指先はこいねがう 〜禁忌のケモノ少年は軍人皇子に執愛(とら)われる〜

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Because the child doesn't know anything

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 モモセは呆然として男を見返した。次の言葉が紡げない。崩壊した思考は考えることを放棄する。

  何の根拠もない言葉には違いないのに、率直な分だけモモセのやわらかいところを容赦なく突き刺す。

 心臓が震え、不意に脚が崩れた。手が伸びてきて、モモセを抱き締める。

 ――きつく、きつく

 もう二度と、この手の内からは出さないと言いたげに。

 ぬくもりに息がつまる。

 もっと抱きしめてほしいと叫びたくなる。この体温を知っていい自分ではないのに。

「ずっと探していた、お前を」

 掠れた声が誠実を持って響く。

 掻き抱かれる腕のなか、ウルドの顔が見えなくなる。モモセはようやく言葉を思い出した。言わなければならない台詞を見つけ出す。モモセに赦されているのは、たったそれだけの否定の言葉だ。だが納得しているつもりだったのに、その声音は弱々しい。違う想いが、口を次いで出てきそうになる。

 モモセは弱い仔どもだ。もし強い男の庇護下に入れるなら、たといそれが罪としても手を伸ばしてしまいたくなるのだ。

 モモセは必死でこころを殺した。

 腕ごと抱かれていてよかった、とモモセは心底思う。矛盾している。男がモモセを抱いているから、モモセはここまで逼迫しているのに。

「おれじゃない……」

 口調は震える。
 これ以上追い詰めないでほしかった。

「お前だよ、モモセだ」
「根拠が、ない。おれのこと、何も知らなかったくせに」
「見たらすぐに分かる。現に分かった。見た瞬間、ああ、俺はこいつを、――モモセを探していたんだと思った」
「――そんなの、」

 信じられるわけない――

 目を伏せたモモセはそう呟こうとしたが、その言葉が喉から洩れることはなかった。ウルドを気遣っているのか、

 ――いや、違う

 信じるべきではない、その意識が働いたからだ。

 例えその言葉が限りなく真実に近かったとしても、信じるべきではないのだ。

 だから出てきたのは、違う言葉だった。
 ああ、よかった、とモモセは安心した。
 まだ自分には理性的な判断力が残っている。自分を保っていられる。

「……おれは不可触民です」

 穢れたけがれた、この命。
 産まれるべきではなかったこの命。
 いつか思い知る。

 ウルドも、自分も。

「……知っている。それこそ、お前を見つけ出すまでもなく。考えなかったと思うのか。不可触民だと、我ら神の徒の、最大の禁忌だ。それでもお前を探すのかと考えて、考えて、……探さずにはおれなかった。
 身分なんぞ関係ない。お前をこの手に抱いたとき、俺はあんなにも安堵したんだから」

 関係ない、などと。あっさり言ってしまえるのはそれだけ身分の高い人間で、強いからだ。きっと、今まで何もかもうまくいって生きてきたのだろう。何にも脅かされたことなどないのだろう。スラムで汚泥を啜ってきたモモセとは大違い。この男は神に愛されて、とてもとても、きらきらしい。

 この男は、何も解っていないのだ。

「――今に、後悔します」

 頑迷にモモセは言いきった。

「モモセ、」

 咎めるように呼ばれたが、モモセはかぶりを振ってそれ以上の言葉が続けられるのを拒んだ。

 何も、聞きたくはなかった。聞かなくていいとさえ思った。そもそもウルドがどうして何の面識もないこんな仔どもを探していたのだとか、そんな根本の問題さえ。

 何故ならそれが語られたところで、どんな言葉が積み重ねられたところで、モモセの意見を変えるほどのものだとは思えなかったからだ。それこそ世界のありかたが変わりでもしない限り、――もしかしたら変わってしまってさえ、モモセは頑なにそう考えたままだろう。天上におわす唯一の神は、そのように混血の忌児を作った。差別し、疎まれる罪の生き物として。

「離して、下さい。逃げないから。あなたの気が済むまで傍にいるから」

 おれはあなたに買われたんでしょう。

 そう呟いた途端、肩を掴まれ、勢いよく身体を引き離された。モモセはその乱暴な動作に驚いて二尾の尻尾の毛を逆立て、ウルドを見上げた。

 ひと呼吸おいたあとにモモセは彼が自分の願いを聞き届けてくれたのかと判断したが、どうやらそれは違うらしかった。肩を掴む手にはいまだ力が込められており、解放を示してはいない。

「だったら……ッ」

 俯き、激情の乗った口調でウルドは言い差した。

 初めて見せつけられた感情の高ぶりに、モモセは慄いて息を止める。彼の心情に呼応して。制御されてしかるべき圧倒的差のベゼルが、細かな刺激物となって痛いくらいにモモセの肌を叩いた。

 ――――怖い、どうしよう、謝らないと。

 でも喉の気管は凍りついて動かない。

 怒らせてしまった恐怖にモモセはすっかり委縮してしまっていたが、ウルドはそれ以上言葉を進めようとはしなかった。

(買われたと思うなら、どんなことですら俺を拒むべきではない、なんて)

 その台詞を言ってしまったなら、奴隷を欲望の捌け口として使う連中と何ら変わらない。

 一生自分を赦せないだろう。

 深く震える息を吐き出し、ウルドはようやく激情を押さえ込んだ。
 顔を上げて、仔どもを見る。

 そしてその瞳に浮かぶ色を見たときに、モモセは言いようもなく罪悪感のようなものに煽られて、一度脳内で咀嚼する前に言葉を発していた。

「あの、」

 ウルド、ウルドさん、ウルドさま、ご主人様、追随する呼称が脳内を巡ったものの、結局どれを呼んでいいのか分からずに、モモセは口を噤んだ。沈む気分もそのままに床に視線を落とし、再度口を開く。

 わずかとはいえ考える機会を設けられたというのに、頭はどうして自分はこんなに弁明めいた口調で喋っているのだろう、とそんなことをぼんやりと考えている。

「別に、触られるのがいやって……あなたが悪いわけじゃあ……なくて。……でも分かるでしょう、おれはこんななんです、だから、こんなに、だから、別に、でも」

「――――ああ」

 ウルドは返答する。モモセは男の自分よりも数倍茫漠とした口調に急激に意識がクリアになるのを感じた。ウルドが引っ掛かったのはこれではないのだ、分かったが、では何なのだと再考を始める前にウルドはモモセを抱え上げ、目線を絡めてわらった。

 それに全てを封じこまれたようで、モモセは全身を緊張させると無意味に尻尾を揺らし、ぎこちなくわらい返した。



 何かを間違えているような気がひしひしと本能を刺激していて、モモセはさながら人間の赤子然と笑みを浮かべるしか、ウルドに赦しを請う方法を知らなかったのだった。


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