女伯爵は幸せを望まぬ

Neishelia

文字の大きさ
13 / 15

初任務な皇弟⑴

しおりを挟む
 任務が降りてから二週間。ポテンシャルの高いルグランジュはすぐに基礎を修得した。魔力の扱いは幼い頃から一流の魔法師に師事していたからか、アクリュス並みに長けている。
 イノデス伯爵邸の構造、家具の配置等の情報を元にアクリュスは暗殺計画を立てていた。今回は任務遂行期限が短いため、潜入ではなく侵入し、暗殺することにした。これにはもう一つの理由がある。ルグランジュの精神状態だ。第十三番隊暗殺部隊の誰もが経験した初の暗殺。その任務をこなした後は、誰一人例外なく精神状態が著しく不安定になった。それはルグランジュにも当てはまるだろう。しかし、それが回復するまでにどれだけ時間をかけてもいいという訳ではない。特に彼の場合は約一ヶ月半後に西国の反乱軍制圧の指揮を控えている。それに間に合わせるためにもアクリュスは早く任務を遂行すべきだと判断したのだった。

 第十三番隊の塔の地下。執務室を模したスペースはセグルク伯がいた部屋の配置に変更されており、アクリュスは、暗殺遂行当日セグルク伯が座っているだろうと考えられる肘掛けに腰掛けている。彼女の右手にある小テーブルの上には計画が書き込まれた紙が数枚重なっていた。彼女が何パターンもの計画を書き出している最中にも、ルグランジュは彼女の首からスカーフを取ろうと躍起になっている。
 書き物をしているため正面からではなく背後からルグランジュが足音を消し、魔力を隠蔽し、息も気配も殺して近づくも、手が深緑の背もたれを越えた瞬間に万年筆の先を中指の腹に当てられる。決まってアクリュスはルグランジュの方を見向きもせず、ただひたすらに紙を眺めて計画を立てているだけ。どこから攻めても必ず中指の腹に万年筆の先を当てられるため、ルグランジュの中指の腹はインクで黒くなっていた。

「時間切れだルグランジュ。だが今回の任務遂行にあたっては充分だろう。正直魔力の扱いに関してはレージュやデイモスよりも上回っているし、足音は常人には聞こえまい」

 首元に迫ってきていたルグランジュの手首をそっと掴んだアクリュスは、彼を振り返った。瞬間的にルグランジュは固まった。それは振り返ったアクリュスの息が指先に触れたせいなのか、あの大鎌を振り回しているとは思えないほどに滑らかな指に手首を掴まれたせいなのか。はたまた、そのどちらもなのか。理由がどうであったでせよ、アクリュスが振り返った瞬間にルグランジュが固まったのは事実。アクリュスは不思議そうに目をしばたいた。



 その翌日。目立ちにくい黒系統の服を纏った二人は宵闇に紛れ、平民街と貴族街の境にある裏路地にいた。アクリュスはいつも通り夜色の髪を三編みにし、百合の葉が刻印された黒い仮面で目元を覆っている。しかし、ルグランジュはいつもと違った。インディアンレッドの髪はそのままだが、皇族特有のアメジストのような瞳はありふれた青に変わっている。アクリュスが特別にセバスに注文し作ってもらったのだ。魔導具作製が専門ではあるが、セバスは薬やちょっとした魔法薬の調合も心得ている。もちろん、その値段はぼったくりと言えるが。
 目の色を変えても人相を変えることはできない。いや、幻影を見せて人相を変えることも、魔法薬で一時的に人相を変えることもできないわけではないのだが、万が一幻影が破られたり魔法薬の副作用が出たりしては困る。そのため人相だけは変えることができなかった。しかたなく深くフードを被ることで凌ぐことにしたルグランジュは、顔がよく見えない。

 路地を巧みに使いながら人目を避けてイノデス伯爵邸に到着した二人は、軽々と塀の上に上ると白塗りの屋根の上に飛び移った。二人とも身体強化を使っているため常人離れした動きである。
 頭の中にある屋敷の造りを元にセグルク伯がいる部屋の上に辿り着くと、アクリュスは突然ゆっくりとルグランジュを振り返った。

「少しでも躊躇ためらいがあるなら今すぐ帰れ。今ならまだ間に合う」

 彼女の髪色が溶け込んでしまいそうな闇の中、一対の光るアクアマリンがまっすぐにルグランジュを射ぬく。覚悟を問う彼女の仮面の奥を、ルグランジュは黙って見返していた。その瞳に覚悟を見とったアクリュスは、ふっ、と口の端を上げる。

「計画通りに。……では行こうか」

 魔力を隠蔽し、完全に気配を消した二人が静かにテラスへ降り立った。物音一つ立てない二人に気付かないセグルク伯ターゲット
は、ガラスの向こうで二人に背を向け肘掛けに座っていた。何やら読んでいるらしいセグルク伯ターゲットは頭が足りないのか、ガラス戸を空けて夜風を部屋に入れている。初冬とは言え、比較的温暖なバスティーナ帝国の夜風は気持ちよく感じられる。
 アクリュスは開いたガラス戸からマナキャンセルを一つ放り込んだ。これで外との通信は絶たれる。あとはセグルク伯ターゲットが叫びでもしなければいい話だ。

 当たり前のように室内へと侵入した二人は、それぞれ行動を起こす。ルグランジュは素早く廊下へと繋がる扉の前へと移動し、アクリュスはセグルク伯ターゲットの背後に回った。ホルダーから外した大鎌を元の大きさに戻し、セグルク伯ターゲットの首にかける。
 背後からセグルク伯ターゲットを見下ろしながら、彼女は毒殺するのは難しいだろうと考えていた。毒は体積の大きい生物ほど致死量が多くなり、毒殺は困難になる。小太りなセグルク伯ターゲットは体積が大きい。

「こんばんは、セグルク伯爵。お静かに願えますか?」

 頭が足りない割に頭髪は足りているらしいセグルク伯ターゲットにアクリュスが語りかける。今まで誰もいなかったはずの部屋にいつの間にか二人の人間が侵入し、一人は自分に刃物を突きつけているという状況にまだ理解が追い付いていないセグルク伯ターゲットの耳元で、アクリュスは罪状を言い渡した。
 つらつらと彼女の口から出てくるセグルク伯ターゲットの悪行は数え切れない。さすがに全てを覚えてきてはいないアクリュスは、最後にその他もろもろ、と付け加えた。

「『影』か……」

 罪状を並べ立てられている間に脳が再起動したらしいセグルク伯ターゲットは押し出すように呟いた。貴族や裏家業の者たちの間でも知る人ぞ知る皇族の影。帝国の裏側も治める皇族に暗殺者の一人や二人いてもおかしくはないと噂されていた。その人数、正体については何一つ分かっていないものの、影が実際に存在することは知っていたらしい。

「ご名答」

 馬鹿にするようなアクリュスを見たセグルク伯ターゲットは彼女の仮面を見て息を呑んだ。ただでさえ有名な第十三番隊特殊部隊の中でも一際有名でミステリアスな隊員。仮面に覆われた素顔は火傷でただれ、ひどく醜い、逆にこの世のものとは思えないほどに恐ろしく美しい。死神に相応しい大鎌は幾千もの命を屠ってきた。そう噂されるアクリュスをセグルク伯ターゲットが知らないわけがない。
 息を呑んだセグルク伯ターゲットだったが、すぐに侮蔑の表情を浮かべる。

「フラウデン家ごときが……」

 聞き捨てならない言葉に、アクリュスは眉をひそめた。少し記憶を辿り、帝国議会にセグルク伯ターゲットが参加していたのを思い出すと、不機嫌そうに大鎌の刃をセグルク伯ターゲットの首に一層近付けた。

「ひっ!」

「しー……」

 ひきがえるのような呻き声を出すセグルク伯ターゲットに、アクリュスは口元に人差し指を立てた。そしてその指をセグルク伯ターゲットの首に添え、魔法で声帯を麻痺させる。一連の動作を口元だけ微笑みながら行うのは不気味でしかない。

「ルグランジュ」

 わざとルグランジュの名を呼び手招きする。アクリュスに呼ばれてセグルク伯ターゲットの目の前に来た彼は、彼女の指示でそっとフードを脱いだ。

「……?!」

 彼の顔を見たセグルク伯ターゲットはハクハクと魚のように口を開閉し、助けを乞うようにルグランジュにすがる目を向ける。冷や汗が流れ、恐怖が刻まれた顔を向けられたルグランジュの瞳が揺れた。知人のこのような顔を見ると皇弟であろうが誰であろが動揺する。ルグランジュは不安に揺れる瞳をアクリュスに向けた。

(所詮、温室育ちの皇弟……かしら)

「止めるか?」

 冷ややかに短く問いかけると、ルグランジュは口を一文字に結ぶ。小さく横に首を振った彼の顔には、苦渋が滲んでいた。
 今少し決心に時間がかかるだろうと考えたアクリュスは彼から目を離し、小テーブルの上に置いてある資料を見た。その資料を読んでいくうちに、彼女の冷静さが一瞬で吹き飛びそうになった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする

夏生 羽都
恋愛
ランゲル王国の王太子ヘンリックは結婚式を挙げた夜の寝室で、妻となったローゼリアに白い結婚を宣言する、 ……つもりだった。 夫婦の寝室に姿を見せたヘンリックを待っていたのは、妻と同じ髪と瞳の色を持った見知らぬ美しい女性だった。 「『愛するマリーナのために、私はキミとは白い結婚とする』でしたか? 早くおっしゃってくださいな」 そう言って椅子に座っていた美しい女性は悠然と立ち上がる。 「そ、その声はっ、ローゼリア……なのか?」 女性の声を聞いた事で、ヘンリックはやっと彼女が自分の妻となったローゼリアなのだと気付いたのだが、驚きのあまり白い結婚を宣言する事も出来ずに逃げるように自分の部屋へと戻ってしまうのだった。 ※こちらは「裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。」のIFストーリーです。 ヘンリック(王太子)が主役となります。 また、上記作品をお読みにならなくてもお楽しみ頂ける内容となっております。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

処理中です...