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第1話
裸馬と少女
しおりを挟む~7年前~
体育の授業で、3×3バスケの最中だった。
あいは足を動かしつつも、ボールが回ってこないことを一心に祈っていた。
同じチームのクラスメイトが、相手方のディフェンスに捕まった。パスを出そうにも、味方にはぴったりとマークがついている。
あい以外は。
ボールが奪われ、カウンターで点を入れられた。
ホイッスルが鳴り、相手の最後のシュートが逆転の決勝点となった。
「あ~あ、もうちょっとで勝てたのに」
「悪かったよ」
試合の最後でボールを奪られた女子が、学校指定のジャージの袖で汗を拭った。
「パスすりゃよかったじゃん」
「パスコース、全部塞がれてただろ」
「藤刀さんがいたじゃん」
自分の苗字を口にされ、あいはびくりと肩を震わせた。
「あの子にパスしたって、結果は変わんなかった」
「まぁ、そうね。は~、実質二対三だったもんな~」
自分の不甲斐なさに不満を漏らす同級生に、いたたまれなくなり、あいが謝ろうと口を開きかけると、幼馴染の朔が間に入った。
「ドンマイ、ドンマイ、お二人さん」
「おう、ご機嫌だな、朔」
「へへ、そりゃあ気持ちのいい逆転ゴールさせていただきましたんで」
「このやろ~」
先ほどまであいへの不満を口にしていた二人は、もう忘れたように、小憎たらしい芝居をした朔を羽交い絞めにする。
全校生徒で三十二名、一学年十名前後しかいない山間の中学校である。
その中でも群を抜いて華のある三人組がじゃれ合っていると、体育館の隣コートにいる男子がちらちらと視線を向けてくる。
自分のことなど、誰も気にも留めていない。こういうとき、あいはいつも、自分が透明人間になったような錯覚を覚える。
「あ、ちょっと、あい」
あいが転がっていたボールを拾い、片付けに行こうとすると、朔が声をかけてきた。
「気にすることないからね。あいが体育できないのなんて、みんなわかってるんだから」
「う、うん」
「あ、体育だけじゃないか。あと勉強と家庭科と美術と音楽もできないもんね」
朔は指折り数える素振りをした。
「ちょ、全部じゃねーか。ヒドすぎかよ、お前」
「藤刀さんカワイソウだろ」
お道化る朔を挟んで、二人も笑顔を洩らしている。
「私は、カワイソウなんかじゃない」
そういったあいの呟きは、小さく、誰の耳にも届かなかった。
放課後、あいは一人で逃げるように学校を出ると、まっすぐに馬郷へ向かった。
「やぁ、あいさん、こんにちは」
厩舎で馬房の掃除をしていた、牧場を営む山南が、あいに気づき挨拶をくれた。
山南はまだ四十手前であるが、目尻の皴や温和な物腰もあって、いささか老けて見られがちだった。
「こ、こんに、ちはっ」
走って来たせいで、あいは息を弾ませていたが、吃りがちなのは常日頃である。
「綾なら、いまは放牧場だよ」
「あ、ありがとうございます」
たった一言、礼を言うにも、声が尻窄んでしまう。
恥ずかしくなり、再び逃げるような気持ちで、あいは放牧地へ走った。
馬郷の放牧地は、厩舎の南西にある平地を、柵で囲って作ってある。砂が敷かれ、馬郷で飼育する三十二頭の馬にとっての運動場になっていた。
厩舎の東側には、丘があり、そちらは牧草地だった。
どちらでも馬を放牧するが、運動用の砂地側を放牧地、草を食ませたりしてのびのびと過ごさせる丘を牧草地と、馬郷では呼び分けている。
あいは朔などの同級生と比べても十センチ以上小柄な体躯で、木組みの柵の隙間を潜り抜けた。
放牧地で散歩をしている綾に駆け寄った。
「綾」
声をかけると、綾の耳がぴくんと動いた。綾が白い息を吐き、首を下げた。
綾は、淡雪のような毛色をした、今年十四歳になる牝馬である。
綾とは、物心がついた頃には一緒に遊んでいた。人と馬では歳のとり方に違いはあれど、生まれ年は同じで、姉妹同然に育った。
姉妹とは言っても、離れ離れに暮らしている家族ではあった。
あいの家がある町から、通っている中学校や馬郷がある集落までは、車で二十分ほど山道を登らなければならない。
休日や祝日でも、あいは綾に会うため、通学にも使うバスに乗って馬郷へ足繁く通った。
十四年の間に来られなかったのは、風邪を引いて寝込んだ数回と、大雪が降った年の数ヶ月の間だけだ。
長野の山間部で降雪は毎年のことだが、静岡寄りで標高が低めな土地柄、交通が遮断されるほどの大雪はさほど多くはなかった。
あいは、綾の鼻面を抱き、しばらく息が整うのを待ってから、学校での出来事を綾に聞いてもらった。
「いつも、話を聞いてくれたありがとう、綾。私が学校に通っていられるのは、綾のおかげだよ」
綾の尻尾が揺れている。馬体に隠れて見えなくても、綾の仕草は、気持ちとともに伝わってくる。
綾は、あいの力になれることがなによりの喜びだった。
だが一方で、哀しんでもいた。
あいは躰を離し、憂いを帯びた綾の瞳を見つめた。
綾が、こういう目をあいに見せるようになったのは、ここ一、二年のことだ。
「だいじょうぶ、だよ。私、ちゃんと強くなるから。だから、心配しないで、綾」
あいが言うと、綾が優しく微笑んだ。
物心がつく前から綾と一緒で、ともに育ったあいには、馬の気持ち、表情が、人間のもののように汲み取れた。
綾が相手なら、人と人が話すように、言葉を交わすこともできた。
綾はこの辺りに古くからいる馬の血を引いていて、蹄鉄が必要ないほど大きく強靭な蹄をしている。
綾がその蹄で土を掻き、馬体を揺すった。
一緒に駈けよう、と綾は誘ってくれていた。
「うん、そうだね」
あいは綾の腹側に回り、背中によじ登った。
鞍も銜も付けていない、裸馬の状態である綾に跨り、早駈をするようになったのは、何歳頃からだったか。
はっきりとは憶えていないが、まだ幼かった自分が駈歩《かけあし》する綾の背中にへばりついているのを見て、山南が卒倒した記憶はあった。
その時の記憶が、ふとよみがえり、あいの頬が緩んだ。
小四にもなると、背筋を伸ばしたまま、鞍も手綱もなしに綾に安定して乗っていられるようになった。
山南も、今更あいが裸馬に乗っている姿を目にしても、慌てることはなくなっていた。
綾が駆け出した。
他の放牧中の馬が、遠巻きに見つめている。寒風が顔を打つ。
夕刻になり、西に見える冬枯れした山稜が影を帯びていく。あと十数日もすれば、雪の季節だった。
一頻り駈けると、綾が鼻を鳴らし、山に誘ってきた。
「今から山に行くの? 陽が暮れちゃわないかな」
少しだけ、と綾は言う。
あいは、山南に心配をかけはしまいかと案じたが、あい自身もっと遊びたい気持ちがあった。
山の起伏に富んだ地形、木立や張り出した枝、倒木、岩、これら天然の障害を避けながら進むのは、ゲームのようで、平場を駆けるのとは違う面白さがあるのだ。
「じゃあ、ちょとだけね」
綾と、放牧地の柵を跳び越え、山に入った。
山南の許可は貰っている。ただし、日が沈む前には戻ることが条件だ。
馬郷が管理し、方角などを示した目印が各所に整備された山ではあるが、夜になるとそれらも闇に隠れ、迷う危険があった。
山に入り、綾と遊んでいると、時間は瞬く間に過ぎていった。
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