指先はこいねがう 〜禁忌のケモノ少年は軍人皇子に執愛(とら)われる〜

色数

文字の大きさ
10 / 41
Because the child doesn't know anything

しおりを挟む


 ベゼル。

 既に身体が覚えていたのか、モモセは脊髄で命令を下し、先ほどよりも強く指先を払った。それはひたすらにこの場から逃れたいという思いばかりで、モモセにウルドを傷つけたいなどといった考えはこれっぽっちもない。だがモモセの行動は自ずとそういった結果を導き出すものだった。

 自然のものではない風が、ふわりと巻きあがる。

 ウルドはその様子を見ても、大して気にした風でもなく小さく眉を跳ねるばかりだ。その上煽るかのように膝で距離を縮める。その頬には何らかの意図が含まれた笑みが乗っていて、しかしこの許容量を大幅に超えた事態はモモセにそうと認識させるまでには至らない。ただウルドが自分を脅かす、それだけだ。

「いやだ……っ! やだ……ッ!」

 悲鳴と共に鮮烈な紅が暴風を伴って出現し、ウルドの前に立ちふさがった。上掛けが寝台の支柱に絡まりながら、天蓋の一部と一緒に風に煽られて部屋の隅へと追い立てられる。シーツは見る間に細かに裂け、クッションもいくつか傷つき飛んで行った。

 いびつな円環の奥で、出したはいいがこの先どうすればいいかわからずに、モモセは怯えて目を見張っている。

「あ、ぁ――、」

 白い素足がさらに逃げたそうに乱れた敷布を掻いていた。二尾はこれ以上ないほど張りつめている。「だめぇ……っ!」

 風が一団を威力をあげる気配を見せる。モモセはこれを制御できていないのだろう。

 ウルド自身も激しい風にさらされているのに、余裕の表情を崩すどころか男は今度こそはっきりと、面に笑みを刷いて呟く。



 神世のルフタ言語アーラムッラ



 蒼い円環ハルファが空間一杯に広がる。複雑に記された遠つ国の言語は、彼だけに赦された世界の理と彼を繋ぐものだ。

ya halfa円環よfarta開け ―― heletam防御せよ

 そうしながら彼は寝台のスプリングを利かせて背後へと飛び退った。壁に据え付けられた寝台と丁度差し向かいである広い窓、そのそばにゆったりとした幅広のカウチが置いてある。カウチ以外の家具は壁に沿う形で配置されているため、おそらくそう被害はないはずだ。

 指向性を持った風が、ウルドの作り出した円環にたたきつけられる。深夜のこの騒動に、家人たちが驚いていつ駆けつけてくるかわからないな、とのんきに彼は思う。

 しかし、そうそう慌てることもない。モモセの風の威力も長くは続かない。モモセはからだ。

 そろそろか、頃合いを見てウルドは円環を『鎖閉』した。

 そのとき最後の一陣が彼の元に届き、左目の下を裂いた。彼は少しばかり痛みに顔を歪めたものの、それは計算の内だったために真顔を保つ。もうしばらくすると、モモセがウルドに気づき、男が怪我をしたことを知るはずだった。モモセは一体、どんな感情をその愛らしい顔に浮かべて見せるだろう?

 彼は流れ落ちる血の量が予想よりも多かったことだけが計算外だった、と一人ごちながら、顎に伝っていった血を手の甲で拭った。

 モモセが造りだした風にすでに勢いはなく、春風を思わせる穏やかさである。そのままウルドが見ていると、淡く発光していたウルドにも読めない規則性のない文字とも模様ともつかない何かを描いた環はゆるく空間に溶け落ち、その向こうに大きく肩で息をしたモモセが現れた。

 憔悴した眼差しがのろりと動く。その顔貌はひとの形を満足にとどめてはいない、半ば獣のものだった。力の使い方を知らない仔どもが無茶をするので、こんな風に体力を根こそぎ奪われるのだ。ベゼルはそうやすやすと使えるほど、簡単なシロモノではない。

 華奢な身体がふらついて、ベッドに肘をつく。その手先は柔らかな白銀の毛並みに覆われている。

 何かを探るような視線を遣っているので、ウルドは一歩歩み寄ると声を掛けた。

「モモセ」

 ぴくりと垂れた耳先が動いた。人とも獣ともつかぬ奇妙な形をしたは生き物は、ようやく焦点を得た視線をウルドに向ける。離れた場所に立っている男を確認し、瞳がほっとしたように緩んだ。しかしウルドが傷を追っているのを認めるや、落ちる勢いで寝台から降りると、まろびながら駆け寄ってきた。絨毯に付いた四足はすぐに二本に代わり、滑らかな肌を持った手が伸ばされる。いやいやと首を打ち振れば、まとわりついた髪が解けるのと同時、美しい人の子のかんばせが、ベゼルの流素をまといながらあらわになる。

 力尽き、獣化するほど体力を消耗してまで稼いだ距離であったのに。あっという間にその距離は縮まる。

 しかしこれこそが、ウルドの狙った展開だった。

 口角が上がりそうになるのを、男は何とか押し止める。


「血が!」

 先ほどとは違った意味合いで顔を青くしながら、モモセはウルドの目元に指先を添えようとした。

「ごめんなさい、おれッ」


 あなたを傷つけるつもりなんてなかった。
 そんなつもりじゃなかった。
 ただあなたみたいな綺麗な人が、おれみたいな動物に


「――――ッ、」

 だからモモセの指がウルドに触れることはなかった。罪悪感のみで構成されていた意識のどこにそれを思い出す隙間があったのか、寸前で止めたモモセは瞬時固まったあと、素早い動作でその手を背中に回した。そうして瞳を歪めてウルドを見上げた。己のつけた傷が目の前にあるのに、その身体に根差す身分制度があるために彼の血を拭ってやることすらできない、ジレンマ。

 ほんの一瞬のことだが、モモセの足が後退したそうに動いたのを見て、ウルドはそれよりも速くモモセの腰を捉えた。

 反射的に逃げを打とうとするのは最早クセよりも深く本能に染みついたものだろう。モモセが再び円環を開こうとするのを、今度ウルドは赦さなかった。恐怖を感じるや、身体がベゼルを使おうと本能的に動くのだろうが、それを無言の内に阻む。

 神世の言語を口にするまでもない。

 未熟なモモセ程度なら、いくらでも押さえ込める技量が彼にはあった。

「そう何度も、好きにさせると思うな」

 ひっそりと低く男は囁いた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

余命半年の俺を、手酷く振ったはずの元カレ二人が手を組んで逃がしてくれません

ユッキー
BL
半年以内に俺は一人寂しく死ぬ。そんな未来を視た。きっと誰も悲しむ人は居ないだろう。そう思っていたから何も怖くなかった。なのにそんな俺の元に過去手酷く振り、今では世界的スターとなった元カレ二人がやってきた。彼らは全てを知っていた。俺がどうして彼らを振ったのか、そして俺の余命も。 全てを諦めた主人公と、主人公を諦めきれないイケメンサッカー選手とシンガーソングライターの再会が導く未来は?

俺は夜、社長の猫になる

衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。 ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。 言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。 タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。 けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

黒豹陛下の溺愛生活

月城雪華
BL
アレンは母であるアンナを弑した獣人を探すため、生まれ育ったスラム街から街に出ていた。 しかし唐突な大雨に見舞われ、加えて空腹で正常な判断ができない。 幸い街の近くまで来ていたため、明かりの着いた建物に入ると、安心したのか身体の力が抜けてしまう。 目覚めると不思議な目の色をした獣人がおり、すぐ後に長身でどこか威圧感のある獣人がやってきた。 その男はレオと言い、初めて街に来たアレンに優しく接してくれる。 街での滞在が長くなってきた頃、突然「俺の伴侶になってくれ」と言われ── 優しく(?)兄貴肌の黒豹×幸薄系オオカミが織り成す獣人BL、ここに開幕!

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー

白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿) 金持ち‪社長・溺愛&執着 α‬ × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω 幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。 ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。 発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう 離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。 すれ違っていく2人は結ばれることができるのか…… 思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいα‬の溺愛、身分差ストーリー ★ハッピーエンド作品です ※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏 ※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m ※フィクション作品です ※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです

処理中です...