元ヤン辺境伯令嬢は今生では王子様とおとぎ話の様な恋がしたくて令嬢らしくしていましたが、中身オラオラな近衛兵に執着されてしまいました

さくらぎしょう

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12. 大和の家

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 「乗って」
 
 大和はジーンズとミリタリージャケットの私服姿でバイクに跨り、ゆかりにヘルメットを手渡す。付き合い始めて一年になるが、初めて大和の家に行く。彼は祖母と一緒に暮らしていると聞いていたゆかりは、少し緊張しながらヘルメットを被り、大和の後ろに乗って彼の身体にしっかりと腕を回した。
 
 都心からは車で一時間ほど、ゆかりの家からなら一時間もかからない場所だが、大和の家がある町まで来ると、それまで高い建物と人や車で溢れていた風景ががらりと変わり、自然と人々の生活が調和したような場所だった。
 ゆかりが驚いたのは、大和の家だった。白壁に囲まれ、屋根のある立派な木戸門をくぐると、石畳が続く先に大きな日本家屋の母屋があり、その近くに蔵と離れもあった。

 「大和……あなたって何者?」

 その質問に大和はフフッとだけ笑う。

 母屋の玄関の引き戸をカラカラと開けると、広い玄関には快活そうな老女が立っていた。

 「はっ、初めまして。坂井紫と申します」

 九十度にお辞儀するゆかりに、祖母は優しく微笑んだ。

 「よく来たね。ささ入って。まずは大和の母親に挨拶して来なさい」
 「母親?」
 「ああ、こっち」

 大和に案内された仏間の仏壇には、彼の母親の遺影があった。

 「こっちの白黒写真が大和の祖父で、その隣がこの子の母親だよ」

 後ろからついて来た祖母がゆかりに説明する。三人で仏壇の前で手を合わせると、居間に通された。そこには美味しそうな祖母の手料理が沢山並べられていた。

 「わあ、美味しそう」
 「さあ、遠慮なく食べておくれ」

 ゆかりはこんなに温かい食卓は初めてだった。幼い頃から毎日一人でコンビニのお弁当を食べるのが当たり前だったので、目の前の料理はどれも素朴だが、自分の為に誰かがご飯を作ってくれて、賑やかに食卓を囲めるのは最高のご馳走だった。

 「美味しそうに食べてくれて、作り甲斐があるね。それにしても大和なんかによくこんなべっぴんさんが惚れてくれたね……」
 「ばあちゃん、俺も一応イケメン枠だよ? かなりモテるからな」
 「え? モテるって、ちょっと」

 ゆかりは大和のモテる発言に少しもやもやした。そして何を思ったのか祖母が凄い発言をする。
 
 「あー、そうだそうだ。大和の部屋には昔から取っ替え引っ替え女の子が来てたねえ」
 「は?」

 ゆかりの表情が一気に曇る。大和は慌ててゆかりに向かって手を横に振った。
 
 「おい、やめろよ、別れさせたいのか? ゆかりと出会ってからは一度も他の女連れてきてないだろ?」

 祖母は大笑いしながら頷く。

 「そうそう、急にぴたりと誰も連れてこなくなったと思ったら、本命が出来てたんだよ」
 「本命……?」
 「お前の事に決まってんだろ」

 大和は照れていた。大和の祖母はすっかりゆかりを気に入っているようだった。

 母屋のそばに建つ離れが大和の部屋だった。部屋というよりも、離れにはキッチンもお風呂もあり、立派な戸建て住居であった。
 離れの鍵をガチャガチャ開ける大和に、ゆかりは質問した。

 「大和ってクォーター?」

 鍵が開き、大和は格子のガラス戸を開けてゆかりを先に通す。

 「じーちゃんがアメリカ人で、じーちゃんと日本人のばあちゃんとの間の娘のかあちゃんがハーフだろ。で、俺はアメリカ人の父親と、ハーフのかあちゃんの子供で……そう言うのなんて言うの?」
 「へー、大和のお父さんもアメリカ人なの」
 「そうだよ」
 「前から思ってたけど、その容姿でそのルーツで、何で大和なの?」

 部屋に入ると、障子のある和室に西洋家具が置かれ、和洋折衷の部屋は大正ロマンそのものであった。その部屋に西洋人のような顔立ちの大和が入ると、時代モノ小説の主人公の様であり、ゆかりはときめいた。

 「両親がヤッて俺が出来た場所が大和」
 「は? 何その、雰囲気ぶち壊すような発言」
 
 急速にゆかりの大正ロマンが音を立てて崩れていった。

 「俺の父親、アメリカ海軍だったんだよ。大和は基地がある場所」
 「あ、大和市」
 「別に遊びとかじゃなくて、ちゃんと恋人同士だったみたいよ? 俺が出来たのがわかったのが、父親が翌日には勤務地異動で中東に出発する時だったらしくて、危険な場所で母ちゃん連れてく事も出来なかったから、戻るまで待っててくれって。ちゃんとずっと手紙やたまに国際電話もあっちからきてたって。俺の名前は父親がつけたんだってさ」

 大和は喋りながらゆかりの手を引いてベッドに連れて行き、彼女を座らせて自分も横に座る。
 
 「アメリカ人のお父さんが大和って純和風な名前つけたの?」
 「アメリカ名もミドルネームでつけてたから、日本名もつけたかったんだろ。母ちゃんとの思い出の場所とか色々あんだよきっと」

 大和は答えながらもゆかりの肩に手を回してキスをしようとしていた。それをゆかりは手で横に払いながら質問を続ける。
 
 「ミドルネームあるの?」
 「ある」
 「何?」
 「言わない。お前ぜってー笑うから」
 「笑うわけないじゃんっ!!」
 「いや、笑う」
 「フルネーム教えてよ。教えてくれたらチューする」
 「橘・ウィリアム・大和」
 「ぶーっ」

 ゆかりは思い切り吹いた。大和はゆかりを羽交い締めにしながら怒る。
 
 「笑ってねえでキスしろコラァ!!」
 「やだやだ、もっと話そうよ。大和の事もっと知りたい。ねえ、聞いていい?」
 
 ゆかりは真剣な顔つきだった。大和は大きく溜息をついてキスはお預けにし、仕方なく聞いた。

 「何?」
 「お母さんはいつ亡くなったの?」
 
 大和はゆかりから手を離した。

 「俺が生まれてすぐ自殺したんだよ」
 「……え?……」
 「俺が生まれた頃に父親が中東で任務中に死んだんだ。後追いだよ。産後うつもあったんだろうとは言われてるけど」
 「……ごめん……何も知らずに……」

 大和はゆかりのおでこに自分のおでこをくっつけた。

 「いいんだよ。ゆかりには俺の全部知って欲しい」

 ゆかりは大和の頬を両手で包み、軽くキスをする。大和は寂しそうに笑った。

 「俺さ、父親が欲しかったんだ。勉強教えくれたり、遊んでくれたり、俺のことばっか考えてくれるような父親。もしいたら、絶対父親の期待に応える努力して、めちゃくちゃ親孝行な息子になったと思う」
 「本当だね」

 大和はゆかりをしばらく見つめると、急に思い出して立ち上がり、机から小さな布袋を持って来た。その中から一粒石のペアピアスを取り出す。

 「出会った時に渡したやつだと、ゆかりつけれないだろ? 新しいの買ったんだ」

 そう言ってゆかりの右耳に元々ついていたピアスを外して、新しいピアスをつけてあげた。そして、袋に入っているもう片方のピアスは大和が自分の左耳につける。

 「中世の騎士って左耳にピアスつけてたそうなんだけど、男が左耳にピアスつけるのは守るべき人がいるって意味で、自分の右耳のピアスを愛する女性に渡すんだって。右耳につけたピアスは守ってくれる人がいるって意味らしいよ。それ知ってから、俺も命懸けで守りたい女が出来たらやりたかったんだよね」
 「命懸けって……」

 紫(ゆかり)の顔は満更でもなく、嬉しそうに真っ赤になっていた——。


 ——グレースは朝の光を眩しそうにしながらゆっくりと目を開ける。起き上がって辺りを見回すと、いつの間にかベッドで寝ていたようだ。

 「あれ? ビリーは??」

 いつの間にかビリーがいなくなっていた。

 「そういえば夢……左耳ピアスは守るべき人がいるって……」

 頭に浮かぶビリーの光る左耳のイヤーカフがグレースの心を騒つかせる。

 「あれは出会った時からつけてた……ビリーも本当は誰か大切な人がいるのかしら……」

 少し、胸がチクリとした。

 
 
 
 
 
   
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