指先はこいねがう 〜禁忌のケモノ少年は軍人皇子に執愛(とら)われる〜

色数

文字の大きさ
2 / 41
The sweet little thing that everyone has a hunger to have

しおりを挟む
 狭い室内に突き飛ばされた。後ろ手にされた手枷に加え、足枷もされていたせいで身体を支えることが出来ず、強かに肩を床にぶつけた。呻き声が口を次いで出、息を吸い込んだとたん部屋のあまりの埃っぽさに咳き込む。掃除などこの数年されてこなかったに違いない。周囲には砂ぼこりが舞い、床にもそれなりの量が蓄積している。停滞し続けていた空気は重く薄い。

 備え付けられた窓は小さく、申し訳程度の陽光がぼんやりと埃を光らせている。高い位置にあるそれは鉄の格子がはめ込まれており、空気は入れども十分な期待できそうにない心もとなさであった。そして同時にそれはこの部屋から逃げ出せないことも示していた。

 モモセは唯一の出入り口を塞いでいる男たちを、なけなしの矜持をもって睨みつけた。その反抗を見世物でも見る眼差しで彼らは見下ろす。本当は、ひどく怯えていることが分かっているからだ。隠そうにも人間よりも余程強く感情を表すように造られた耳は細かく震え、尻尾の毛も逆立っている。

大洗流だいせんりゅう様々だな」

 ニヤリと卑下た笑みを浮かべ、ひとりの大柄な男がモモセの顎を掴んだ。肌は浅黒く髭面で、反対に剃っているのか髪は一本もない。

「何てこたないスラムの一掃だってのに、こんな上玉がタダで手に入るんだからな」

「ッ触んな!」

 手を使うことができないので、頭を振ってモモセは振り払おうとした。しかしそれよりも強い力が指先に加えられ、頬に食い込む。

「旬は些か過ぎてるみたいだが、それでも欲しいっつー金持ちのヘンタイ色ボケジジイは幾らでも居るからな。上手く逃げ回ってたんだろうが、ツイてねえな」

「マァ、奴隷商人に捕まったのが運のツキってな。精々可愛い顔利用して可愛がってもらえ」

 嫌らしい哂い声が弾ける。モモセを掴む男と、逃げだせないように入り口を固める二人の男から。

 このまだ骨格も十分にできていない幼い少年の、あられもない痴態を想像したのだろう。彼らの発する言葉に、モモセは震えあがった。男たちはモモセを性的な愛玩道具として、売り払おうというのだ。

「カワイソーな話だよ。<神の血統>なんざ基本神殿でしかお目に掛かれねえ希少種だってのに。スラムに追いやられて? こんなとこで売られるなんてよ」

 モモセの衣服とも呼べない襤褸布を見、男は嗤笑する。
 モモセは乱暴に首を振って、今度こそ男の手を跳ねのけた。男はそれに不快感を閃かせ、モモセの銀糸の髪を掴む。手荒に顎を反らされ、痛みに顔が歪んだ。

「奴隷階級に堕ちた獣種じゅうしゅごときが商人様にそんな態度取っていいと思ってんのか? 売っ払う前に犯してやってもいいんだぜ?」
 至近距離から覗きこみ、男はねっとりと絡まる声を出した。優位を確信した声だ。

 階級制度は絶対である。商人が含まれるのは平民階級でありスラムに住む奴隷とはたったひとつしかその差はないが、それだけの違いがこのアルムレンシスでは非常に大きな格差だった。

「おい」

 新しく響いた声に、振り返る男たちと一緒にモモセも目を遣った。

 ――髭面たちとは違う。目にした瞬間にそれが分かった。

 冷たい空気が周囲に凝り、モモセは浅く喘いだ。

 開けられた扉から顔を覗かせていたのは背の高い男だった。黄色のガラスが入った四角いフレームのサングラスをかけ、黒いロングコートを身に着けていた。それらは近年になってこの国に入ってきた異国の品だ。後ろに撫でつけられたこげ茶の髪、唇には煙草が咥えられており、わざわざ室内に煙を吐き出すせいでせいぜい大人が五人も詰め込まれれば窮屈を感じるだろう狭い室内は、すぐに空気が薄くなり代わりに濁った白で満たされた。

「それが、」

 モモセに目線を向け、短く問う彼に男たちは慌てて頷いた。塞いでいたわけでもないのに扉から退き、丁寧な物腰で咥え煙草は室内に通された。モモセには髭面たちよりも咥え煙草の方が幾分か年少に見えたが、男たちのその態度から、彼の立場が窺える。俊敏すぎる動作で手を離され、モモセは軽くだが咳き込んだ。一歩でモモセの前に立った彼は高次からサングラス越しに仔どもを見下ろし、ふと何かに気づいたように眉間に深い皺を刻んだ。

「俺は<神の血統>が手に入ったと聞いたがな。――このベゼルの波紋、」

 モモセの持つ黒い眼球を見、煙と一緒に男は確実に不機嫌を底辺に刻み込んだ声を発した。

「奴らの瞳は黒だったか……?」

 口調は殆どそのことを否定しており、実際男はその直後にそう口にした。

いや、金だ。髪は銀、六尾」

 呟きながら男は無造作にモモセを蹴り飛ばした。音もなく辺りには動揺が広がる。
モモセも声を上げることは出来なかった。痛みは遅れてやってきた。打ちつけた左肩と蹴られた右肩、じんわりと熱が広がる。

 目の前に晒された尾に、そこは冷静に男が言った。

「二本切りだな」

 直後、男は衣から出ている尾を踏みつけた。

「うあ……っ」

 モモセは痛む肩を縮め反射的に尾を取り戻そうとしたが、貧しい暮らしをしていても損なわれることのなかった美しい毛並みはいやに質のいい皮靴に無残にも床に押し付けられていた。

「い、た……」

 モモセは唇を噛んだが、堪え切れない悲鳴が小さく口を次いで出た。涙が目尻に溜まっていき、痩せた頬を滑る。モモセは縋るように己の纏う襤褸の背を握りしめた。咥え煙草は尾に負荷を与え続け、靴先で抉られるたびにモモセの躯には痺れるような痛みが走った。

「はな、ぁッ」

 離して、と言いかけた台詞は痛みに意識を取られたせいで、喉元で掠れて消える。

「あんまり乱暴に扱うもんじゃ……、商品ですぜ」
「ショウヒィ―――ン?」

 ヒステリックな女の裏声に近い声で唸って、男はモモセを解放するや、視線を髭面に向けた。鋭い視線に曝され、彼は身体をこわばらせる。

 尾を襤褸の中に抱え込み、次に来るかもしれない制裁にモモセは最大限に身を縮めた。しかし、男は忌々しげに舌打ちしただけだった。

「毛が銀ってだけで<神の血統>なんざ思うんじゃねェ。ベゼルの波紋も読めねェのか。ついでに目の色も違うだろうが? あ? 希少種が、そりゃスラムにもいるよなァ。――マザリモノ、の不可触民!」

 モモセは顔を蒼褪めさせ、腕を持ち上げようとした。耳を塞ぐつもりだったのだろうか。けれど仔どもの手首は短い鎖で縛められていて、金属のザラついた音を鳴らすばかりでしかもそれは男の声を掻き消すには足りない。

 モモセはただ凍りついた瞳で目の前の男を見上げるばかりだった。

「手! 手ェ洗ってきやす!」

 そんなモモセを停滞する思考から引き吊り上げたのは、咥え煙草に忠言した髭面だった。

「不可触民かよ!」

 モモセに触れた手を持て余し気味に前に掲げ、彼は慌ただしく狭い廊下に飛び出していく。その後に、顔を蒼褪めさせた二人の男たちも。モモセはその様子を見ることはせず、足音が彼の耳を持ってしても聞こえなくなった頃にようやく肘と腰を使って身を起こした。

 項垂れて坐り込むモモセに、頭上からまったりとした生ぬるい声が降らされる。

「どうするかなァ」

 含むものがある人間は何故こうも絡みつくような、ゆるい声を出すのだろう。モモセは身震いして痛みが濃く残る尾を股の間に抱えた。

「クテイ」

 副流煙を撒き散らしながら、男は後ろを振り返った。入口に隠れるようにして、そこにはモモセと背格好の似た少年が縮こまるように立っていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

余命半年の俺を、手酷く振ったはずの元カレ二人が手を組んで逃がしてくれません

ユッキー
BL
半年以内に俺は一人寂しく死ぬ。そんな未来を視た。きっと誰も悲しむ人は居ないだろう。そう思っていたから何も怖くなかった。なのにそんな俺の元に過去手酷く振り、今では世界的スターとなった元カレ二人がやってきた。彼らは全てを知っていた。俺がどうして彼らを振ったのか、そして俺の余命も。 全てを諦めた主人公と、主人公を諦めきれないイケメンサッカー選手とシンガーソングライターの再会が導く未来は?

俺は夜、社長の猫になる

衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。 ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。 言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。 タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。 けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

黒豹陛下の溺愛生活

月城雪華
BL
アレンは母であるアンナを弑した獣人を探すため、生まれ育ったスラム街から街に出ていた。 しかし唐突な大雨に見舞われ、加えて空腹で正常な判断ができない。 幸い街の近くまで来ていたため、明かりの着いた建物に入ると、安心したのか身体の力が抜けてしまう。 目覚めると不思議な目の色をした獣人がおり、すぐ後に長身でどこか威圧感のある獣人がやってきた。 その男はレオと言い、初めて街に来たアレンに優しく接してくれる。 街での滞在が長くなってきた頃、突然「俺の伴侶になってくれ」と言われ── 優しく(?)兄貴肌の黒豹×幸薄系オオカミが織り成す獣人BL、ここに開幕!

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー

白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿) 金持ち‪社長・溺愛&執着 α‬ × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω 幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。 ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。 発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう 離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。 すれ違っていく2人は結ばれることができるのか…… 思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいα‬の溺愛、身分差ストーリー ★ハッピーエンド作品です ※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏 ※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m ※フィクション作品です ※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです

処理中です...