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30.長年のつかえ
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父は視線をあのロッキングチェアに向けた。
「妻を失った悲しみから、私は無気力になり、何もする気が起きなかった。だが、数時間おきにプルムは泣き出し、ミルクやおむつを交換してくれとねだるんだ。重い身体を必死に動かして世話をするが、正常じゃない心の状態で、睡眠不足も重なり、段々と泣き出すプルムが疎ましくなってしまい、出産前の幸せだった妻との時間を思い出して……つい、私は……母親の体温を求めて泣いている君に……最低な言葉を吐いてしまった。生まれて来たプルムには何の罪もないのに、私は……」
私の頬に涙がスッと伝う感触がした。今、私は父と同じことを考えているのだろう……。
「私さえ生まれなければ……」
言葉にしてしまえば、あとは涙が溢れ出して止まらない。私はずっとぽんこつだったけど、母の命を奪い、父を悲しみの淵に落とすほどのポンコツだったとは思っていなかった。
父は黙って立ち上がり、引き出しから手紙を取り出してきて、私にくれた。
その手紙を開くと、綺麗な女性の字で書かれた、私宛の手紙だった。
『愛しい私のプルム 十か月もの間、あなたと常に一緒にいられて本当に幸せでした。あなたが大きく羽ばたけるなら、ママは喜んで全てを捧げられるのよ。生まれてきてくれて本当にありがとう。あなたは望まれて生まれてきたことを絶対に忘れないで』
「マリーは妊娠継続で自分の命が尽きる事を理解してたんだ。その手紙は産院の彼女の枕の下から見つかった。プルムという名前はユグレさんじゃなく、マリーがつけたんだよ。その手紙はプルム宛だから、そのまま持って帰ってもらって構わない」
「あ……ありがとうございます。それと……ごめんなさい……」
父は首を横に振った。
「謝るのは私の方だ。プルムは何も悪くない……悪いのは全て私なんだ」
両手で顔を覆いうなだれる父に、ラミが声を掛けた。
「モルフォさん、極限状態だったにも関わらず、幼い赤ちゃんに手を上げず、魔法界の養護施設までわざわざ預けに行ったのは、モルフォさんがプルムに愛情があったからですよね? 自分のそばにいたらプルムが幸せになれないと思ったから、彼女が幸せになる手段として、預ける選択をしたんじゃないですか?」
「そんな綺麗な話じゃない。私には三時間おきに泣く子を育てられる能力がなかったんだ」
「それでも、モルフォさん自身がうつ病を発症していたかもしれない時期に、泣く子を放っておかず、プルムが生きられる道をどうにか探して、ユグレさんに託してくれました。科学界でなく魔法界の施設だったのも、プルムの持つ力を考えての事ですよね?」
父は思わず顔を上げてラミを見た。
「美談にしないでくれ」
「では、モルフォさんにとって苦しいかもしれませんが、事実を伝えますか? あなたがプルムに術を掛けなければ、マリーさんは死ぬことはなかったです」
ラミの言葉に私も父も、涙も動きも止めてしまった。
「魔法界と科学界のミックスとして生まれる子供は、数は少なくとも毎年います。ちょっと才能のある胎児が魔水晶から振動数を得て魔力を使おうが、科学界の人間の体には悪阻と同様の症状が出るくらいです。プルムの場合は自ら振動数を出していたので、マリーさんは症状が重かったのでしょうが、出産に耐えられないほどではなかったはずです。しかも、プルムが胎児の状態でも振動数を出していたのは、マリーさんの母体に毒素となる振動が蓄積されないよう、また、自分自身の成長が阻害されないよう、小まめに放出していたんだと思います。魔法界の私達も振動を体内に溜め込んでしまうと倒れてしまいますから。
それを、モルフォさんが術でカバーをかけてしまったんです。魔水晶からは振動が遮断されたでしょうが、内側も遮断されてしまい放出が出来なくなった。だから、プルムと母親の身体に振動が溜め込まれ、結果、母体は命を落としたと言う方がほぼ確実でしょう」
父は目を大きく見開き、身体を震わせていた。その震えは怒りなのかわからないが、ラミの言葉は父に深く鋭く突き刺さっているはずだ。
父は急に肩を落とし俯くと、力のない笑い声を出した。
「はは……そうか……薄々気づいていたが、やっぱり私が原因だったか」
父は顔をバッと上げれば、眉間に皺を寄せ、真っ赤に充血した瞳で、まっすぐに私を見て来た。それはとても気迫のこもった表情である。
「……ずっと、プルムを憎みたくなんてなかった。君を心から愛し、抱きしめ、キスをしたかった。なのに、誤った考えが悪魔の様に現れては消えて、私の心を複雑にするんだ。何が正解で、何が間違いだったのか、ずっとずっと悩み苦しんでいた。誰もあれが何だったのか教えてくれなかった。わからなかったんだ。なぜ彼女が死ぬことになったのかなんて。でも、私だったんだ。私の責任なんだ。
プルムから母親を奪ったこと、プルムを施設に預けたこと、心からお詫びする。許してくれだなんていわない。本当に……すまなかった」
「お……お父さん?」
私がお父さんと呼べば、父は驚いた様子で私を見た。そんな父に、精一杯の笑顔を見せる。
「私、ラムセーレ養護施設で幸せに育ったんです。色々な施設がある中で、あんなに良い場所を見つけてくれてありがとうございます。ユグレに聞いたら、あの施設を頼る親は、みんな本当は自分の手で子供を育てたかった人達ばかりだと聞きました。きっと、私のお父さんも、そうだったのかなあ……って期待していたんです」
父は手で口元を覆い、涙を必死に堪えている。
「モルフォさん、僕からもいいですか?」
ラミの声に、父は視線をラミに移す。
「プルムさんという素晴らしい女性を誕生させてくださり、そしてここまで成長できるラムセーレという環境に託してくださり、ありがとうございました。彼女と出会えて、僕がとても幸せです。モルフォさんとマリーさんがプルムを守ってくださったから、僕たちには今があります」
父はラミの言葉を受け、視線をラミから、ラミの左手の薬指に移す。そして、私の左手も見て指輪を確認すれば、目尻を下げながら涙を流し始める。
「ああ、この彼はプルムの……。そうか、プルムが幸せそうで本当に良かった」
「妻を失った悲しみから、私は無気力になり、何もする気が起きなかった。だが、数時間おきにプルムは泣き出し、ミルクやおむつを交換してくれとねだるんだ。重い身体を必死に動かして世話をするが、正常じゃない心の状態で、睡眠不足も重なり、段々と泣き出すプルムが疎ましくなってしまい、出産前の幸せだった妻との時間を思い出して……つい、私は……母親の体温を求めて泣いている君に……最低な言葉を吐いてしまった。生まれて来たプルムには何の罪もないのに、私は……」
私の頬に涙がスッと伝う感触がした。今、私は父と同じことを考えているのだろう……。
「私さえ生まれなければ……」
言葉にしてしまえば、あとは涙が溢れ出して止まらない。私はずっとぽんこつだったけど、母の命を奪い、父を悲しみの淵に落とすほどのポンコツだったとは思っていなかった。
父は黙って立ち上がり、引き出しから手紙を取り出してきて、私にくれた。
その手紙を開くと、綺麗な女性の字で書かれた、私宛の手紙だった。
『愛しい私のプルム 十か月もの間、あなたと常に一緒にいられて本当に幸せでした。あなたが大きく羽ばたけるなら、ママは喜んで全てを捧げられるのよ。生まれてきてくれて本当にありがとう。あなたは望まれて生まれてきたことを絶対に忘れないで』
「マリーは妊娠継続で自分の命が尽きる事を理解してたんだ。その手紙は産院の彼女の枕の下から見つかった。プルムという名前はユグレさんじゃなく、マリーがつけたんだよ。その手紙はプルム宛だから、そのまま持って帰ってもらって構わない」
「あ……ありがとうございます。それと……ごめんなさい……」
父は首を横に振った。
「謝るのは私の方だ。プルムは何も悪くない……悪いのは全て私なんだ」
両手で顔を覆いうなだれる父に、ラミが声を掛けた。
「モルフォさん、極限状態だったにも関わらず、幼い赤ちゃんに手を上げず、魔法界の養護施設までわざわざ預けに行ったのは、モルフォさんがプルムに愛情があったからですよね? 自分のそばにいたらプルムが幸せになれないと思ったから、彼女が幸せになる手段として、預ける選択をしたんじゃないですか?」
「そんな綺麗な話じゃない。私には三時間おきに泣く子を育てられる能力がなかったんだ」
「それでも、モルフォさん自身がうつ病を発症していたかもしれない時期に、泣く子を放っておかず、プルムが生きられる道をどうにか探して、ユグレさんに託してくれました。科学界でなく魔法界の施設だったのも、プルムの持つ力を考えての事ですよね?」
父は思わず顔を上げてラミを見た。
「美談にしないでくれ」
「では、モルフォさんにとって苦しいかもしれませんが、事実を伝えますか? あなたがプルムに術を掛けなければ、マリーさんは死ぬことはなかったです」
ラミの言葉に私も父も、涙も動きも止めてしまった。
「魔法界と科学界のミックスとして生まれる子供は、数は少なくとも毎年います。ちょっと才能のある胎児が魔水晶から振動数を得て魔力を使おうが、科学界の人間の体には悪阻と同様の症状が出るくらいです。プルムの場合は自ら振動数を出していたので、マリーさんは症状が重かったのでしょうが、出産に耐えられないほどではなかったはずです。しかも、プルムが胎児の状態でも振動数を出していたのは、マリーさんの母体に毒素となる振動が蓄積されないよう、また、自分自身の成長が阻害されないよう、小まめに放出していたんだと思います。魔法界の私達も振動を体内に溜め込んでしまうと倒れてしまいますから。
それを、モルフォさんが術でカバーをかけてしまったんです。魔水晶からは振動が遮断されたでしょうが、内側も遮断されてしまい放出が出来なくなった。だから、プルムと母親の身体に振動が溜め込まれ、結果、母体は命を落としたと言う方がほぼ確実でしょう」
父は目を大きく見開き、身体を震わせていた。その震えは怒りなのかわからないが、ラミの言葉は父に深く鋭く突き刺さっているはずだ。
父は急に肩を落とし俯くと、力のない笑い声を出した。
「はは……そうか……薄々気づいていたが、やっぱり私が原因だったか」
父は顔をバッと上げれば、眉間に皺を寄せ、真っ赤に充血した瞳で、まっすぐに私を見て来た。それはとても気迫のこもった表情である。
「……ずっと、プルムを憎みたくなんてなかった。君を心から愛し、抱きしめ、キスをしたかった。なのに、誤った考えが悪魔の様に現れては消えて、私の心を複雑にするんだ。何が正解で、何が間違いだったのか、ずっとずっと悩み苦しんでいた。誰もあれが何だったのか教えてくれなかった。わからなかったんだ。なぜ彼女が死ぬことになったのかなんて。でも、私だったんだ。私の責任なんだ。
プルムから母親を奪ったこと、プルムを施設に預けたこと、心からお詫びする。許してくれだなんていわない。本当に……すまなかった」
「お……お父さん?」
私がお父さんと呼べば、父は驚いた様子で私を見た。そんな父に、精一杯の笑顔を見せる。
「私、ラムセーレ養護施設で幸せに育ったんです。色々な施設がある中で、あんなに良い場所を見つけてくれてありがとうございます。ユグレに聞いたら、あの施設を頼る親は、みんな本当は自分の手で子供を育てたかった人達ばかりだと聞きました。きっと、私のお父さんも、そうだったのかなあ……って期待していたんです」
父は手で口元を覆い、涙を必死に堪えている。
「モルフォさん、僕からもいいですか?」
ラミの声に、父は視線をラミに移す。
「プルムさんという素晴らしい女性を誕生させてくださり、そしてここまで成長できるラムセーレという環境に託してくださり、ありがとうございました。彼女と出会えて、僕がとても幸せです。モルフォさんとマリーさんがプルムを守ってくださったから、僕たちには今があります」
父はラミの言葉を受け、視線をラミから、ラミの左手の薬指に移す。そして、私の左手も見て指輪を確認すれば、目尻を下げながら涙を流し始める。
「ああ、この彼はプルムの……。そうか、プルムが幸せそうで本当に良かった」
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