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「どうしてここに来たんだ? 」
「図書館にも水族館にも公園にも、商店街の文房具店にも《先生》が居ないから 」
放課後の校舎裏のベンチ。白衣を着た、祠月が座っていた。
懐かしい母校に足を向けたのは、どうしても祠月に会わなければならないと思ったからだった。
「何で、ここが分かった? 」
祈璃はふふっと口元だけで微笑んだ。自分でも分からないのに、答えられる筈がない。
それよりも、祈璃はやっと会えた祠月から目が離せなかった。
会いたかった。考えるだけで切なくて、身体中が恋しいと叫んでいる。
「隣りに座ってもいいですか? 」
「聞かなくても 」「座るくせに? 」
祈璃が続けて言うと、祠月が目を瞠《みは》る。
「先生はいつもそう言っていたんですね? 」
思い出した訳では無いと知り、アーモンド色の瞳を伏せて、大きく息を吐いた。
「ここは部外者は立ち入り禁止だ。早く帰れ 」
「先生…… 」
「その声で、先生って呼ぶなよ 」
ふいっと横を向かれて、顔が歪みそうになる。きっとここも思い出の場所なのだ。私が覚えていないだけで。
この人はどれだけの想いを抱えてここにいるのだろう。
「和《のどか》が思い出してくれました。祠月さんって、名前だったんですね。《中村 祠月》 先生 」
「のどか……、池下 和 か 」
「はい。祠月さんが生物部の顧問だったっていうことも 」
そう言われれば納得する。思い出の場所は、全て部活絡みだったのだ。そうでなければ、先生と一介の生徒が理由も無く一緒に出掛ける事などない。
不思議なのは……。
「教えて下さい。どうして、私は祠月さんの事を忘れてしまったんですか? 」
「知らないよ。何故僕がそれを知っていると思うんだ 」
交通事故の原因は、リードが離れ、通りに飛び出した子犬を助けるためだったと聞いている。それは記憶を失った直接の原因であって、本当の理由ではない。
自分は勘違いをしてしまったのではないかと、祈璃はこの間からずっと考えていた。
祠月の「応えられない 」という言葉を、そのまま告白の返事だと受け取ったのではないか?
「私が最後に告白したのは、卒業式当日ですね? 」
「……関係ない、もう終わったことだ 」
立ち上がる祠月の手を取ると、その手がピクっと震えた。
「行か、ないで 」
声に涙が混じる。終わってなんかいない。この人の事を考えるとこんなにも苦しい。
「行ってしまったのは、君の方じゃないか 」
ポツリと祠月が、言葉を落とす。
「祠月さん…… 」
「君が事故に遭ったと聞いて、真っ先に病院に向かった。あんなに怖かった事は初めてだった。ずっと君の側に居たかったけれど、それも敵わない。祈ることしかできなかった。僕は、ただの先生だったから 」
祠月が手を解こうと腕を引く。けれど、祈璃は離さなかった。
「君が回復したと聞いて、お見舞いに行ったよ。ベッドに横になった君の、僕を見る目に何んの感情も無くなったことが分かった。その時の僕の気持ちが分かるか?
君が僕の存在を消したから、だから僕も君を忘れることにした。時間は掛かったけれど、やっと整理がつき始めていたんだ 」
祠月がため息を吐《つ》く。
「なのに君はここにきて、ズカズカと人の視界に入ってくる。思い出に浸らせてもくれない。君はあの子じゃないのに 」
「祠月さ……、わた、し、祠月さんの事が…… 」
「言うなよっ! 」
祠月が声を荒げた。
「もう、やめてくれよ。君は《本山》じゃない。君と接してよく分かった。僕の好きになったあの子はもう居ないんだ……っ 」
苦しげに呻くと、きつく掴んでいた祈璃の手を振り解く。祈璃は嫌だと首を振った。
「祠月さん……っ、嫌、行かないで 」
「頼むから、もう二度と僕の前に現れないでください 」
祠月はそう言って頭を下げると、向こうへと歩き出した。祈璃は追いかけたが、この足では追いつけない。
「嫌です、もう会えないなんて、嫌……っ。祠月さんっ。待って、祠月さんっ!祠月さ……、あっ!!」
狡いと分かっていて、わざと転ぶ。ズシャッと派手な音がして、全身を地面に打ち付けた。膝も脚もどこもかしこも痛い。だが、これは賭けだった。
「本山っ! 」
驚いて振り向いた祠月が、走って戻って来るのが見える。
顔を青くして、倒れたままの祈璃を起こそうと差し出した手を祈璃はしっかりと捕まえた。
「……君? 」
「好き、祠月さんが好きです 」
「君っ、わざとかっ?!」
今度は振り解かれない様に、腕にしがみ付いた。すると、へなへなと祠月がそこに座り込む。
「僕が戻ってくるって、分かっててやったな 」
「祠月さん」
がっくりと頭を項垂れて、祠月が手の平で自分の顔を隠した。
「本当に勘弁してくれ。お願いだから、僕の心を人質に取らないでくれよ」
心無しか、声が震えている気がする。祈璃は身体を起こすと全身で祠月を抱きしめた。祠月の身体がビクッと揺れる。
「祠月さん、好きです 」
祠月は答えない。されるがままになっている祠月の肩口に、祈璃は顔を埋めた。
「ねぇ、祠月さん。何も覚えていなくても、私はまたあなたに恋をしたよ」
ぽろぽろと溢れた涙が、祠月の服を濡らす。祠月は何も言わずに黙って聞いていた。
《ヲワリ》
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