廻らないホシの君【完結】

山葵トロ

文字の大きさ
3 / 4

記憶

しおりを挟む


  今度は同意されて嬉しくなる。私の感情の振り幅、どうなっちゃったんだろう。
 「そうだ 」と、祈璃はゴソゴソとバッグから手帳を取り出した。

 「見て下さい。これ、ここの桜なんですよ 」


 パラパラとめくるページ。挟まれた、水色の台紙に綺麗に留められている、桜の花びらの押花。


 「私の宝物なんです。でも不思議なんですよ。ここのところに日付と公園の名前が書いてあるんですけど、コレ、私の字じゃないんです。」

 ボールペンで書かれた小さな文字を指差す。祠月は黙って見ていた。


 「忘れちゃってるけど、きっと私、大切な人に貰ったんじゃないかって……。え、え? 祠月さんっ?! 」

 ビックリしたのは、祠月がポロッと涙を溢したからだった。


 「目、ゴミが入った 」そう言いながら立ち上がる。
 
 「大丈夫ですかっ?!」
 
 「平気 」


 こちらを見ずに歩き出すから、今日はここまでなのかなと思い立ち上がらずにいたら、祠月の足がピタリと止まった。

 「来ないの? お茶くらい奢るよ 」


 そう言われて、弾かれた様に体が動く。祠月の元へ走ろうとしたら、「ゆっくりでいい 」とぶっきらぼうに言われた。


 ◆◆◆◆◆


 「何で、分かったんですか? 」

 「……なんとなく 」

 連れて来られたのは、いつもの駅前のカフェ。祈璃の目の前には、アイスティーと苺のショートケーキが置かれている。

 
 「それに、先生って呼ばれてましたよね? 」

 「だって、僕、先生だもん 」


 テーブルに頬杖をついて、ふっと微笑う。

 だもん……って、だもん、て、可愛い過ぎます、祠月さん。ギャップ萌えですか?
 いや、そんなこと考えてる場合じゃない。部活帰りだろうか、さっき祠月に声を掛けたきた高校生は、祈璃の母校の制服を着ていた。

 「もしかして、祠月さんは私のことを知っていたんですか? 私の卒業した高校の先生ってことですよね? 」


 ショートケーキが好きなことは当てずっぽうでも当たる気がする。だけど、極度の猫舌で寒い時でもアイスティーを頼むことはそれなりに相手のことを知っていなければ、分からないことの様な気がする。
 そこまで考えて、心臓がどくんと震えた。私は本当に大切なことを忘れてしまっているのではないか。

 「戸惑ってるみたいだね 」

 「……はい」

 祠月が湯気の立つブレンドを啜る。


 「種明かしをしようか?」

 「え……? 」

 カランとアイスティーの氷が音を立てた。祠月はずっと微笑んでいる。だけど、祈璃を見ている瞳は決して笑ってはいなかった。


 「あのね、僕にはとても好きな子がいたんだよ 」

 「好き、なコ…… 」

 頷く祠月に、ズキンと胸が痛む。


 「その子は2年生になって、僕がクラスの教科担任になってから、僕に付き纏うようになった。それだけじゃなく、事あるごと好きだって言う。僕はほとほと困ってしまっていた 」

 「生徒さんだったん、ですか? 」

 「うん、だけどね。あの夜、そう学校の屋上で一緒に花火を見たんだ。深い群青の空にドン…と色とりどりに満開に咲いて、パラパラと散ってね。忘れないよ、見惚れるその子の横顔に、僕は気持ちを自覚した 」

 祠月は懐かしむように言った。自分を見ていると思っていた瞳は、自分を見ていない。もっと遠くを見ていることに気付く。


 「水族館でマンボウを2人で見てた。動きが可愛くて、2人でずっと見ながら笑ってた。スワンボートも彼女と2人で乗ったんだ。楽しくて、楽しくて、好きな人と一緒にいることがこんなに幸せなんだと彼女は教えてくれた 」


 指先が冷たいのはアイスティーのせいだろうか。悴んで震える。


 「あの公園にはよく行ったよ。あの時は、早咲きの桜が沢山咲いていた。花びらが彼女の髪についていて取ってやったら、綺麗だと言って嬉しそうに笑ったんだ。僕はその花びらで押し花を作った  」

 ハッとして祈璃が顔を上げると、祠月は、またあの悲しそうな表情《かお》で祈璃を見ていた。
 

 「まだ、応えられないって、どういう意味なのか分かってくれてると思ってた 」

 「まさか…… 」

 カタンと祠月が立ち上がる。祈璃は祠月を茫然と見上げた。


 「僕はもう、図書館も水族館も公園も、彼女との思い出のある場所には行かない。だから、君もどこかで僕を見掛けても、もう声を掛けないでください 」

 言いたいことがあるのに、何も言葉が浮かばない。私は、私はーーーーー。

 「でも、私は、祠月さんの…… 」


 すると、祠月が祈璃の言葉を遮る様に言った。

 「違うよ。君は君であって、僕の好きになった《本山》じゃない。」

 




  祠月が立ち去ってからも、祈璃は暫く席を立てないでいた。

 私は、どうして忘れてるの? こんなに好きなのに。好きになっちゃってるのに。

 行動範囲が同じな訳じゃない。私は祠月さんを探していたんだ。ずっと会いたくて、記憶は無くても、無意識に思い出のある場所に行っていたんだ。

 頭がガンガンと痛い。涙が溢れて喉が変な音を立てる。
 でも、会いたい。今別れたのに、もう話し掛けるなと言われたのに、会いたくて仕方がない。



 それからも祈璃は祠月の姿を探した。会いたくて、会いたくて、思い付く場所へ出掛ける。
 けれど祠月の宣言通り、偶然に彼に逢えることは無くなった。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

王子様への置き手紙

あおき華
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯ 小説家になろうにも掲載しています。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

貴方の側にずっと

麻実
恋愛
夫の不倫をきっかけに、妻は自分の気持ちと向き合うことになる。 本当に好きな人に逢えた時・・・

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

処理中です...