指先はこいねがう 〜禁忌のケモノ少年は軍人皇子に執愛(とら)われる〜

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The sweet little thing that everyone has a hunger to have

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「――待て」


 それに制止を突きつけたのはホヅミだった。入り口を陣取り、脚で塞いだ彼は殊更ゆっくりとした動作で咥えた煙草を指に挟み、紫煙を吐き出す。ホヅミとウルドはどちらも同じような長身だったが、ホヅミはわざとらしくウルドを見上げるような真似をした。

「金はきっちり置いていってもらおうじゃねェか」

 ウルドは目を眇め、不服げに軽く唸る。

「その話は後日だ、この子の前ではしない」「いいや、今、この場でだ」「検閲から見逃してやっているだろう」
「は! それとこれは話が違う。そもそも頼んでもねえしな? 払わねェなら、枷もこのままだ。――――――あァ、だが」

 ここでもまた、ホヅミは今まで言葉の下に冷めやらぬ怒りを潜ませていたにも関わらず、いやに口当たりのよい陽気な口調になった。
 彼はコートの腰の位置にある右ポケットから重たい鍵の束を取りだし、隣に立っていたクテイへと渡した。

「こいつが外してやるっていうなら別だけどなァ」

 じゃラ、重たい音を立てて、鍵束はクテイの掌の上へ落ちる。困惑に瞳を揺らし、クテイは自分より高い場所にある大人の顔を仰ぎ見た。その視線に気づいているくせに、ホヅミは無視を決め込む。

「ホヅ、ミさ、」

「ホヅミ、クテイを苛めンのは止めろ。そもそもお前が連絡を寄越さなかったのが悪い。依頼を、忘れたわけじゃないよな?」
「、――苛め?」

 眉をひそめるウルドに、ホヅミは低い、恫喝染みた声音を喉の奥から発す。彼はウルドの言葉に目元をひくつかせると、やおらクテイの細腕を掴んだ。クテイは短い悲鳴を上げ、鍵束を取り落とす。

「こいつが余計なことをしくさったお陰で、折角の利益が台無しだ! 誰がてめえのご主人サマか、一度こいつには教えてやる必要があるんだよ! 俺のやることに口出す前に、きっちり耳を揃えて金払って見せろ。この混ざりものがそうまでして欲しいならな! いつものごとくタダで持ってくんじゃねえ。てめぇ、言ってたよなあ、糸目はつけねえってよぉ!」

 ぎり、骨が軋むほど強くホヅミは握り込み、しかしクテイは痛みを訴えるより先に謝罪を叫んだ。

「ごめんなさい! ごめんなさいホヅミさん! ごめんなさいッ!」「謝られただけで赦せるならなァ、俺はこんなに不機嫌になってねェんだよクテイ! 売り飛ばされてェかッ!?」

「ッ!?」

 クテイにとってはよく脅しつけられる、予想の範疇の言葉だったにも拘らず、彼は大粒の目を見開き、声をなくしてホヅミを見つめた。口にする度に怒りがぶり返すのか、ホヅミはそれにすら気に障るらしく苛々と煙草を噛む。手を上げていないだけ、まだ愛情をもっていると言いたげだ。

 クテイは顎を引いて俯いた。耳は伏せられ、髪の中に同化している。
 分かっていたことだと言えども、実際に突きつけられれば重さはいや増す。

「ホヅミ、」

 嘆息しつつ、ウルドは友人を呼んだ。

「あ゛ァ?」

 返ってきたのは床にのめり込みそうなほど機嫌の悪い返答だ。

 彼としては利益云々以前にクテイが己の言いつけを守らなかったことがまずもって気に入らず、そしてさらにその相手がウルドだったことが、その怒りの決定打となったのである。

 クテイはホヅミの傍らにいる間、彼の知人である軍人がよく商品の仔どもを連れていくのを見ていた。だからウルドに連絡をとっただけだ。クテイが連絡を取った相手がウルドであった、そのことが何よりも、ホヅミの心証を掘り下げるとは思いもよらない。

 ウルドはホヅミから見てみれば、利用価値も十分にあるがそれ以上の対価を搾取する男として評価されているのだ。

 しかしそんなことは十二分にウルドにも分かっていることだったのか、溜め息と一緒に彼が取り出したのは一枚の紙きれだった。モモセから隠すように渡された、ふたつ折りにされた長方形のそれを、ホヅミは不信感を露にした顔で引ったくる。

「好きにしろ」

 その一言で、ホヅミもクテイもそれが何なのか察した。ホヅミはそれを開き、それが小切手であることを確かめる。署名は間違いなくしてあるが、しかし金額は空欄であった。好きにしろ、の意味はそこにある。

「へえ?」

 一瞬喜色が浮かびかけた口元を誤魔化すようにホヅミは舌を鳴らし、乱暴にポケットに小切手を突っ込む。怒りの理由を削り取られたのだからそれもまた当然だった。

「――そんだけこのガキが大事か」

 しかしだからといってすぐさま感情を抑え込めるほどホヅミは理性的な人間ではなく、一瞬で上客になったウルドに嫌味混じりにそう言うが、彼はそこは嬉しげに笑うだけだった。

「当然だろうが」

 見せつけるように、ウルドはやわらかな口づけを垂れた耳の先端に落とす。ひぅ、とモモセはか細い悲鳴を上げ、抵抗を見せたが易々と押さえ込まれて終わりだ。男の仕草にホヅミは白けた眼差しを向ける。

「名前どころか性別も知らなかった癖によぉ――――」

 ホヅミは屈み込み、足元の鍵束を拾い上げる。どの鍵がモモセを戒めていたものなのか、ホヅミは知っているのか間違うことなく何十もの中からふたつを選び出し両手足の鎖を解いた。

「何処へでも連れていきな。こいつはお前さんのもんだ」
「そうさせてもらう」
「――――――あと、」

 潜められた声に、ウルドは怪訝な顔をする。ホヅミは嗤笑を口端に浮かべ、皮肉めいた口調で言った。

「――――お前さんはこのガキを助けに来た救世主じゃあない。金で買ったんだってことも、覚えとけよ?」

 数秒間、ウルドは固まっていた。

 はばかった声音だったとはいえ、男の腕の中にいたモモセにはしっかりとその言葉は聞こえていた。金はどこにも見当たらないが、どうやら自分が買われたのは事実らしい。

 ウルドは歯ぎしりし、低く呻いた。「ホヅミ、お前」

 あえて彼が明言せずにいようとしたことを、最後の最後であらわにされる。ホヅミは上機嫌である。

「事実じゃねえか。んじゃまあ、せいぜい財布の心配でもしながらそのガキと楽しみな。煮るも焼くも犯すも、すべてお前さんの思いのままだ。破産するほど大金をつぎ込む価値が、このガキにあるとは思えねえが」

「あの、」

 か細く上げたモモセの言葉を遮るかのように、ウルドがぎこちなく扉へ向かった。

 軽快な足取りでホヅミは脇へ避け、道化じみた仕草で一例。涙の浮かんだ瞳のままのクテイは、モモセに向かって手を振った。その頬に乗ったぎこちない笑みを見た瞬間、モモセはウルドに訊かねばならぬことも、自分の身分すらも忘れて咄嗟に手を伸ばしていた。一緒に、そういう意思表示のつもりだったのだがクテイには伝わらなかったらしい。代わりに気づいたホヅミにクテイは先程と同じ場所を握られ、痛みに意識をそちらへ持っていかれたらしかった。

 調子に乗るんじゃねェぞ、赦したわけじゃねェからな――、二人の姿が見えなくなった薄暗い廊下で、ホヅミの低い脅し文句だけが最後に尾を引いていた。


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