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第3話
綾 ③
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十二月の二週目。
あいは天道の運転で、千葉船橋にある中山競馬場を訪れた。
「まだ時間もあるし、少し中を見て回ろうか」
競馬場事務所前の駐車場に車を停めると、薄い色のサングラスをした天道が言った。
事務所前の出入り口に、CRAの職員らしき人が立っており、あいが零から貰った券を見せると、中へ通してくれた。
すこし歩くと、駐車場の裏手、建物の目と鼻の先に、煉瓦造りで洋風な広場に出た。
「ここはグランプリガーデン。有馬記念を制覇した歴代の馬の写真が飾ってあるんだ」
中央に花壇があり、木張りのベンチの奥の壁に、写真が並んでいた。
近づいて見ると、疾駆する馬と、その馬に騎乗する騎手の姿が写っていた。
レースの最中を捉えたのか、手綱を構え、真剣に前を見据えている騎手もいれば、ウィニングランで高らかに片腕を振り上げている騎手もいた。
馬はみな力強く、誇らしげな表情をしているのが、写真からでも感じとれた。
天道と競馬場の建物に入った。
建物内は、雑貨屋らしき店構えのショップやコンビニ、有力騎手の展示などがあった。吹き抜けになっている地下広場に出ると、背が高く細い枝ぶりの樹木が階を貫いて植えられていた。
ちらほらと人の姿はあるものの、想像していたほどの賑わいではない。
「意外と、お客さん少ないですね」
「卒業生による模擬レースは限定公開だからね。応募の中から抽選に当たった人しか来られないんだよ。僕らは学校側の招待枠ってところかな」
「そうだったんですね」
正門の方へ戻って来ると、馬の銅像の奥に、大きなスクリーンが見えた。
「あい、あそこがパドックだよ。パドックって、わかる?」
「えっと、レース前にお客さんに馬を見てもらう場所、ですよね」
「正解。では、第二問」
「えぇ」
あいが天道の競馬クイズに悩まされていると、ジャンパーを着た三十絡みの男が近づいてきた。
「天道さん、どうもお久しぶりです」
「やぁ。こんなところで油売ってていいのかい。今日の模擬レース、君も出るんだろ。エキシビジョンのようなものとはいえ、現役騎手が、卒業生相手にあまり無様な姿は見せられないぜ?」
「参りますよ、学生相手に、こんなプレッシャーを味わわされるなんて」
「今春零か」
天道が零の名を出すと、現役騎手だというジャンパーの男は肩を竦める仕草をした。
「今頃、馬は装鞍所かい?」
「ええ。なので、もう行かないと」
「僕らもパドックへ行くよ。ま、地方出身の意地でも見せつけてやったらいいさ」
「模擬レースであんまり聞きませんよ、卒業生に花を持たせないなんて。でも、そんな年があっても面白いか」
ジャンパーの男と別れ、あいは天道とパドックを見下ろせるテラスへ移動した。
学校の中庭のような場所だ、とあいは思った。
地下馬道から馬が次々と姿を現し、スーツを着たCRAの職員に曳かれながらパドックを悠々と周回する。
そこへ、模擬レースで騎乗する卒業生が現れ、横一列に整列した。模様や色は様々だが、一様に躰にぴったりと合ったユニフォームを着ている。
列の中に、零を見つけた。零も、二階からパドックを見下ろしているあいに気づき、それとなく手で合図を送ってきた。あいは、なんだかこそばゆくなった。
騎乗の合図があり、卒業生は一斉に馬へ駆け寄り、馴れた様子で鞍に上がった。
再び列を組んで、パドックから引き上げて行く。
「僕たちもコースが見える場所に行こうか」
「はい」
天道に伴われ、建物の中を通り抜け、芝が敷かれたスタンドに移動した。
かすかに風が吹いている。冬の硬い風だが、陽射しがあり、身を切るような鋭さはなかった。
さほど待つことなく、中山芝千二百の走路に、出走馬が出そろった。
芦毛の馬に騎乗した零が、内枠三番のゲートに入る。
先ほど馬の銅像前で話しかけてきた、地方出身の現役騎手が騎乗した馬は、外枠八番に収まった。
中型トラックの荷台に取り付けられた高台に、スターターが立っている。
合図。
ゲートが開き、矢のように、馬の群れが解き放たれた。
あいは天道の運転で、千葉船橋にある中山競馬場を訪れた。
「まだ時間もあるし、少し中を見て回ろうか」
競馬場事務所前の駐車場に車を停めると、薄い色のサングラスをした天道が言った。
事務所前の出入り口に、CRAの職員らしき人が立っており、あいが零から貰った券を見せると、中へ通してくれた。
すこし歩くと、駐車場の裏手、建物の目と鼻の先に、煉瓦造りで洋風な広場に出た。
「ここはグランプリガーデン。有馬記念を制覇した歴代の馬の写真が飾ってあるんだ」
中央に花壇があり、木張りのベンチの奥の壁に、写真が並んでいた。
近づいて見ると、疾駆する馬と、その馬に騎乗する騎手の姿が写っていた。
レースの最中を捉えたのか、手綱を構え、真剣に前を見据えている騎手もいれば、ウィニングランで高らかに片腕を振り上げている騎手もいた。
馬はみな力強く、誇らしげな表情をしているのが、写真からでも感じとれた。
天道と競馬場の建物に入った。
建物内は、雑貨屋らしき店構えのショップやコンビニ、有力騎手の展示などがあった。吹き抜けになっている地下広場に出ると、背が高く細い枝ぶりの樹木が階を貫いて植えられていた。
ちらほらと人の姿はあるものの、想像していたほどの賑わいではない。
「意外と、お客さん少ないですね」
「卒業生による模擬レースは限定公開だからね。応募の中から抽選に当たった人しか来られないんだよ。僕らは学校側の招待枠ってところかな」
「そうだったんですね」
正門の方へ戻って来ると、馬の銅像の奥に、大きなスクリーンが見えた。
「あい、あそこがパドックだよ。パドックって、わかる?」
「えっと、レース前にお客さんに馬を見てもらう場所、ですよね」
「正解。では、第二問」
「えぇ」
あいが天道の競馬クイズに悩まされていると、ジャンパーを着た三十絡みの男が近づいてきた。
「天道さん、どうもお久しぶりです」
「やぁ。こんなところで油売ってていいのかい。今日の模擬レース、君も出るんだろ。エキシビジョンのようなものとはいえ、現役騎手が、卒業生相手にあまり無様な姿は見せられないぜ?」
「参りますよ、学生相手に、こんなプレッシャーを味わわされるなんて」
「今春零か」
天道が零の名を出すと、現役騎手だというジャンパーの男は肩を竦める仕草をした。
「今頃、馬は装鞍所かい?」
「ええ。なので、もう行かないと」
「僕らもパドックへ行くよ。ま、地方出身の意地でも見せつけてやったらいいさ」
「模擬レースであんまり聞きませんよ、卒業生に花を持たせないなんて。でも、そんな年があっても面白いか」
ジャンパーの男と別れ、あいは天道とパドックを見下ろせるテラスへ移動した。
学校の中庭のような場所だ、とあいは思った。
地下馬道から馬が次々と姿を現し、スーツを着たCRAの職員に曳かれながらパドックを悠々と周回する。
そこへ、模擬レースで騎乗する卒業生が現れ、横一列に整列した。模様や色は様々だが、一様に躰にぴったりと合ったユニフォームを着ている。
列の中に、零を見つけた。零も、二階からパドックを見下ろしているあいに気づき、それとなく手で合図を送ってきた。あいは、なんだかこそばゆくなった。
騎乗の合図があり、卒業生は一斉に馬へ駆け寄り、馴れた様子で鞍に上がった。
再び列を組んで、パドックから引き上げて行く。
「僕たちもコースが見える場所に行こうか」
「はい」
天道に伴われ、建物の中を通り抜け、芝が敷かれたスタンドに移動した。
かすかに風が吹いている。冬の硬い風だが、陽射しがあり、身を切るような鋭さはなかった。
さほど待つことなく、中山芝千二百の走路に、出走馬が出そろった。
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先ほど馬の銅像前で話しかけてきた、地方出身の現役騎手が騎乗した馬は、外枠八番に収まった。
中型トラックの荷台に取り付けられた高台に、スターターが立っている。
合図。
ゲートが開き、矢のように、馬の群れが解き放たれた。
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