指先はこいねがう 〜禁忌のケモノ少年は軍人皇子に執愛(とら)われる〜

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Because the child doesn't know anything

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 大柄な男は背を丸め、モモセを引き上げるように抱え込む。精一杯ウルドは身をかがめているのに同世代よりも貧相な少年はそうされると、かろうじて爪先が床に触れるだけだ。

  やわらかく、毛足の長い耳の先をウルドは軽く噛んで引っ張る。吹き込まれた息と敏感な耳先への刺激に、モモセはふるりと躯を跳ねさせた。

「っひ、ァ……」

 喉から零れたか細い悲鳴を、モモセは聞かせまいと唇を結んだ。しかしかすかに艶を含んだその声は、余すことなくしっかりと仔どもを買った男の耳に届いている。彼はモモセに身体を密着させたまま、空いた手で自身の頬を拭った。

 べったりと付着する、赤い血液。

 これ見よがしに見せつけるようにすると、せめてと仔どもは顔を背けようとする。ウルドはモモセの頬を、仕草こそはやさしく両手で包んだ。顔を正面で固定して上向けさせ、いささかも男から視線を逸らせないように。

「さぁ、お前が俺につけた傷だぞ?」

 男は血に濡れた指を、モモセの頬に擦りつける。「なのに拒むのか」

 そう言いつつ、ウルドは更にモモセの唇へも血をひいた。ただでさえ桃色で欲をそそる唇が赤く熟れて男を誘う。

 モモセは激しくかぶりを振った。

「ッ違う……ッ」

 泣きだすか、と思われるほどに潤んだ瞳が、そうしながらもウルドを睨みつけた。

「あなたが、拒むべきなんだ! 穢れたおれに触るなんて、どうか、――ッ!?」

 どうかしてる。相手の身分など頭の隅に追いやって、そう吐き棄てようとしたモモセは、最後まで言い切れはしなかった。

「――――ッ!」

 何か起こったのかわからずに、ただ固まってモモセはその行為を受け入れてしまう。

「んッ、ふ、ぁ……」

 口内に血の味が充満する。肉厚でやわらかなものが、我がものとばかりにモモセの口腔を犯していった。喉の深い場所まで圧迫されて、絡め取られた舌を吸われる。息苦しさと腰骨にわだかまる痺れに、とうとう眦から涙が伝った。

 口づけられている、そう気づいたのはそのときだ。

「や、や。ッな、んで……っ、こンな――っぁう、」

 一瞬だけ与えられた息継ぎの合間に、何とかそれだけを訴える。どうして。

 暴れた躯は容易に押さえ込まれ再び与えられた口づけに翻弄されて、モモセの思考は男から強いられている行為のことでいっぱいになった。

 上顎の柔らかい部分を舌先で擽られると足が震えて、ぎりぎりのところで支えていた親指が力を失う。崩れ折れた躯をウルドは支えてくれ、同様に膝を折る。

「モモセ――――」
「っゃ、――――ぅんッ」

 だらしなく喘いだせいで唾液が顎まで零れ、それを舌で掬い取ったウルドがモモセの口にそれを押し込めた。
 舌を擦り合わせ、ウルドは言葉もないまま呑みこむことを仔どもに強要する。

「ン、ん――」

 とろりと口内に溢れたそれを、喉を逸らされ、素直に仔どもは呑みこんだ。
 自分のものだけではない男の味が舌に残り、口づけが解かれたときには無意識に、モモセはもう一度喉を鳴らしていた。

 は、と熱い吐息が唇から洩れる。

 唇の周りを濡らしたまま、モモセは揺らいだ瞳で男を見上げた。

 男の真意がわからずに、怯えばかりがそこに留まる。

「こんな、こと……おれにッ。いけな、い。のに……っ」

 連ねようとした言葉は途中で切られてしまう。

 ウルドがモモセの顔を自分の衣服に押しつけたからだ。真っ暗になったモモセの視界、極力抑えこもうとしていつつも重圧を含んだ声だけが、モモセの情報だった。 

「お前が、その血を否定するな」

 怒らせた、咄嗟にモモセはそう理解したが、モモセの意志を介さずに飛び出そうとした謝罪は外気に混ざることはなかった。ウルドの言葉が怒りばかりを孕んでいるのではないと、何とはなしに――、そう、何とはなしに思ってしまったからだった。それは哀しみだった。そうだと悟った刹那、モモセの中に降って湧いたのは、存在するはずもない反骨だ。一度頭をもたげたものはそう簡単に振り払えるはずもなく、気づけばモモセはウルドの拘束を振り払い、叫んでいた。

「じゃあ、あなたはおれの何を知ってるんだ! おれはあなたのことを何も知らない、あなたが見つけたかったのはおれじゃない! スラムに帰せよ……!」

 モモセはキツく着せられている胴衣を握りしめた。袖がなく、膝頭が見える程度の装飾が一切ないものだ。しかし真っ白のそれは繊維の荒い麻とは違い、素肌の上から着ても擦れないどころか驚くほど柔らかい。袖や襟には繊細な刺繍が丁寧に施されている。ぼろ布を身体に巻き付けて衣服としていたモモセが着るには、度が過ぎる高級品だ。

 何より人目に晒す肌の面積の多さがモモセの恐慌を掻き立てた。触れても、触れられてもいけない。ひとの体温を知ってはならない。忌むべき雑ざりものの不可触民。それがモモセだ。

 それなのに、いましがたもウルドから離れるためとはいえ彼に触った。その掌が熱い。

 薄い衣服越しに感じた人の温もりに、またしても泣きたくなってモモセは唇を噛み締めた。けれど目を逸らすことはしない。貴族に反駁したのだと膝が笑ったが、モモセはあくまでも耐え続け、逆に逸らしたのはウルドの方だった。ただそれは彼自身が耐えかねたというよりは、むしろモモセに譲ってやった感が強い。

「――帰りたいのか、あんな場所に?」

 そしてそこは純粋な疑問のみで構築された質問がなされ、ぐっ、とモモセは言葉を詰まらせた。勿論、その質問はわざと純度を高めた無邪気を装い、モモセから言葉を引きずりだそうとしているようにも聞こえないこともなかった。

 だが気づいたにせよモモセはウルドの手管に引っ掛かり、言い返しているのだ。

「帰りたいわけない! でもあそこがおれのいるべきところで、こんなところ、一瞬だっていちゃいけないんだ!」

 赤子だって知っている。不可触民のいるべきはスラムの最下層。下層の奴隷たちの立ち位置よりも更に下。醜く汚らわしいものとして生を受けた。立派な建物やふかふかな寝台がある、そんな場所で生きてもいい獣では断じてない。もっともっと何倍も汚い、生きるためには何だってやる世界こそが相応しく、モモセとしても例外ではなかった。

 だって優しいひとなんて、モモセの傍にはいなかった。
 いいよと言ってくれるひとはいなかった。
 そんなに自分を貶めなくても、と。

 あきらめてしまったそのあとに現れられても、今さら何も変えられない。彼は遅すぎた。

「……いるべきじゃなくても、俺はお前を見つけ出した。もう手離すつもりはない。手離せるものか……ッ」
「ッだからそれは……っ」「お前だよ」

 きっぱりと、淀みない口調でウルドは言い切る。真っ直ぐに、モモセを見た。何者の否定も受け入れない、目をしていた。男の激情に気圧されて、モモセは一言だって言い返せなくなった。

 ほんの刹那、うれしい、と、思ってしまった。

 叩きつけられる男の欲を、うれしいと。

「お前だ、モモセ。間違えるはずがない。この俺が、お前を」


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