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井ノ上

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スナックママは深海に発す

巴 2

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母は高校を出るときに親に勘当されていた。
巴が、身寄りのなくなった大吉と束早の後見人になり、葬儀などの手配もすべてやってくれた。
小さい場所を借りて、母の葬式をあげた。
母の命を奪ったのも、カムリを死に至らせて大吉を救ったのも、同じ病だった。
式の間、大吉はぼんやりとそんなことを考えた。
その翌日から、大吉は部屋に籠った。
高校の三学期がはじまっている。
高校は卒業するとは決めているが、それより優先しなければならない問題が山積していた。
「大吉、大貝丘おおがいきゅうから定期連絡が来ている」
アサリが、部屋に入ってきた。鍵は渡してあるので、自由に出入りできる。
血が、匂った。
アサリが帰ってくる前に、家の近くで闘争の気配があったのは、感じていた。
「刺客か?」
「気づいていたか。ああ。五人ばかりな。私が足止めをしている間に、秋久が隊を率いて急行した。四人は討ち取って、一人を捕縛した」
絹布けんぷ隊か。秋久はどうだ、隊長から見て」
「個としての力量はある。よい師に鍛えられたのだな。集団戦闘の方は、これからだ」
警邏隊は、絹布隊と改名し、地上に連れて来ていた。
アサリが隊長なのは変わらず、秋久がその補佐ということになっている。いざという場合、大貝島を奪還しようとする御三家勢力を、外から攪乱するのが役目だ。
それ以外は、大吉の護衛も兼ね、葉榁町の各所に待機させている。瓦湯や隆子の孤児院、桑乃邸に場所を借りた。
絹布隊は、全員短刀を装備している。その短刀の柄には絹の布を結び付け、普段はその布に包んで隠し持っている。それで、絹布隊だ。
常夜街バロム・シティを大貝丘と改名ししたのも、大きな外殻に覆われた海底都市を外から見たら、大きな貝みたいだろうという想像で命名しただけだ。
常夜街の名を変えられれば、なんでもよかった。
「大貝丘に残った徹平の、守備隊の組織は順調のようだ。すでに百人ほどの志願者はいて、ひとまず、そこから五十に絞ったらしい」
「五十人か。少なくないか?」
「闘いなど知らない者ばかりだ。その者たちを一から鍛えなければならん」
「それで、まず五十人か」
大貝丘は、深海にあるといっても、侵入が不可能なわけではない。
実際、珀たちは潜水艇を使い、排水槽と呼ばれる人体で言えば肛門にあたる場所から潜入していた。
海上から攻め込まれる可能性も十分ある。
その防衛を考えると、守備隊は、せめて三百規模は欲しいところだった。
「間に合うかな。俺に刺客を送ってきた。成樟なるくす藤刀ふじわきは、大貝丘を強引に奪還する肚を決めたってことだろう」
カムリの死を隠蔽して時間を稼ぐと考えていたのは、甘かった。
大貝丘の、元下層区から、三人が姿を消していた。
御三家は、なにか異変があった際にすぐ知れるよう、人を忍ばせていたのだ。
どういう手段で深海から抜け出したのかは、珀に探ってもらったがわからなかった。特殊な術の遣い手だろう、と珀は推測していた。
「成樟から島に送られて来た一団を追い返したのが、半月前だ。のろまな連中だ」
アサリはそう言うと、大貝丘からの報告の代読に戻った。食事や着替えなど、目が見えず不便をする部分は、アサリが手を回してくれている。
束早には、春香の家に移って暮らしてもらっていた。安全を考えて、二人にはできるだけ同じ場所にいてほしい、と頼んだ。
完全な建前ではないが、一人で考える時間が欲しいという本音はあった。
成樟、藤刀両家と、睨み合っている状況だった。大貝丘にいる三千人を養う方法も、まだ見えてはいない。
いまのころと、陽衣菜に頼み、桑乃の財で食糧物資を手配してもらっていた。
これまでの事情を話すと、陽衣菜は物資調達の役目を進んで引き受けてくれた。輸送も、桑乃の傘下にある海運会社の船が動いてくれている。
アサリが報告を終えたところで、インターホンが鳴った。
「出てくる」
アサリの足音が遠ざかり、玄関で扉が開く音がした。来客は、日限だった。
日限と、もう一人、誰かいた。黙っていて、気配だけでは誰だか特定できなかった。
「大吉、以前の話だが、決めたよ。俺にどれだけやれるか自信はないが、できるかぎりやってみる」
部屋に入ってきた日限が言った。
「手探りなのは、俺もだよ。でも、ほんとうにいいのか、日限。死ぬかもしれない。それでも、やってくれるのか」
「俺は畦原に、幽奏会で上司だった男に撃たれたろう。実は、同僚も同じ銃で撃たれて死んでいてな。俺は死なずに、生き残った。そのことを、ずっと考え続けてきた」
「ああ」
「お前には関係ない話に聞こえるかもしれないが、頭にそのことがあったので、俺はやってみようという気になった」
「なんとなく、わかる気はする。そうか、大貝丘に行ってくれるか」
「友達がやろうとしていることに付き合う。俺が決めたのは、それさ」
大貝丘にいる人々の暮らしに乱れを出さないための仕事を、日限に頼んでいた。
常夜街で民政を担っていた男は、造営官と呼ばれていたらしい。
造営官に替わる者が必要だ、とアサリに言われ、まず思い浮かんだのが日限だった。
「しかし、俺一人で三千人の暮らしを見るのか?」
「大貝丘で、人を選らんで使ってくれ」
「そのつもりだが。結局目配りをするのは、俺だろう」
一人では、大貝丘全体を見るのは厳しい、と日限は言いたいようだった。
大吉も、それは考えていた。
「もう一人、思い当たる人はいるんだ。ただ、裏社会なんかとは無縁だった人でな。明日、会って話してみるが、あまり期待はしないでくれ」
「わかった。とりあえず、俺の意思は伝えた。それでだな、大吉」
「なんだ、改まって?」
「いつまで喋ってるの。話が終わったなら、私に替わりなさい」
「おい、あまり乱暴なことは」
瑞希の声がした。慌てる日限を押しのけ、どすどすと足音が近づく。
頬に、衝撃が来た。平手で、打たれたようだった。
「あんた、なにやってるのよ。どうして、こんなことになってるの」
「すまん」
「常夜街のことは、聞いたわ。家督を継いだのに、桑乃があんなものに加担していたと知らなかった私の責任は、重いと思ってる」
瑞希の熱い吐息がかかってくる。顔が、すぐ傍にあるのか、声も近い。
「いま、家令に資料を用意させて、桑乃の財の動きをすべて見直しているわ」
「俺は、瑞希があの海底での惨状を許していたとは、思ってないよ」
「そう言ってくれるのは、救われるわ。それはそれとして、よ」
「ああ」
「どうして、もっと早くに相談してくれなかったのよ。あんな場所に行く前に」
「お袋のことか」
瑞希が黙る。頷いたのかもしれない。
「桑乃の金を当てにするようでな。お袋のことは家族の問題で、常夜街、今は大貝丘と呼んでるんだが、それとは違うから」
大貝丘への物資の調達を、陽衣菜に頼んだ。陽衣菜は当然、アメリカにいる瑞希に打診しただろう。瑞希がいまここにいるのも、それで繋がってくる。
「困っていたら理屈抜きで手を差し伸べる。それが友達だって、私に教えてくれたのはあんたでしょう」
「そう、だったな」
頭が、抱き寄せられた。瑞希の柔らかな匂いに包まれる。
「ばか」
「すまん」
三千の人命という、重いものを背負った。父に挑み、視力も失った。そして、母が死んだ。
母の死を遠ざけるように、大貝丘を巡る問題に専心してきた。目に映るのは暗闇だけで、吸血鬼の回復能力をもってしても、光は戻らなかった。
このところ、暗闇の中でもがく自分の姿を、大吉はしばしば夢に見る。
「あんた、眠れてないでしょう。いまここで、ちょっと休みなさい」
瑞希の体温と、言葉が、かじかんだ心を温め解きほぐす。
眠気が訪れた。
辛いことが、ありすぎた。
うつらうつらとしながら、大吉は思った。
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