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The sweet little thing that everyone has a hunger to have
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しおりを挟む「なあクテイ、どっちにする?」
クテイは眉を寄せ、怪訝な顔をする。ホヅミは持っていたままだったジャンビーヤを器用に回して遊んでいた。何気ない仕草だったがそれこそがホヅミの意図であり、目を引かれるままその動きを見つめていたクテイはあることに思い至って顔を跳ねあげた。血の気が引く。
ホヅミが何を言わんとしているのか、その真意はあからさまだ。すっかり流れてしまったと思いこんでいた話題を持ち出され、クテイは表情を歪めるしかなかった。
「クテイ、」
浮ついた喜色が乗った声音だ。こう言ったときばかり、ホヅミは実に楽しそうな声を出す。
クテイの名はホヅミが付けた。それ以前には、別の名前もあったのだ。
この男はクテイに話しかけるとき、必ずと言っていいほど語尾や文頭に名前を持ってくる。「クテイ、煙草持ってこい」、「逆らうのか? クテイ」などといった具合に。そうやって呼ぶことでクテイの支配権は己にあるのだということを暗に示そうとしているのか、あるいはただの無意識か、クテイには判断がつかなかった。はっきりとしているのは、ホヅミの真意如何に関わらずそのことでクテイが重度の圧力を感じていることくらいだ。
クテイは乾ききった唇を舐め、塞ぐ気道から声を絞った。
「研究所、はいやです。男の人、で……」
この期に及んで逃がしてやってほしいと懇願できるほど、クテイは図太い神経をしていなかった。身を縮めて意に沿わない言葉を口にするしかない。クテイの主人はホヅミだ。
だけど……。
口上した後すぐに、クテイはもう後悔している。
クテイは床に倒れ伏している仔どもに目を向けた。ベゼルを使ったことで気力やら体力やら、根こそぎ奪われてしまったのだろうか、仔どもはぴくりとも動かず、僅かに覗く白い肌がまるで死人だった。
美しい仔ども。いくら血が混ざっている不可触民とはいえ、神々しいまでの清らかさは消えない。クテイがこの仔に触れられないとすればそれは忌むべき不可触民だからではなく、あまりにも恐れ多いからだ。
こんな綺麗な生き物を、好色な親父どもに売って好きにさせたくない。――ただ、
クテイは仔どもから目を逸らした。彼には見なかったことにするしか、なす術はなかったので。どうとも言い表せない感情が胸の中に渦巻いて苦しい。助けたい、助けられるわけがない。だって口に出した言葉は戻らない。クテイが彼を見棄てた事実は変わらない。
せめて売られた先で幸福になってほしいと祈るばかりだ。研究所ならば実験体だ、けれども愛玩用の奴隷なら、まだその余地はある。
信じられないことだが、ホヅミはまれにこうやってクテイに商品となる子どもたちの販売先の決定を強要することがある。そこには何らかの思惑があるわけではなくおそらくただのホヅミによる嗜虐的な趣味の発露の結果で、クテイの罪悪感に歪む表情が見たいだけだった。
クテイは三年前の大洗流の日、ホヅミに拾われて以来、慢性的に巣食うその感情を何とか昇華しようと喘ぐ羽目になっている。しかしホヅミがそんなクテイを気にすることはない。暇つぶしの材料でしかない少年のことを、どうしてホヅミともあろう人間が気にするだろう?
ホヅミはクテイの罪の意識にまみれた表情を捕らえ、さも愉快気に口角を上げた。「そうか」
ホヅミはジャンビーヤをコートの下にしまい、倒れている仔どもに一瞥をくれた。俯せの仔どもの頬をブーツの先で軽く蹴飛ばし、いまだに昏倒しているのを確かめる。そしてそのまま、仔どもの傍らに膝をついた。丁寧とは言い難い手つきで閉ざされていた瞼をこじ開け、瞳の色を確認する。さらに毛並みを見、尾を調べ、何かを探るように目を閉じる。クテイはぼんやりとだが、彼らから漂うベゼルが濃さを増したのを感じ取った。
途方もなく、強い。あまりの重さに身がすくむ。そしてクテイは、同じように強い人物に、たったひとりだけ心当たりがあった。
「……ああ、驚いたな、マジで本物がいるとはなァ。しかもこりゃ、作れる限りの最高の組み合わせじゃねェか。ま、まざりゃあすべて腐っちまうが。なるほどなぁ、そういうことか――」
ホヅミはひとり納得し、哂いながら立ち上がった。
「……おもしれえな。――クテイ、お前さん顧客名簿を持ってこい。俺はベゼル封じの枷を持ってくる。また使われたくはねぇからな」
「……、」
唯一ある扉から出ていこうとしたホヅミは当然あるべきはずの返事がなかっため、怪訝な顔で振り返った。
クテイは男から向けられる訝しげな眼差しには気づかずに、虚空に視線を投じている。
「クテイ、」
少しばかりの棘が含まれた調子で名前を呼ばれ、クテイは慌てホヅミを見た。衝撃で息がつまる。自分がいま、考えていたことの恐ろしさに呆然とする。
見上げたホヅミは不機嫌さを隠そうともしていなかった。高低の激しいホヅミの機嫌取りは、クテイの苦手とするところだ。
「分かったな?」
語気強く言われ、クテイは脊髄反射で頷いていた。
実際自分のこれから起こす行動が、ホヅミの意思に沿っていないことに思い至ったのは、彼が出ていき、脳にその案件が行ってしばらくした頃だった。
しまった、と思えども結局としてクテイは了解するしか術はなかったのだ。そうでなければすぐさまホヅミは荒れるだろうから。
ホヅミを更に怒らせることになることを理解しているにも関わらず、見つけてしまった可能性に縋りつくことをクテイは選んだ。
いくら気に入りの玩具とはいえ、今回ばかりはホヅミも許すまい。主人に逆らうなんてどうかしてる。彼の弱者をいたぶる眼差しが、次こそクテイに向くだろう。
けれど――、寒さではなく身を震わせながら、クテイは思った。
それでこの仔が救われるのなら。
もう、だれかを傷つけるのは嫌だったので。
別にそれでも構わない、とクテイは目を伏せて呟いた。
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