指先はこいねがう 〜禁忌のケモノ少年は軍人皇子に執愛(とら)われる〜

色数

文字の大きさ
3 / 41
The sweet little thing that everyone has a hunger to have

しおりを挟む

 彼は奴隷商人にはおおよそ相応しくない風体の貧弱な仔どもだった。モモセと同年齢と仮定するなら十四歳程度か。もっとも種族によっては姿形は若いまま年を重ねるものもあるから、一概には言い難い。しかしいまだ成長途中に見える子どもの年齢は、基本的に人間を基準に考えることができる。

 耳の形から察するに犬かそれに類似する獣種だ。見目は悪くないがモモセのように鎖には繋がれていないことから、彼が商品ではないことが窺えた。しかしかつてはそうであったのだろう。鎖の跡が、手首や白い首筋に残っている。

 名はクテイと言うらしい。

「は、い。ホヅミさん」

 変声期を迎えていないらしい、高いが柔軟性に富んだ声で、クテイは返事をした。その音は震え、怯えているのがありありと伝わってくる。ホヅミと呼ばれた咥え煙草は短くなったそれを床に棄て、靴先で揉み消す。そうして萎縮しきったクテイに目を向け、苛立たしげに眼を細めた。かと思うと悪意に染まった喜色を瞳に刷き、新しい煙草に火を点ける。ホヅミは例の、絡みつくような口調をクテイに向けていた。

「どっちがいい? クテイ。道楽貴族の親父どもに売るのと、研究所に売るのと。お前さんはどっちが好みだ?」
「――……お、俺、が。決めなくちゃ、いけませんか」

 目を見開き、忙しなく何度も指を組みかえ、クテイは訊ねた。ホヅミから目を反らしたせいでモモセと合うことになった目が、刹那の勢いで背けられた。

「お、俺、は。どっちもイヤ、です。スラムに、帰してやって下さい、」
「……あー――」

 小さく、しかしはっきりとした言葉に対し、途端にホヅミは白けた表情となり、紫煙と一緒に間延びした音を吐きだした。

「お前さん、まだそんなこと言ってんの? 諦めな、応えなきゃ今すぐバラすぜ、めんどくせェな」

 ホヅミはそう言い切るなり、コートの内に手を入れた。

 人を殺すことに躊躇いを覚えていないだろう男が取り出したのは、使い込まれているのがよく分かるジャンビーヤだった。刃渡りは男の腕の長さと同じか、ややそれを越えている。繊細な意匠が施された木製の手持ち部分には細かい傷が入っているが、刃はきれいに研がれてある。しかし刃は鋭くとも油で重ねた曇りは残るものだ。

 骨を断つには不向きだが肉だけならば十分に足る長さだったことから、彼が戯れ言として先程の言葉を口にしたのではないことが分かった。

 緊張を覚えていない足取りで、ホヅミは数歩モモセに近づく。

 モモセは戦いて尻を引き、ホズミから距離を取ろうとした。限界まで開かれた目が眼球に冷たい輝きを一杯に映す。
 
 にィとホヅミの口角が持ち上がった。
 彼の手の中で、ナイフは踊るように向きを変えた。つまり、モモセに切っ先を当てる形で。

「っ――!」

 自身を抱えた掌が熱かった。もう一度逃れるべくモモセはその手を床につき、身体を引き摺ろうとした。
 しかし、それは叶わずに終わる。わずか、鎖が触れあう不協和音が上がっただけだった。

「――ッヅミさん!」

 不意にクテイが悲鳴をあげた。

 恐怖と緊張がない交ぜになった声。顔はひどく歪んでいて、耳と尻尾は逆立っている。
 モモセには何がどうなったか、全く分からなかった。ホヅミの右腕に抱きついたクテイはそのまま彼の腕を引き、モモセから引き離す。上体を仰け反らせながら、ホヅミは舌打ちした。彼らの視線は床に注がれており、つられて足元を見やったとき、ようやくモモセは事態を把握した。

「っ!?」

 丁度モモセを中心として、紅く光る円環ハルファが床には出現していた。

 内側を不規則に巡っているのは訳もわからない文字列と記号。モモセは読み書きができなかったからそれも当然なのだが、少なくともこの国の言語ではないことくらいは把握できる。しかしそれでも、てんででたらめなスペルに見えた。

 だけれども、どうして自分のような生き物にこんなものが。

 文字は浮かび上がっては消えまた現れてを繰り返し、顕す模様を複雑に何度も変えている。その上どんどんと膨れ上がり、呼応するようにモモセの焦りにも拍車がかかった。

 円環の発光はますます強くなり、眼球が焼けつく痛みにモモセはすぐに目を開けていられなくなった。

 喉が干上がるほどの焦燥が胸を蝕む。

 ――弾けてしまう

 このような事態に陥ったのはまったくの始めてだったが、モモセには確かにそうなるという予感があった。しかしそれを止める手だてと言えば、わずかたりとも分からないのだった。

 こめかみを汗が流れていく。目眩がした。体内の何かが根こそぎ奪われていく感覚。気圧が一気に低められたかと疑うほどに身体が重く骨が軋んで、モモセは食い縛った歯の隙間から呻き声を漏らした。

搾り取られる何か、は環のなかに注がれているらしかった。いまモモセとこの環は繋がっているのだと、得体の知れない感覚に身を震わせながらモモセは思った。同時に、その繋がりが切れたときに、この環は弾けるのだと。

 身体の中の軸がぶれる。円環と繋がるモモセのなかの何か、がモモセの手から離れようとしているのだ。必死になってモモセは押さえつけようとしたが、それは霧を意のままにしようとするような頼りなさで、うまくいくはずもない。

(離れる――っ!)

 思わずモモセは更にきつく目を瞑り、小さく身を縮めた。弾けとんだ瞬間に、ひどい衝撃が来るだろう予想があったためだった。


com vitol展開し、 cele w我らを heletam守護せよ


 しかし想像したような衝撃はなく、あったのは身体の奥底に響く深い震動だけだ。

 モモセは数拍おいて、先程の揺れ以外に取り立てて目立ったことが起こらないことを訝しく思い、恐る恐る瞼を開いた。

 すでに射んばかりに薄暗い部屋を埋め尽くしていた光は薄らいでいっていた。まだ揺れは続いていたが、それは地震でいうところの余震のようなもので特に気にするほどのものでもない。モモセはゆるく瞬いた。

「ぁ……」

 拍子抜けした気分も相まって、モモセは脱力するままに床へと倒れこんだ。そうすると枷を嵌め込まれた手足が異様に重たく鬱陶しいとすら思えるほどで、モモセは不快感に埋め尽くされるままに呻こうとしたが為せず、喉の内側がわずかひきつっただけだった。聞こえる音は薄皮を一枚隔てたように遠く、濁った視界は中途半端に人の像を結ぶ程度だ。

enom hadhaあのガキを alrajul眠らせろ

 不思議な音韻が膜の外側から押し入ってくる。

 眠気、とはどこか違うひたひたと押し寄せる意識を遮断しようとする波に、そうだと気づかないままモモセは身を任せた。それは自然というより人為的なものを彷彿とさせたが、やはりモモセの拡散した思考ではそこまで思い至ることができず、誘われるままに自らの支配権を放棄した。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

余命半年の俺を、手酷く振ったはずの元カレ二人が手を組んで逃がしてくれません

ユッキー
BL
半年以内に俺は一人寂しく死ぬ。そんな未来を視た。きっと誰も悲しむ人は居ないだろう。そう思っていたから何も怖くなかった。なのにそんな俺の元に過去手酷く振り、今では世界的スターとなった元カレ二人がやってきた。彼らは全てを知っていた。俺がどうして彼らを振ったのか、そして俺の余命も。 全てを諦めた主人公と、主人公を諦めきれないイケメンサッカー選手とシンガーソングライターの再会が導く未来は?

俺は夜、社長の猫になる

衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。 ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。 言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。 タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。 けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

黒豹陛下の溺愛生活

月城雪華
BL
アレンは母であるアンナを弑した獣人を探すため、生まれ育ったスラム街から街に出ていた。 しかし唐突な大雨に見舞われ、加えて空腹で正常な判断ができない。 幸い街の近くまで来ていたため、明かりの着いた建物に入ると、安心したのか身体の力が抜けてしまう。 目覚めると不思議な目の色をした獣人がおり、すぐ後に長身でどこか威圧感のある獣人がやってきた。 その男はレオと言い、初めて街に来たアレンに優しく接してくれる。 街での滞在が長くなってきた頃、突然「俺の伴侶になってくれ」と言われ── 優しく(?)兄貴肌の黒豹×幸薄系オオカミが織り成す獣人BL、ここに開幕!

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー

白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿) 金持ち‪社長・溺愛&執着 α‬ × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω 幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。 ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。 発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう 離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。 すれ違っていく2人は結ばれることができるのか…… 思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいα‬の溺愛、身分差ストーリー ★ハッピーエンド作品です ※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏 ※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m ※フィクション作品です ※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです

処理中です...