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出逢う
しおりを挟む「祈璃《いのり》のストーカーなんじゃない? 」
学食で麺を啜りながら、高校からの友達の和《のどか》が言った。
「もう、怖い事言わないでよ 」
「だって、行く先々で同じ人に会うなんてそうそう無いじゃん? 知らない人なんでしょ? 」
祈璃は頷いた。
昨日は市立図書館で会った。図書館だけではない、今迄にも、息抜きに行った緑地公園、少し遠くの商店街、何気なく足が向いた通っていた高校。不思議な事に、出掛ける先でいつも見掛ける人がいる。
年齢は三十歳くらい。背は高いが、猫背で髪はボサボサ。汚れてはいないが、服はヨロヨロだ。
自分と共通点が無さそうなのにどうしてこんなに会うのか。行動範囲が同じというだけでは片付けられない、偶然にしては会う頻度が高過ぎる。
祈璃は自分の頼んだオムライスにスプーンを入れた。
「だから気になるの。もしかして、私が忘れてるのかも知れないから 」
和がハッとした様に、悲しい顔をする。祈璃はその顔を見て『しまった』と思った。気を遣わせたい訳じゃなかったのに。
祈璃は、高校の卒業式当日に交通事故に遭った。生死の境を彷徨う程の重傷を負い、今でも左足を少し引き摺る。
しかし、怪我もだが、それよりも困った事があった。事故にあった当初、何故か祈璃は高校時代、三年間の記憶を失くしていたのだ。
二ヶ月の入院の後、家に帰って来た時には、大部分は思い出してはいたけれど。それでもずっと、自分の記憶が穴空きで、何か大切な事を忘れている気がしていた。両親に聞いても、父には無理をして思い出さなくてもいいと諭され、母は悲しそうな顔をする。
「冗談だからね? 偶然だよ、偶然。きっと、祈璃の考え過ぎ 」
和は本当に何も知らないのだろうか? 祈璃は納得しないまま、また頷いた。
◆
アレ? あの人……。
大学の帰りに、駅前のカフェにふらっと立ち寄った。窓際の席に座り外を見ていたら、またその人を見付けてしまった。
本当によく見るなぁと思い、注文したアイスティーを飲む。そのまま何気なく見ていると、向こうからパタパタと走って来た男の子が、その人にぶつかって転んだ。
あー、泣いちゃうと思ったら、その人は高い背を屈めてその子を抱き起こす。何かを語り掛け、大きな手で頭を撫でている。男の子はコックリと頷くと、頭を下げた。微笑みながら、ヒラヒラと振る手。歩き出した男の子も手を振り返す。
ほっこりとした気持ちになり、自然に祈璃の口元に笑みが浮かぶ。
その時、パンパンとコートを叩いて立ち上がったその人が、ふとこちらを見て視線がぶつかった。
あっと思ったら、何故かその人は酷く驚いて逃げる様にその場から立ち去る。まさか、そんな態度を取られるとは思っていなくて、呆然とその姿を見送った。
きっと、あの人も私に気付いている。
だから、次に会った時、祈璃は思い切って自分から声を掛けたのだ。
「こんにちは 」
マンボウの水槽の前に居たその人は、祈璃を見て目を瞠《みは》っている。信じられないものを見ているみたいに。
いつまでも黙っているから、もう一度、「こんにちは 」と言うと、ゴン……と、マンボウが水槽にぶつかった。
え?ーーー。
あまりのタイミングの良さに、2人共水槽に目をやる。マンボウは気にもせずにスイーッとあっちへ泳いでいった。
「ふはっ……」
突然、その人が笑った。
「マンボウが返事したみたいだな 」
イメージと違う、無邪気な表情に祈璃は驚く。悪い人では無いのかも知れない。
祈璃は、核心に触れることを聞く前に、「マンボウ、好きなんですか? 」と聞いてみた。
その人は少しだけ言い淀むと、「……好きだよ 」と一言言った。
とくんと小さく心臓が跳ねる。自分が言われた訳でもないのに。
「私達よく、色々な所でお会いしてますよね? 」
「そうだね 」
やっぱり、この人も知っていた。それがたまたまなのか、わざとなのかは分からないけれど。
コクンと喉が鳴る。
「どうして、なんでしょう? 」
本当は、もっとはっきりと聞こうと思っていた、だけど。
「どう言う意味? 」
「失礼だとは分かっているんですけど 」
祈璃は今、それよりも違うことを知りたいと思ってしまっていた。
男は自分の頭をくしゃりとかくと、溜め息を吐《つ》く。
「僕が君に付き纏ってるとでも……」「あの、私っ、本山《もとやま》 祈璃《いのり》っていいます。貴方の名前を教えて貰えませんか!! 」
馬鹿なことを言ってるって分かってる。でも、どうしても知りたい。
「私達っ、こんなに出会うってことは、きっと趣味が合ってるって思うんです! お友達になれたらきっと!! 」
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