Ms.ジョッキー 〜落ちこぼれ少女、騎手になる〜

井ノ上

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第3話

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 小早川との面談を終え、両親の待つ宿舎へ戻った。
 海上自衛隊幹部である父は、予定があるため、試験を乗り切った娘の顔だけ見ると、早々に任地へった。
 三十組ばかりの親子が待つ宿舎の広間に、試験担当の教員が現れ、労いの言葉がかけられた。
 それから、合否の通知の時期など、二、三、今後の話があり、解散となった。
 合宿期間中に寝起きした部屋に戻り、まとめてあった荷物を持ち、宿舎を後にした。
 学校から駅まではシャトルバスが用意されていたが、あいの両親はマイカーで来ていた。父は母子の帰りのことを考え、タクシーを使ったらしかった。
「あ、いたいた」 
 母と駐車場へ向かう道中、小麦色の髪をサイドで一つ結びにした女子学生が、あいの元へ駆け寄って来た。
「あ、確か、乗馬実技のときの」
 暴走する馬を宥めるのに、散歩途中だった芦毛の馬をあいに貸してくれた女子学生だった。
 あの時はジャージ姿だったが、いまは制服である濃紺のブレザーを着ている。
 「あの時のあなた、すごい格好よかった。ね、名前、なんていうの?」
 品のある容姿の割に、親しみやすい口調で話しかけられた。
「え、あ、藤刀ふじわきあい、です」
「あいね。私は今春零いまはるれい。ここの騎手過程三年生。だから、もう卒業なの。あと一年でも違えば、あいともっと色々お話できたのに、残念」
「そ、そう、ですね。でも、私はまだ、合格できるかわからないし」
 あいが言うと、零はきょとんとした。
「ここの大人は馬鹿じゃないわ。あいを落とすはずない、絶対受かってるよ」
 零は、あいの合格を確信しているらしかった。根拠がなくとも、在校生にそう言ってもらえるのは励みになる。
「うへへ」
 褒められ慣れていないあいが、身を捩らせて不気味に喜んでいると、零がはたとなにかに気づき、顔を寄せてきた。
「スンスンスン」
 犬のように躰の匂いを嗅がれ、あいは慌てて後退った。
「な、な、なにを」
「一目見た時から、馬みたいな子だな、って思っていたけれど」
「そ、そんなふうに思われてたんですか」
「あい、馬の匂いがする。それも、ここの馬の匂いじゃない。もしかして、じつは馬なのかしら?」
 悪戯っぽい表情を見せ、零が言う。
「に、人間、です。その匂いは、多分、綾のだと思います」
「あや?」
「私が、小さい頃から姉妹みたいに育った、馬です」
「へぇ、どんな馬? 写真とかある?」
「しゃ、写真はないですけど、私が描いた絵なら」
 小、中学と、休み時間や昼休みになる度、綾の絵を描いて自分を慰めてきた。膨大な枚数の中から、一枚の綾の絵をお守り代わりにして、二次試験には持ってきていた。
 絵を挟んだクリアファイルをリュックから取り出し、おずおずと零に見せた。
「わ、上手ね。賢そうな顔。それに、とても優しそうな雰囲気」
「そうなの、綾は優しんだ。いつも私を励ましてくれて。普段は大人っぽいのに、でも一緒に遊ぶときはちょっとやんちゃだったりして」
「ふふ、綾のことになると、すごい喋るんだ」
「あ、ご、ごめんなさい」
「いいじゃない」
 零が、ポケットからなにか取り出し、差し出してくる。
 受け取り、見ると、なにかのチケットのような、整理番号が印字された紙片だった。
「私、今度、中山競馬場で模擬レースをやるの。それがあれば中に入れるから、あい、私の騎乗を観に来て」
「え、」
「それじゃ、またね」
 零はあいの返事を待たず、ひらりと身を翻し駆け去っていった。
「自由な子ね。でも、とても素直で、素敵な子だったわね」
 少し離れた場所で待ってくれていた母が、やってきて言った。
「新しいお友達ができて、よかったわね」
 あいは曖昧に頷いた。
 今春零。名前も今日知ったばかりで、それ以外はほとんど何も知らないままだった。
 そんな相手を友達と呼んでいいのか、あいにはわからなかった。
 あいの手には、零が出走する模擬レースへの招待券が残されていた。
 
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