グローヴァー姉妹の選択

さくらぎしょう

文字の大きさ
4 / 18

4.私達の秘密を知った殿下

しおりを挟む
「フレスラン公国公子……?」 

 アリステアの挨拶に、エルダンリ王太子が私に視線を向ける。

「ええ、エルダンリ王太子殿下、弟のアリステアでございます。どうか突然の入室お許しを。私しかいないと思っていたのです」

 だが、エルダンリ王太子は気に食わないことの連発だったようで、ふんっと鼻を鳴らしてアリステアから顔を背け、ふたたび私を見つめた。

「この部屋では私は邪魔だったようだ」

「そのようなことは……」

 本音では邪魔だ。彼がいたら私は着替えられないから。

 機嫌が悪かったはずのエルダンリ王太子が、私の右手を両手で優しく掴み、またも手の甲にキスをしてきた。

 女好きは機嫌を損ねても女にキスをするのか?

 そして、先ほど地面に組み伏せた女になぜか熱い眼差しを向けてくる。

 これが誘うような視線というものか。

 小説の文字でしか見たことがない言葉だったけど、違う意味でクラッときた。

「ボンパルト伯爵家の舞踏会では、私と踊らないか」

「それはその……」

「蹴られた場所が痛むなぁ。あ、倒された時の背骨にヒビいった気がする」

「まさかっ」

「踊ってくれたら、先ほどの無礼は忘れるよ」

 頷く以外もう残されていなかった。

 エルダンリ王太子はにこりと微笑み、手を振って部屋を出て行った。

 その間、アリステアは存在などないかのように王太子から一度も視線を向けられなかった。

「感じ悪……マイルースにだけは嫁ぎたくない。それよりユリア、早く着替えてください。皇太子殿下との接見会ですよ」

「そもそもアリス、違った、アリステアが私のドレスの裾を踏むからこんなことになったんでしょ!」

「見事な転げっぷりでしたね。そのあとの私の陛下への謁見は完璧でしたよ。皇太子殿下の花嫁は私で決まりです」

「残念ね。皇太子殿下はあなたに興味は示さないわ。すでに婚約者がいたわよ」

「へえ、じゃあもうユリアは女でいる必要はないですね」

「何でよ? 別に皇太子以外でも結婚相手の候補はいるでしょ」

 会話をしながらトランクからフレスラン公国軍の軍服を出したアリステアは、私にそれを投げてきた。

「ちょっと、軍服は大切にしなさいよ」

「それより時間がないですよ。早く着替えてください」

「ああ、そうだったわ」
  
 アリステアがドレスを脱ぐのを手伝ってくれていると、またも突然扉が開いた。

 開かれた扉にはダレン皇太子殿下。

 ……なぜ帝国の男はノックをしない。

 さて、この状況、かなりまずい。

 嫁入り前の娘が男と密室で二人きりでいることは——ま、まぁ……ままあったとしても、誰かに見られるというのはとてもよくない。
 
 純潔を疑われる。

 そして、この状況。

 男と二人きりどころか、思いきり服を脱がされている……。

 ダレン皇太子殿下が私たちと視線を合わせないように扉をそっと閉めようとしたので、私は飛び掛かるように扉に駆けつけてしがみつき、ドアノブを引っ張って必死に食い止めた。

「まままままままま、待ってください! 弟です!! 着替えを手伝ってくれているだけです!!!」

「弟でも普通は姉の着替えを手伝わないだろう!!」

「いえ、我が家では当たり前の事なんです!!」

「わかった。私は何も見ていない。離せ」

 皇太子殿下と扉を引っ張り合いながら、必死に言い訳をする。

 このまま皇太子殿下を行かせれば、社交界での醜聞は必須。ユリアの状態での結婚は望めなくなる。

 火事場の馬鹿力だろう。思い切りドアノブを引っ張れば、とうとうダレン皇太子殿下の方が体勢を崩して部屋の中に転がり込んだ。

 そのタイミングで、もちろん扉は締めて施錠も完了する。

 アリステアが傍観者なのは、あいつは今は男の姿だから女性時のアリスの評判に何も影響がないから。むしろチャンスだとでも思っているはず。

 ぜえぜえと息を荒げながら、はだけたドレス姿でダレン皇太子殿下を見下ろす。

「殿下……こうなったからには真実を打ち明けます」

「いや、いい」

「いえ、だめです」

 急いで目を閉じれば、身体が変化する感覚が現れる。

 背は十五センチ伸び、身体の丸みがごつごつと筋張っていく。

 ドレスを脱ぎ切らずに変化を始めたものだから、窮屈さを感じた部分から布が裂ける音が始まり、殿下の喉元あたりから声にならない音が聞こえた。

 目を開ければ近くの鏡には見慣れた男の姿が映っていた。

 男性の状態で破れたドレス姿というのは初めてだけど……。

 呆気に取られるダレン皇太子殿下の前で改めてお辞儀をした。

 喉ぼとけが突出したため、声も低くなる。

「フレスラン公国の第一子、ユリアス・グローヴァーと申します。フレスラン公爵家の子は両性生殖線を持って生まれる為、成長後に性別が確定します。なので、産まれた時に男女両方の名を与えられ、姿に合わせて男名と女名を使い分けています」






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

悪役令嬢として断罪された聖女様は復讐する

青の雀
恋愛
公爵令嬢のマリアベルーナは、厳しい母の躾により、完ぺきな淑女として生まれ育つ。 両親は政略結婚で、父は母以外の女性を囲っていた。 母の死後1年も経たないうちに、その愛人を公爵家に入れ、同い年のリリアーヌが異母妹となった。 リリアーヌは、自分こそが公爵家の一人娘だと言わんばかりにわが物顔で振る舞いマリアベルーナに迷惑をかける。 マリアベルーナには、5歳の頃より婚約者がいて、第1王子のレオンハルト殿下も、次第にリリアーヌに魅了されてしまい、ついには婚約破棄されてしまう。 すべてを失ったマリアベルーナは悲しみのあまり、修道院へ自ら行く。 修道院で聖女様に覚醒して…… 大慌てになるレオンハルトと公爵家の人々は、なんとかマリアベルーナに戻ってきてもらおうとあの手この手を画策するが マリアベルーナを巡って、各国で戦争が起こるかもしれない 完ぺきな淑女の上に、完ぺきなボディライン、完ぺきなお妃教育を持った聖女様は、自由に羽ばたいていく 今回も短編です 誰と結ばれるかは、ご想像にお任せします♡

愚者による愚行と愚策の結果……《完結》

アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。 それが転落の始まり……ではなかった。 本当の愚者は誰だったのか。 誰を相手にしていたのか。 後悔は……してもし足りない。 全13話 ‪☆他社でも公開します

その国が滅びたのは

志位斗 茂家波
ファンタジー
3年前、ある事件が起こるその時まで、その国は栄えていた。 だがしかし、その事件以降あっという間に落ちぶれたが、一体どういうことなのだろうか? それは、考え無しの婚約破棄によるものであったそうだ。 息抜き用婚約破棄物。全6話+オマケの予定。 作者の「帰らずの森のある騒動記」という連載作品に乗っている兄妹が登場。というか、これをそっちの乗せたほうが良いんじゃないかと思い中。 誤字脱字があるかもしれません。ないように頑張ってますが、御指摘や改良点があれば受け付けます。

セラフィーネの選択

棗らみ
恋愛
「彼女を壊してくれてありがとう」 王太子は願った、彼女との安寧を。男は願った己の半身である彼女を。そして彼女は選択したー

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

覚悟はありますか?

翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。 「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」 ご都合主義な創作作品です。 異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。 恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。

婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他

猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。 大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。

処理中です...