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2.温かな手は私以外のもの
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みっともなく四つん這いになれば、嘲笑や憐れみ、呆れといった息遣いが聞こえてくる。
穴があったら入りたい。
でも穴はない。
なんで柄にもなく普段よりも高いヒールにしてしまったのか。165センチもあるんだからペタァーンとしたシューズでも良かったじゃない。
そんなことよりすぐにでも立ち上がって皇帝陛下のもとまで歩み出なくては。
足にまとわりつく煩わしい長い裾を掴み上げて立ちあがろうとすると、目の前に男性の両足が現れた。
即座に顔を上げれば、ダレン皇太子殿下がしかめっ面で片手を差し出して待っている。
「お手を」
「え……」
「後ろがつかえてますので早く」
「あ、ああ、申し訳ございません」
慌ててダレン皇太子殿下の差し出された手を掴めば、グイッと引き上げられ、その拍子に私の腰にも手をまわして支えてくださり、難なく立ちあがることができた。
「さあ、早く皇帝陛下から祝福のキスを頂いてください」
ダレン皇太子殿下にせっつかれて前へと足を踏み出した瞬間、足首に鋭い痛みを感じて思わず呻いた。
咄嗟に息を殺して気づかれないように取り繕ったが、すぐそばにいるダレン皇太子殿下はやはり気付いた様子。
「失礼」
急にダレン皇太子殿下が私の裳裾を掴み上げて私に持たせると、次に軽く屈んで私の両脚と背中に腕を回してきた。
「腕を私の首に回して」
「え?」
ダレン皇太子殿下の指示にたじろいでいると、殿下は語気を強める。
「早く」
「は、はい」
冷気すら感じさせる気迫に、思わず返事を返して皇太子殿下の首に腕を回してしまった。
そうすればすぐに身体は浮遊感を感じて殿下の腕の中に収まる。
母国の軍務経験で女性や子供を抱き上げる側になったことはあったけど、殿方に抱き上げて貰う日が来るとは……。
胸を熱くする私とは対照的に、周囲は異常事態に身も心も空気さえも凍りつき、どよめいた。
「皇太子、何をしているんだ」
「皇帝陛下、ユリア公女は足を怪我しています。歩かせないほうがよろしいかと思いますし、すぐに手当もするべきかと思いますので、このまま応接間にお連れいたします」
「ダレン皇太子殿下、ご安心ください。私は歩けます。ですから降ろしてください」
「デビュタントなら少しでも早く舞踏会で踊りたいだろ? ならばすぐに足首を見て貰った方がいい」
「皇帝陛下からの祝福を頂かなくては、祝福も貰えなかった公女と社交界で笑い者です」
私の言葉を聞くなりダレン皇太子殿下の手に力が入り、互いの上半身がより密着すると、まさかとばかりに湧き上がる変な期待に顔を赤らめたものの、殿下の唇が私の額に軽くかすめるくらいで触れた。
まさに、儀礼的で、甘さなど微塵もないものだった。
「陛下の代理として与える。これでいいだろ」
ダレン皇太子殿下はじろりと部屋にいるもの全員に目を向ける。
威圧的で、何か異論でもあるのかと言いたげな目で。
「よろしいのではないですか? この謁見も小一時間ほどは陛下が行い、残りの時間は皇后である私が代理を務めますし。であれば、このような緊急事態での代理が皇太子であっても問題ないのでは」
皇后陛下は部屋中に聞こえるように皇帝陛下に提言した。
「そうとも言えるな。ダレン、うしろがつかえている。早くユリア公女を手当に」
「承知いたしました」
ダレン皇太子殿下は私を抱き抱え、足早に謁見の間を出て行く。
私達のあとを、部屋の隅で控えていた兵士三人が当然のようについてきた。軍服を着用しているので、兵であることには間違いない。ただ、この三人だけが着ている見慣れない軍服からは、どこの兵かわからなかった。
殿下の侍従たちかしら? でも軍服を着ているから……近衛?
空いていた部屋の長ソファに降ろされると、ダレン皇太子殿下は兵士三人にテキパキと指示を出す。兵のうち二人はただちに部屋を出て行き、部屋の中はソファに足を上げて座る私と、私を見下ろすダレン皇太子殿下、そしてその一歩背後で控える気品漂う亜麻色の髪の兵士だけ。
「すぐに医者がくる。それと、お茶や軽食も指示しておいたので、しばらくここでゆっくりしたらいい」
物言いはアリス並に抑揚なく冷たい感じだけど、気遣いが嬉しかった。
「心より感謝申し上げます。この御恩をお返しするにはどうしたらよろしいでしょうか」
「何も必要ない。私も次の予定があって部屋を出ないといけなかったから、ついでだ」
ダレン皇太子殿下の言葉に、すかさず亜麻色の髪の兵士が手を上げて声をかける。
「殿下、その次のご予定であります接見会の準備にそろそろ向かわれませんと」
「ああ、やはりデビュタントの謁見会に顔を出す時間は僅かしかなかったな」
「ですから散々申し上げたじゃないですか、行く時間などないと」
「そうは言っても、今日は婚約者がデビュタントとして陛下に謁見に来る予定と聞いたら行くべきだろう」
なんとびっくり、殿下にはすでに決まった方がいた。
この悲報に悲しみはなく、落胆と、わずかな羞恥心。
他に女性がいる相手に突進しようとしていたとは、なんとも恥ずかしい。
皇太子以外で結婚相手の候補を見つけなくてはならない。
出来るだけ地位が高く、お母様に喜んでもらえるような相手を。
穴があったら入りたい。
でも穴はない。
なんで柄にもなく普段よりも高いヒールにしてしまったのか。165センチもあるんだからペタァーンとしたシューズでも良かったじゃない。
そんなことよりすぐにでも立ち上がって皇帝陛下のもとまで歩み出なくては。
足にまとわりつく煩わしい長い裾を掴み上げて立ちあがろうとすると、目の前に男性の両足が現れた。
即座に顔を上げれば、ダレン皇太子殿下がしかめっ面で片手を差し出して待っている。
「お手を」
「え……」
「後ろがつかえてますので早く」
「あ、ああ、申し訳ございません」
慌ててダレン皇太子殿下の差し出された手を掴めば、グイッと引き上げられ、その拍子に私の腰にも手をまわして支えてくださり、難なく立ちあがることができた。
「さあ、早く皇帝陛下から祝福のキスを頂いてください」
ダレン皇太子殿下にせっつかれて前へと足を踏み出した瞬間、足首に鋭い痛みを感じて思わず呻いた。
咄嗟に息を殺して気づかれないように取り繕ったが、すぐそばにいるダレン皇太子殿下はやはり気付いた様子。
「失礼」
急にダレン皇太子殿下が私の裳裾を掴み上げて私に持たせると、次に軽く屈んで私の両脚と背中に腕を回してきた。
「腕を私の首に回して」
「え?」
ダレン皇太子殿下の指示にたじろいでいると、殿下は語気を強める。
「早く」
「は、はい」
冷気すら感じさせる気迫に、思わず返事を返して皇太子殿下の首に腕を回してしまった。
そうすればすぐに身体は浮遊感を感じて殿下の腕の中に収まる。
母国の軍務経験で女性や子供を抱き上げる側になったことはあったけど、殿方に抱き上げて貰う日が来るとは……。
胸を熱くする私とは対照的に、周囲は異常事態に身も心も空気さえも凍りつき、どよめいた。
「皇太子、何をしているんだ」
「皇帝陛下、ユリア公女は足を怪我しています。歩かせないほうがよろしいかと思いますし、すぐに手当もするべきかと思いますので、このまま応接間にお連れいたします」
「ダレン皇太子殿下、ご安心ください。私は歩けます。ですから降ろしてください」
「デビュタントなら少しでも早く舞踏会で踊りたいだろ? ならばすぐに足首を見て貰った方がいい」
「皇帝陛下からの祝福を頂かなくては、祝福も貰えなかった公女と社交界で笑い者です」
私の言葉を聞くなりダレン皇太子殿下の手に力が入り、互いの上半身がより密着すると、まさかとばかりに湧き上がる変な期待に顔を赤らめたものの、殿下の唇が私の額に軽くかすめるくらいで触れた。
まさに、儀礼的で、甘さなど微塵もないものだった。
「陛下の代理として与える。これでいいだろ」
ダレン皇太子殿下はじろりと部屋にいるもの全員に目を向ける。
威圧的で、何か異論でもあるのかと言いたげな目で。
「よろしいのではないですか? この謁見も小一時間ほどは陛下が行い、残りの時間は皇后である私が代理を務めますし。であれば、このような緊急事態での代理が皇太子であっても問題ないのでは」
皇后陛下は部屋中に聞こえるように皇帝陛下に提言した。
「そうとも言えるな。ダレン、うしろがつかえている。早くユリア公女を手当に」
「承知いたしました」
ダレン皇太子殿下は私を抱き抱え、足早に謁見の間を出て行く。
私達のあとを、部屋の隅で控えていた兵士三人が当然のようについてきた。軍服を着用しているので、兵であることには間違いない。ただ、この三人だけが着ている見慣れない軍服からは、どこの兵かわからなかった。
殿下の侍従たちかしら? でも軍服を着ているから……近衛?
空いていた部屋の長ソファに降ろされると、ダレン皇太子殿下は兵士三人にテキパキと指示を出す。兵のうち二人はただちに部屋を出て行き、部屋の中はソファに足を上げて座る私と、私を見下ろすダレン皇太子殿下、そしてその一歩背後で控える気品漂う亜麻色の髪の兵士だけ。
「すぐに医者がくる。それと、お茶や軽食も指示しておいたので、しばらくここでゆっくりしたらいい」
物言いはアリス並に抑揚なく冷たい感じだけど、気遣いが嬉しかった。
「心より感謝申し上げます。この御恩をお返しするにはどうしたらよろしいでしょうか」
「何も必要ない。私も次の予定があって部屋を出ないといけなかったから、ついでだ」
ダレン皇太子殿下の言葉に、すかさず亜麻色の髪の兵士が手を上げて声をかける。
「殿下、その次のご予定であります接見会の準備にそろそろ向かわれませんと」
「ああ、やはりデビュタントの謁見会に顔を出す時間は僅かしかなかったな」
「ですから散々申し上げたじゃないですか、行く時間などないと」
「そうは言っても、今日は婚約者がデビュタントとして陛下に謁見に来る予定と聞いたら行くべきだろう」
なんとびっくり、殿下にはすでに決まった方がいた。
この悲報に悲しみはなく、落胆と、わずかな羞恥心。
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