですけど」

「継承権第二位のジョアン皇子の婚約者になったじゃないか」

「まだ婚約者の立場ですし、ジョアン皇子は皇太子ではないですから、そこまで私に取り入ったり、仲間に引き込んだとしても、大したことも出来ませんが」

「ジョアン皇子の母はドロバンディ家出身だ。生徒会長と血縁関係だよ」

「まあ……そうでしたわね。側妃様はドロバンディ家のご出身でした。私自身がいよいよ皇家の婚約者と決まってからは、一層覚える事が多すぎて失念しておりました……」

 マリエッタは額に手をあて、先ほどまでの落ち着きようが剥がれ落ちたかのように動揺を見せている。生まれた時から王族との婚姻を勝ち取るべく、両親やガヴァネスから厳しく躾けられたゆえに、ミスに対して敏感であった。

「マリエッタ、大丈夫かい?」

「あ、ええ、もちろんです。いえ、あの、私、少し外の空気が吸いたくて……」

 心配したフィガロ皇子は、マリエッタを宿舎まで送って帰ることにした。

 生徒会室のある校舎から出れば、秋の涼しい空気が二人の頬を優しく撫でる。眼前には美しい琥珀色の黄葉の景色と、馬車や人が通る一本道には温かな木目のウッドブロックが敷き詰められていた。

 マリエッタはその景色を眺めながら、大きくひとつ深呼吸をした。

 フィガロ皇子は心配そうマリエッタを気遣う。

「落ち着いた?」

「はい……すいません、我儘を言って殿下にまで歩かせてしまい……」

「歩くのは問題ないよ。朝の登校の時は目覚ましに歩いて来ようと思っているし」

「まあ、皇子殿下ともあろうお方が?」

「自転車にした方がいいかな?」

「まあ、皇子殿下ともあろうお方が自転車を?」

 フィガロ皇子とマリエッタは互いを見て笑ってしまった。

 和やかな空気の中で、ふとフィガロ皇子は視線を感じ、反射的に振り返った。本能のままに視線を向けた先は校舎三階のとある窓。

「殿下? いかがなさいましたか?」

「いや、誰かに見られていた気がして……」

「え?」

 フィガロ皇子は校舎の三階窓を指差し、マリエッタに示した。マリエッタもその窓の方を見れば、急に悪戯な笑みを浮かべて皇子に視線を戻す。

「殿下、あのあたりは封印の部屋ですわよ。ふふふ」

「よっ、よせ、その気味の悪い笑い方」

「失礼いたしました。でも、三階のあの辺りに封印の部屋があるのは事実です」

 マリエッタとフィガロ皇子はもう一度校舎の方へと振り返る。遠くに見えるかつては貴族の屋敷であった校舎と、不気味な封印の部屋の窓。貴族屋敷の庭園の名残が色濃く残る広い芝生の校庭と、校舎への侵入を防ぐための背の高い黒いフェンス。
 そして目の前には開かれた大門がある。

 フィガロ皇子は、白い石造りの門柱に円形の何かが描かれている事に気づいた。だがこの時は、柱の模様の一部と思い、深く気に留めなかった。

「……もういいさ、ほら、さっさと歩こう」

 フィガロ皇子は怖気づいていると思われないよう、すました顔を精一杯しながら先に歩き出す。マリエッタは足早に歩くフィガロ皇子の背中を見てクスクスと笑いながら、皇子に駆け寄り、一歩後ろを歩いた。
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