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4.私達の秘密を知った殿下
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「フレスラン公国公子……?」
アリステアの挨拶に、エルダンリ王太子が私に視線を向ける。
「ええ、エルダンリ王太子殿下、弟のアリステアでございます。どうか突然の入室お許しを。私しかいないと思っていたのです」
だが、エルダンリ王太子は気に食わないことの連発だったようで、ふんっと鼻を鳴らしてアリステアから顔を背け、ふたたび私を見つめた。
「この部屋では私は邪魔だったようだ」
「そのようなことは……」
本音では邪魔だ。彼がいたら私は着替えられないから。
機嫌が悪かったはずのエルダンリ王太子が、私の右手を両手で優しく掴み、またも手の甲にキスをしてきた。
女好きは機嫌を損ねても女にキスをするのか?
そして、先ほど地面に組み伏せた女になぜか熱い眼差しを向けてくる。
これが誘うような視線というものか。
小説の文字でしか見たことがない言葉だったけど、違う意味でクラッときた。
「ボンパルト伯爵家の舞踏会では、私と踊らないか」
「それはその……」
「蹴られた場所が痛むなぁ。あ、倒された時の背骨にヒビいった気がする」
「まさかっ」
「踊ってくれたら、先ほどの無礼は忘れるよ」
頷く以外もう残されていなかった。
エルダンリ王太子はにこりと微笑み、手を振って部屋を出て行った。
その間、アリステアは存在などないかのように王太子から一度も視線を向けられなかった。
「感じ悪……マイルースにだけは嫁ぎたくない。それよりユリア、早く着替えてください。皇太子殿下との接見会ですよ」
「そもそもアリス、違った、アリステアが私のドレスの裾を踏むからこんなことになったんでしょ!」
「見事な転げっぷりでしたね。そのあとの私の陛下への謁見は完璧でしたよ。皇太子殿下の花嫁は私で決まりです」
「残念ね。皇太子殿下はあなたに興味は示さないわ。すでに婚約者がいたわよ」
「へえ、じゃあもうユリアは女でいる必要はないですね」
「何でよ? 別に皇太子以外でも結婚相手の候補はいるでしょ」
会話をしながらトランクからフレスラン公国軍の軍服を出したアリステアは、私にそれを投げてきた。
「ちょっと、軍服は大切にしなさいよ」
「それより時間がないですよ。早く着替えてください」
「ああ、そうだったわ」
アリステアがドレスを脱ぐのを手伝ってくれていると、またも突然扉が開いた。
開かれた扉にはダレン皇太子殿下。
……なぜ帝国の男はノックをしない。
さて、この状況、かなりまずい。
嫁入り前の娘が男と密室で二人きりでいることは——ま、まぁ……ままあったとしても、誰かに見られるというのはとてもよくない。
純潔を疑われる。
そして、この状況。
男と二人きりどころか、思いきり服を脱がされている……。
ダレン皇太子殿下が私たちと視線を合わせないように扉をそっと閉めようとしたので、私は飛び掛かるように扉に駆けつけてしがみつき、ドアノブを引っ張って必死に食い止めた。
「まままままままま、待ってください! 弟です!! 着替えを手伝ってくれているだけです!!!」
「弟でも普通は姉の着替えを手伝わないだろう!!」
「いえ、我が家では当たり前の事なんです!!」
「わかった。私は何も見ていない。離せ」
皇太子殿下と扉を引っ張り合いながら、必死に言い訳をする。
このまま皇太子殿下を行かせれば、社交界での醜聞は必須。ユリアの状態での結婚は望めなくなる。
火事場の馬鹿力だろう。思い切りドアノブを引っ張れば、とうとうダレン皇太子殿下の方が体勢を崩して部屋の中に転がり込んだ。
そのタイミングで、もちろん扉は締めて施錠も完了する。
アリステアが傍観者なのは、あいつは今は男の姿だから女性時のアリスの評判に何も影響がないから。むしろチャンスだとでも思っているはず。
ぜえぜえと息を荒げながら、はだけたドレス姿でダレン皇太子殿下を見下ろす。
「殿下……こうなったからには真実を打ち明けます」
「いや、いい」
「いえ、だめです」
急いで目を閉じれば、身体が変化する感覚が現れる。
背は十五センチ伸び、身体の丸みがごつごつと筋張っていく。
ドレスを脱ぎ切らずに変化を始めたものだから、窮屈さを感じた部分から布が裂ける音が始まり、殿下の喉元あたりから声にならない音が聞こえた。
目を開ければ近くの鏡には見慣れた男の姿が映っていた。
男性の状態で破れたドレス姿というのは初めてだけど……。
呆気に取られるダレン皇太子殿下の前で改めてお辞儀をした。
喉ぼとけが突出したため、声も低くなる。
「フレスラン公国の第一子、ユリアス・グローヴァーと申します。フレスラン公爵家の子は両性生殖線を持って生まれる為、成長後に性別が確定します。なので、産まれた時に男女両方の名を与えられ、姿に合わせて男名と女名を使い分けています」
アリステアの挨拶に、エルダンリ王太子が私に視線を向ける。
「ええ、エルダンリ王太子殿下、弟のアリステアでございます。どうか突然の入室お許しを。私しかいないと思っていたのです」
だが、エルダンリ王太子は気に食わないことの連発だったようで、ふんっと鼻を鳴らしてアリステアから顔を背け、ふたたび私を見つめた。
「この部屋では私は邪魔だったようだ」
「そのようなことは……」
本音では邪魔だ。彼がいたら私は着替えられないから。
機嫌が悪かったはずのエルダンリ王太子が、私の右手を両手で優しく掴み、またも手の甲にキスをしてきた。
女好きは機嫌を損ねても女にキスをするのか?
そして、先ほど地面に組み伏せた女になぜか熱い眼差しを向けてくる。
これが誘うような視線というものか。
小説の文字でしか見たことがない言葉だったけど、違う意味でクラッときた。
「ボンパルト伯爵家の舞踏会では、私と踊らないか」
「それはその……」
「蹴られた場所が痛むなぁ。あ、倒された時の背骨にヒビいった気がする」
「まさかっ」
「踊ってくれたら、先ほどの無礼は忘れるよ」
頷く以外もう残されていなかった。
エルダンリ王太子はにこりと微笑み、手を振って部屋を出て行った。
その間、アリステアは存在などないかのように王太子から一度も視線を向けられなかった。
「感じ悪……マイルースにだけは嫁ぎたくない。それよりユリア、早く着替えてください。皇太子殿下との接見会ですよ」
「そもそもアリス、違った、アリステアが私のドレスの裾を踏むからこんなことになったんでしょ!」
「見事な転げっぷりでしたね。そのあとの私の陛下への謁見は完璧でしたよ。皇太子殿下の花嫁は私で決まりです」
「残念ね。皇太子殿下はあなたに興味は示さないわ。すでに婚約者がいたわよ」
「へえ、じゃあもうユリアは女でいる必要はないですね」
「何でよ? 別に皇太子以外でも結婚相手の候補はいるでしょ」
会話をしながらトランクからフレスラン公国軍の軍服を出したアリステアは、私にそれを投げてきた。
「ちょっと、軍服は大切にしなさいよ」
「それより時間がないですよ。早く着替えてください」
「ああ、そうだったわ」
アリステアがドレスを脱ぐのを手伝ってくれていると、またも突然扉が開いた。
開かれた扉にはダレン皇太子殿下。
……なぜ帝国の男はノックをしない。
さて、この状況、かなりまずい。
嫁入り前の娘が男と密室で二人きりでいることは——ま、まぁ……ままあったとしても、誰かに見られるというのはとてもよくない。
純潔を疑われる。
そして、この状況。
男と二人きりどころか、思いきり服を脱がされている……。
ダレン皇太子殿下が私たちと視線を合わせないように扉をそっと閉めようとしたので、私は飛び掛かるように扉に駆けつけてしがみつき、ドアノブを引っ張って必死に食い止めた。
「まままままままま、待ってください! 弟です!! 着替えを手伝ってくれているだけです!!!」
「弟でも普通は姉の着替えを手伝わないだろう!!」
「いえ、我が家では当たり前の事なんです!!」
「わかった。私は何も見ていない。離せ」
皇太子殿下と扉を引っ張り合いながら、必死に言い訳をする。
このまま皇太子殿下を行かせれば、社交界での醜聞は必須。ユリアの状態での結婚は望めなくなる。
火事場の馬鹿力だろう。思い切りドアノブを引っ張れば、とうとうダレン皇太子殿下の方が体勢を崩して部屋の中に転がり込んだ。
そのタイミングで、もちろん扉は締めて施錠も完了する。
アリステアが傍観者なのは、あいつは今は男の姿だから女性時のアリスの評判に何も影響がないから。むしろチャンスだとでも思っているはず。
ぜえぜえと息を荒げながら、はだけたドレス姿でダレン皇太子殿下を見下ろす。
「殿下……こうなったからには真実を打ち明けます」
「いや、いい」
「いえ、だめです」
急いで目を閉じれば、身体が変化する感覚が現れる。
背は十五センチ伸び、身体の丸みがごつごつと筋張っていく。
ドレスを脱ぎ切らずに変化を始めたものだから、窮屈さを感じた部分から布が裂ける音が始まり、殿下の喉元あたりから声にならない音が聞こえた。
目を開ければ近くの鏡には見慣れた男の姿が映っていた。
男性の状態で破れたドレス姿というのは初めてだけど……。
呆気に取られるダレン皇太子殿下の前で改めてお辞儀をした。
喉ぼとけが突出したため、声も低くなる。
「フレスラン公国の第一子、ユリアス・グローヴァーと申します。フレスラン公爵家の子は両性生殖線を持って生まれる為、成長後に性別が確定します。なので、産まれた時に男女両方の名を与えられ、姿に合わせて男名と女名を使い分けています」
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